第39話 ケツが痛い

DT125を手に入れた高校生の自分にとって、それはまるで恋人のような存在だった。こいつさえあれば、どこまでも行ける。そんな気がしていた。


ある夏、高3の自分は、ふと思った。「京都に行ってみよう」と。1年前の修学旅行の記憶を辿りながら、地図を広げてルートを決める。野宿道具を積んで、北陸から関西へ、そして信州経由で帰る千キロの旅だった。


駅で追い出されたり、新幹線高架のうるささに眠れなかったり、地図だけを頼りに迷ったり。それでも旅は楽しかった。知らない景色、知らない風。走るだけで、世界が広がっていくような気がしていた。


けれど、帰り道——


松本に差し掛かった頃、突如として異変が起きた。お尻が、痛い。とにかく痛い。


DTのシートは柔らかい。オフロードの衝撃を吸収するためだろうが、長時間の乗車には裏目に出た。観光は省略、食事も近くの商店で買ったパンと牛乳で済ませ、ノンストップで走り続けていたツケが、ついに来たのだ。


あと30分で家というところで、たまらず母に電話した。

「ケツが痛い……」


電話口の母は、「あんた、痔になったんじゃないの?」と風呂を沸かしてくれた。でも実際沁みたのは、痔じゃなく、お尻の“頬っぺた”の方だった。


湯船に浸かりながら、あの長い道のりを思い返した。バイクと自分だけの時間。誰ともしゃべらず、ただエンジン音と風の音に耳を澄ませて、走り続けた日々。


この日走った450kmは、今もなお、自分史上最長の下道記録。おそらく今後も塗り替えることはないだろう。だがそれは単なる距離の問題ではない。


——あのときの自分は、まっすぐだった。


……と、思っていたら、世の中にはとんでもない人がいる。


Facebookで知り合ったライダーは、静岡から島根の実家までバイクで帰るという。別の女性は、岡山から群馬までV-maxで、すべて下道でやってきた。しかもまだその先まで行っているらしい。


彼女たちのお尻は一体どうなっているんだろう? なんだか、自分の“ケツ痛エピソード”がちっぽけに思えてくる。


でも、あの夏の痛みは、きっと一生忘れない。

あのときの体験があったからこそ、今でもDT125のことを“相棒”と呼びたくなるのだ。

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