第18話 九州での第一歩

18歳の春。群馬を離れ、福岡県久留米市の大学へ進学することになった。

交通機械工学科、自動車整備士専門学校の4年版みたいなところだ。

新聞奨学生制度を利用し、住み込みで働きながら授業料を返す暮らし。

その寮があるのは、久留米に隣接する小郡市だった。


日常の足、YAMAHAのDT125とボストンバッグひとつを連れて旅立つ。

他の荷物は運送会社に任せ、川崎からフェリーで宮崎県日向を目指した。


今では廃止されたその航路は、外海の荒れにより大幅に遅れた。

トイレにこもるほどの船酔いで、意識がもうろうとする中、到着は午後3時を回っていた。


フェニックス並木の南国風景に感動したのも束の間、高千穂に差しかかるころには夕暮れが迫り、どこか寂しげな山道をDTのヘッドライトだけで走り続けた。


阿蘇のあたりに来たときには、あたりはすっかり夜。景色も見えず、風の冷たさとエンジン音だけが心の支えだった。


そのとき、一台の車が並走し、運転手が声をかけてきた。

「どげんしょった?泊まるとこはアッとね?うちにこんね」


当時は何を言われているのか分からなかったが、雰囲気で「泊まっていけ」と言ってくれているのだと察した。


見知らぬ旅人を気遣ってくれる九州人の心の広さに、胸が熱くなった。

けれど寮で新聞店の店長が待ってくれていると思い、丁寧にお礼を言って断った。


夜遅く、小郡の寮にたどり着くと、店長が笑顔で迎えてくれた。

「荷物は届いとるけん。明日の3時に下りてきて仕事ば見て」と、2階の寮へ案内してくれた。


翌朝、皆の仕事ぶりを見学していたところ、奥からおかみさんが現れた。

優しげな雰囲気に安心しかけた瞬間──

「そこばはわかんね!」と怒鳴られた。


何が何だか分からず立ちすくんでいると、「なん、ぼ〜っとしよっ、そこば、はわかんねっちいいよっとたい!」と畳みかけられた。


言葉は理解できなかったが、怒られていることだけははっきり分かった。

「そこん、ほうきがあろうもん。ごみとりはここ、ちりばこはそこばい」


ようやく聞き覚えのある単語が出てきた。


「あの〜、ここを箒で掃け、とおっしゃっていますか?」と尋ねると、

おかみさんは少し穏やかな声で「そげんいいよろうもん」と答えてくれた。

『ちりとり』→『ごみとり』?、『ごみばこ』『ちりばこ』?

『ちり』と『ごみ』が関東と九州で逆なのはなぜだろう?


──九州での新生活は、戸惑いと優しさが交差する、忘れられない一日から始まった。

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