第7話 燃えた地球(2)
室内に鳴り響くアラート音に、テイル達はすぐさま表情を引き締めた。
二人は、ほぼ同じタイミングで指先にウィンドウを浮かび上がらせ、表示された情報に目を走らせる。
「所属不明の中型艦が、本機に急速接近中。警告も無視されています」
淡々と報告するピオに、少しだけ目を細めながらテイルが答えた。
「十中八九、先の襲撃者のお仲間ですわね。あれだけで済むとは思ってませんでしたが……。ガニメデの警備範囲内まで逃げ込めませんの?」
「この輸送機のスピードだとギリギリ間に合いませんな」
「なら、ギアボディで迎撃を……」
と、言いかけてテイルが動きを止める。
険しい表情で顔を見合わせる二人。
「……ど、どうしたの?」
状況についていけず、思わず問いかけるショウに彼女は眉を顰めて答えた。
「現在、本艦に搭載されているギア・ボディは全部、原因不明のマシントラブルで動かせませんの。唯一動かせるのは、わたくしが乗っていた<マリオン>のみですわ」
「どうしてそんなことに!?」
「まぁ、こちらにも色々と事情がありまして……」
そう言いながら深くため息をつくテイル。彼女は右手のギプスを少しだけ眺め、やがて何かを決意した表情で振り返る。
「……やはり、わたくしがやるしかありませんわね」
そんな少女の前に、慌てた様子で執事と少年が立ち塞がった。
「お待ちください。その怪我では無茶です」
「そうだよ、なにも君がいかなくても! 機体があるってことは他にもパイロットはいるんでしょ? だったら……」
そう言って執事に同意するショウの言葉に、険しい表情でテイルが答える。
「あの機体、<マリオン>は普通のギア・ボディじゃありません。専用のナノマシンで強化していない人間には操れない、特別な機体なのです」
そんな彼女の表情にショウはゴクリと唾を飲む。
だが、すぐ違和感に気がついて首を捻った。
「え? でもさっき、僕も動かせたけど?」
思わず言ったショウの言葉に、二人の動きがぴたりと止まる。
無言のまま互いに視線を交錯させる二人。やがて沈黙を破るように、テイルが口を開いた。
「そう、我々もそれが不思議なんですが……、ショウさん。あなた、本当に身体に異常はないんですか? 特に脳とか」
「え? これと言って特には……」
「変ですわね……。普通だったらもう、脳が焼き切れて廃人になっていてもおかしくないのですが」
「さりげに怖いこと言うよね」
自らの頭をさすりながら、そう返すショウ。
そうしているうちに、彼にもなんとなく状況が見えてきた。
敵艦の襲来に、対抗できる戦力は怪我人であるテイルのみ。
そんな彼女の機体は、選ばれた者しか乗れないはずの特殊な機体。
そして、それをなぜか動かすことができる自分。
一つ一つの要素を頭に浮かべ、線で繋いだ彼の脳に衝撃が走る。
胸の奥底から湧き起こる、正体不明の激しい感情。
状況的には追い詰められているはずなのに、彼の心は喜びに満ちていた。
そんなの……、
そんなのまるで、物語の主人公みたいじゃないか、と。
「よし、分かった!」
気づけばショウはそう叫んでいた。
踵を返し、部屋の外へ走り出そうとするショウ。
そんな彼に慌ててしがみつき、テイルが止める。
「ちょ、ちょちょちょっと! わかった、って何をなさるおつもりですの!?」
「何って、こうなったらもうお決まりのパターンでしょ。僕がその<マリオン>に乗って、戦ってくる」
「そんなのダメに決まってますわ!」
「左様。<マリオン>はテンニンド家にとって特別な機体、どこの誰ともわからない人間に軽々しく任せることなど……!」
口々にそう叫ぶテイルとピオ。そんな彼女達に取り押さえられながら、ショウが食い下がる。
「そんなこと言ってる場合なの? このままじゃこの場にいるみんなが死ぬかもしれないんでしょ。だったら…‥」
そう言いかけたショウの頭に、ふと一つのアイデアが浮かび上がる。
彼はポンと両手を合わせ、こう告げた。
「よし。なら、こうしよう」
*
「……本当にこんなやり方で大丈夫なんでしょうか?」
「大丈夫大丈夫、こう言うのはやってみたら意外となんとかなるってのがお約束だから」
「どこの世界のお約束なんですの?」
狭いコクピットの中で言い合うテイルとショウ。
彼らは今、前回の戦闘時と同じように、二人で<マリオン>に搭乗していた。
前回と違うのはフットペダルと左側の操縦桿をテイルが操り、ショウは右の操縦桿だけを担当しているという点である。
「僕を助けるために怪我した右手なんだから、僕がその代わりをやる。なんもおかしいことはないでしょ」
基本的に操作は全てテイルが担当し、ショウが干渉するのは右手側だけ。
それが、ショウがテイルから引き出した最大限の譲歩だった。
「よし! じゃあ行こう。テンニンドさん!」
テイルに抱き抱えられた姿勢のまま、どこかワクワクとした様子でそう呼びかけてくるショウの笑顔に、テイルは一瞬言葉を失う。
不安。逡巡。母性。責任。短い時間の中で様々な感情が少女の脳内を駆け巡り……、やがて彼女は諦めるかのようにため息をついた。
「はぁ……、別にテイルと呼び捨てにしてくださっても構いませんわよ」
「そう? じゃあテイル。<マリオン>、発進!」
「うーん、本当に大丈夫なんでしょうか……」
そんな締まらない空気感の中、二人を乗せた<マリオン>が輸送機より発進する。
所属不明の敵艦は、もうすぐそこまで迫っていた。
*
赤兜が特徴的な銀色のロボットが機体を潜伏モードにし、デブリの中に潜みながら敵の中型艦を待ち伏せていた。
「今回はちゃんと武装しているとはいえ、ほとんどが一般ギア・ボディ向けの通常装備。複数の敵相手にどこまでやれるかは、正直わかりませんわ」
そう言いながらテイルはウィンドウに武装のリストを表示させ、文字が読めないショウの代わりに一つ一つ説明してくれる。
彼女が指差したアイコンは三つ。
近接用の超振動ブレード一本。小型の対ギア・ボディ用マシンガン、残弾200。肩部ランチャーポッドに積んだミサイルが12発──それだけだった。
「こ、これだけ? ミサイル、2セットしか打てないの? エース⚪︎ンバットだと120発くらいは余裕で……」
「何、無茶苦茶言ってるんですか。戦艦じゃないんですから」
そんなショウの反応に、呆れ顔で答えながら彼女は続ける。
「とにかく、まずはわたくしがミサイルで奇襲をかけますわ。ですが、それだけで敵艦を落とせる可能性は低いでしょう。反撃と同じタイミングで敵艦からギア・ボディが出てくると思いますので、そのあとは適宜対応していく形になりますわね」
ウィンドウに簡易的な地図を出しながら、そう説明するテイル。
「基本的にはわたくしが左手側で戦いますので、右手側は防御と姿勢制御だけお願いします。できるだけそちらに負担がいかないようしますからショウさんは安心して──」
そんな彼女の言葉を遮り、ショウはウィンドウの端を指差して問いかけた。
「これは? 右手にもう一つ武装があるけど」
「え? あぁ、それはなんといいますか。ちょっとピーキーな武器なのでいざという時以外には使えないものなんです」
ショウの指摘に、バツが悪そうな顔をして答えるテイル。
「というと?」
「何と言いますか、これは<マリオン>専用の特別な武器でして……。威力も射程もすごい反面、消費エネルギーが大きすぎてなかなか使えないと言いますか」
なんだそのスーパーロボットの必殺技みたいな説明は。少し心が疼くのを感じながらもショウが聞く。
「え? じゃあ一発目、これで奇襲かければよくない? 敵機が出てくる前に船ごと落としちゃうのが一番楽でしょ?」
「そんな簡単な話じゃありませんわ。もし外れた場合、残ったエネルギーで戦わなければならないことを考えたら、少しでも成功確率が高い戦略を……」
「でも、こういうのは成功確率が低ければ低いほどうまくいくもんだし」
「言ってることの意味がわかりませんわ」
二人がそんなことを言い合っていた、その時だった。
コクピット内に突然アラートが鳴り響き、ウィンドウに警告マークが現れる。
「な、何なに!?」
「捕捉された?! そんな、<マリオン>のアンブッシュが見破られるだなんて!」
そう悲鳴を上げながらフットペダルを踏み込むテイル。素早い動きでデブリから抜け出した<マリオン>が、宇宙空間を飛翔する。
機体の望遠センサーが敵艦の位置を捉え、モニターにその姿を映し出していた。
暗い宇宙空間のはるか先、こちらへ砲口を向けながら迫る宇宙船。
その横から、今にもギア・ボディが発艦しようとしている姿も確認できる。
「奇襲は失敗……! デブリを盾に接近して白兵戦に持ち込みます! しっかりつかまっててくださいまし!」
そう叫び、操縦桿を握りしめるテイル。
そんな彼女の緊張を背中に感じながら、ショウはふと考えていた。
あ、いま撃てば、敵艦もロボットもまとめて落とせるんじゃ、と。
そう思った時には遅かった。
気づけばショウの右手は操縦桿のトリガーを引いている。
「え?」「あ、やば……」
少年がとったいきなりの愚行。
戸惑いの声をあげるテイルと、冷や汗を流すショウ。
そんな二人を差し置いて、問題の兵装が起動する。
「ば、ばばばば、ばかぁー!?」「ご、ごめんなさい! ついうっかり!」
パニックになりながらも叫び合う二人、しかし、一度起動した装置は止まらなかった。
<マリオン>が構えた右手、そこに装着されていたガントレット状の兵装が展開し、まるでチューリップの花弁のような形状へと変形する。
直後、眩い光を放ち出した花弁が、その中央にプラズマのような球体を発生させていた。
それは<マリオン>が特別と呼ばれる理由の一つ。とある遺跡より出土したロストテクノロジーを兵器に転用した、必殺の超常武装。
宇宙戦艦の主砲級のエネルギー熱量を一瞬でチャージし、標的に向かって放つその武器は、放たれたエネルギー体の形状からこう呼ばれ、恐れられている。
火の玉(ファイアボール)と。
「ヒィ!? 撃った! 撃っちゃった!」
「あぁもう、どうすんですの、どうすればいいんですのコレ!」
右手から放たれたプラズマ体を眺めながら悲鳴を上げるショウ。
そんな少年を左腕で羽交締めにしながら目を回していたテイルは、すぐにそんなことをしている場合じゃないと思い直し、歯を食いしばる。
撤退するにせよ、死地に挑むにせよ、まずは冷静にならないと。
目に涙を溜めながら、それでもなおこの悲劇に対応しようと前を向く少女。
「…………ん?」
そんな彼女の瞳に映ったのは、放たれた「火の玉」の直撃を受け、爆破炎上する敵艦の姿だった。
その眩い爆炎は今にも発艦しようとしていたギア・ボディすら諸共に巻き込み、衝撃波が一帯のデブリを宇宙の果てまで吹き飛ばす。
「あ、当たった」
テイルに首を絞められたまま、ポツリと呟く白髪の少年。
彼女は表情を凍りつかせたまま、操縦席からずり落ちていた。
*
「まったく! まったくまったく!」
輸送機へ戻る道すがら、テイルは頬を膨らませ、ショウの後頭部を叩き続けていた。
「だから、何度も謝ってるじゃ」
「謝ったから許されるような問題じゃありませんわ!」
「でも、結果としてうまくいったわけだし……」
「だとしてもです!」
テイルはそう一喝してから、深く大きいため息をつく。
「……はぁ、さっきので寿命が十年は縮みましたわ。昔の地球人はみんな、あなたみたいにめちゃくちゃな人たちばかりだったんですの?」
「昔の地球人?」
その引っかかる言い回しに、ショウは思わず聞き返す。
そういえば敵襲の前、テイルは何かを言いかけていた。
ショウが2025年の地球から来たのなら、まず言っておくことがある、と。
そんな彼の視線に気づいたのか、テイルははたと我に返った様子で手を止めた。
「……そういえば話の途中でしたわね」
少しだけ眉を顰めながら、言葉を探すテイル。
「えっと、実は、かなり言いづらい内容なんですけど……、落ち着いて聞いてくださいね」
そんなもったいぶった前置きしてから、彼女は続ける。
「あなたの知っている地球は、もうありません」
その内容は確かに、さらりと告げていいような簡単なものではなかった。
「今から100年ほど前に太陽の異常活動に巻き込まれ、地表にあるもの全てが燃えつき、灰となってしまったのです」
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