王子と聖女と悪役令嬢ときどき僕~王子には僕が溺愛している妹に見えるようです~

藤井めぐむ

1章

プローグ

 夢を見た――……。



「シーデーン公爵令嬢アストリッド・フォーセル。――ここにお前との婚約を破棄する」



 窓の外には天を突く巨木を臨む大広間にて、人々に距離を置かれて孤立し、彼女は陰鬱な表情でその氷のような声を聞いた。



 冷たい目だった。新雪のような白い肌と、氷を思わせる灰青の瞳、銀の髪の、氷の化身のような男だ。彼の路傍の石を見るがごとき感情を含まぬ双眸にさらされ、体の芯から凍りつきそうで、ただただ震える。



 氷の目をした男の背には、薄紅のような変わった赤髪の娘が大きな目を潤ませていた。彼らを中心に4人の男たちがこちらを見ている。



 彼らの顔は嫌悪感に満ちていて、そしてそれを隠そうともしていなかった。喉の奥に今にもあふれ出さんばかりのいらだちを押さえながら、彼らは口を閉ざしている。それはひとえに、この場を支配している氷の男が、アストリッドの婚約者である王太子シグヴァルド・バリエンフェルトだからだ。



 彼らの視線を一身に受けた彼女は、奥歯を噛みしめて凛と背筋を伸ばす。深い紅のドレス、いつも下ろしている長い黒髪を結い上げているので、耳には母の形見のルビーのピアスがよく見えた。彼女はわずかに顎を引き、まっすぐシグヴァルトに視線を返した。



「理由を……お聞かせ願えますか?」


「おまえが彼女にしてたこと、誰も知らないと思ってんのか!」


「彼女がどれだけ見えないところで泣いていたと思ってるの?」


「陰に隠れてこそこそとあなたがしていたことは、暴行だとわかっているのですか」


「アーシャ、君がこんなことをするなんて……!」



 男たちが口々に罵り始める。褐色の肌の大柄の男、金茶の巻き毛の美少年、亜麻色の髪を肩口で緩く結わえた青年、そして一番最後に口を開いた男を見て、アストリッドは唇を噛みしめた。



 震えて、今にもくずおれそうな彼女の心から乖離した意識で、は呆然とその4人目の男を見つめた。



 ……嘘。


 だって……だって、そんなどうして――。


 信じたくなかった。そんなことがあり得るわけがないと思いたかった。収まりの悪い薄茶の髪の細身の青年は、自分がよく知る人物よりも年を食っては見えた。でも、それはまごうことなく――。



 自分自身だったから。



 なんで? どうしてこんなこと――自分が彼女にあんな冷ややかな目を向けるなんて、どんな理由があればそんなことになるのかわからない。


 だって……だって彼女は――アストリッドは彼が生まれたときからずっと一緒にいた、彼の双子の片割れなのだから。ずっと誰よりも近くにいた妹を、たとえ誰が彼女を否定したところで、自分だけは彼女にあんな目を向けるなんて、ありえるはずがない。



 押し寄せてくる疑問符に押しつぶされそうになっていると、不意にドン! と背を突かれた。 倒れ込んで地面に手をついたそこは、先ほどまでいたホールではなかった。陽光を受けキラリと光る平打ちの指輪に、そしてじゃりと手を搔く小石の感覚に、そこが屋外だと知る。



 倒れ込んだのと同時に、周囲でわっと歓声が起こった。



 顔を上げると晴れ渡った空の下、中央に据えられた処刑台が周囲を圧し鎮座していた。


 一気に血の気が引いてく。くらりと目眩を起こしたように、頭が揺れる。


 その感覚が収まる前に、容赦など一切ない力で腕を引かれた。無造作に体を引き起こされ、再び背中を突かれ蹈鞴たたらを踏む。



 アストリッドは薄汚れた麻のワンピースをまとい、いつも侍女が手入れしていた艶やかな黒髪は、ばさばさなまま一つに結わえられていた。その横顔に母のピアスはないのに、平打ちの金のリングを一つだけ着けていた。見たことがない指輪だった。



 それをよく見る暇などなく、彼女は断頭台へと引きずられていく。どこかの円錐劇場らしき場所だ。見回した観客席には見知った顔があった。祖父や従兄姉たちに親族、よくしてくれた祖父の友人や部下たち。どの顔も痛ましげでつらそうで、無力感にさいなまれている。



 だけど彼らから離れた場所にいる氷の王子、その取り巻きたちの表情は冷たかった。その中に自分がいることに、なんともいえない気持ちになる。



 何故自分がそこにいるのか、何故彼女助けようと動かないのか、何故彼女の命が失われようとしていることに耐えられるのか――なにもかもが許せなかった。


 兵士に促されるまま彼女は断頭台へと向かって歩く。


 やめて――お願いだから、誰か止めて。こんなことはあり得ない……こんなことあっていいはずがない、助けてにゃーちゃん、こんなの止めて――やめさせて!



 だが叫ぶ声は誰にも届かない。いつも傍にいる存在さえもが自分の声に反応しなかった。



 その間も彼女は断頭台の前に引きずり出され、跪かされる。彼女の手に、首に、枷がはめられて、静かに目を閉じた。



 こんなこと嘘だ! やめて! お願いだから……嫌だ!






 銀の刃が陽光をはじき、音を立てて落下した。

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