第9話 ちゃんと説明しようね? 笹原くん

「罵って欲しいって……何を言ってるんですか?」


 もはや俺のことを好きとか、そういう次元ですらないじゃん。というかなんで俺のことを知っているんだ?


「……私を……笹原斗真の……ペットに……して」

「し、しませんよ?」

「じゃあ……ペットじゃなくて……性d」

「もういいです!!! やめてください、ほんとに」

「えっ……いいの……?」

「そういうことじゃなくて!」


 求めるレベルが童貞にはハードルが高すぎる。いや童貞じゃなくても性○隷は完全にアウトだけど。おおよそ社会で口にして良い言葉ではない。

 そして向けられる陽菜と佐藤さんからの軽蔑の眼差し。この人たち、絶対俺の趣味だと思ってるよ……俺が好きなのは混じり気の無い純愛ラブコメなのに。


「笹原くんって、結構特殊な趣味? 癖? を、持ってるんだね」

「いや、違」

「なんって言うか……ドン引き?」


 口調は優しいけれど、佐藤さんの瞳はまるでゴミを見るよう。

 そして陽菜は一言。


「最低」


 ポキッと心の折れる音がした。

 うぅ、俺は何も悪くないのに。


「……いい加減にしてくださいよ!」

「ぬぐっ――!」


 鬼のような形相で、桐谷くんが俺の胸ぐらを掴んだ。氷護ひもり先輩のバックハグは継続なので、傍から見ればすごく間抜けな格好になっている。


「三森さんとグルになって俺を笑いものにしたと思ったら、今度は他の女性と一緒に部活を覗いて、あげく氷護先輩まで……どれだけ人を馬鹿にしたら気が済むんですか!」


 なんだよその男、最低じゃん。桐谷くんがブチぎれるのも無理ない。

 ……全部濡れ衣なんだよぉ。


「そのと~~~りですよ! とーまくんはサイテ~の彼氏です!」

「ちょっ……三森!?」


 この地獄のような状況で、さらに事態を悪化させそうな女がまた一人、体育館にやってきた。


「ようやく見つけましたよ~、とーまくん♡」

「おまっ……何しにきた」

「も~、とーまくんひどいな~。下駄箱に靴はあるのに~、校内どこを探してもいないんですも~ん。まさか彼女をほっぽり出して、こそこそ他の女と遊んでたなんて」

「なっ」

「とーまくんはとんだ浮気野郎です」

「このクソ男め……!」


 ぐっ、ぐるじい。息できない。タスケテ。


「ちょっといいかしら」


 俺を救うべく一歩前に出た陽菜。頼む、言ってやってくれ。


「氷護先輩!」


 あ、そっち?

 たしかにバックハグの方もどうにかして欲しいけど。身体がちぎれそうだし。


「……なに」

「私は中学生の時から、ずっと斗真と一緒にいるんです。邪魔しないでください」


 だーかーらーーー。

 なーーーーーんであなたたちは火に油を注ぐのよ!!! もう私の首締まっちゃうわよ。


「……私は……小学6年生の時……笹原斗真に……会ってる」

「な、なんですって」


 氷護先輩が急にマウントを取って陽菜に対抗した。

 ……何それ、俺も知らないんだけど。小学生で女の子の知り合いがいた記憶がない。


「俺、氷護先輩と会ったことありましたっけ?」

「覚えて……ない……?」

「はい」

「そう」


 すると、ようやく氷森先輩は拘束を解いた。良かった、身体は割かれずに済みそうだ。後は桐谷くんを何とか──


「いい加減にしてくださいよ! ぼく、こういうチャラチャラした男が一番許せないんです!」


 あ、だめだ。無理そう。窒息死確定だわ。


「──いい加減にするのは桐谷でしょ!!!」


 パチンッッッ!!!!!

 と、佐藤さんが桐谷くんに平手打ちをかます。その衝撃で、胸ぐらを掴んでいた彼の手が完全に離れ、俺の肺に再び空気が送り込まれた。ふぅ、とりあえず助かった。

 桐谷くんは呆然と立ち尽くし、信じられないという顔で佐藤さんを見ている。


「で、でもこの男が──」

「でもじゃないよ桐谷。暴力は絶対にだめ。わかるでしょ?」

「それは……はい。笹原さんすみません。取り乱しました」

「あーうん。気にしないで」

「よろしい」


 ぺこりと頭を下げた桐谷くんに、佐藤さんはにこりと微笑む。なんかお姉ちゃんみたいだな。解決手段暴力だったけど。


「てことで、笹原くん。ちゃんと説明しようね?」


 ……あ、やっぱり?

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