第4話 皆、同じ夢を見る。

 明晰夢、というものには幾つか定義がある。

 夢の中で夢と気づくこと。夢の中では物理法則が適用されないこと。現実の記憶を持ち合わせていること。等が定義として挙げられる。

 そしてもう一つ、夢と現実が地続きではないことを認識していること、が定義とされている。

 俺はこの4つめが嘘なんじゃないかって思っている。

 あの出来事は確かに夢の出来事だった。

 夢と現実はまるきり違うもののはずだ。どんなにリアルな夢でも夢は夢でしか無い。

 それなのに。

 地下室の冷たさや、空気の湿った匂い。あの鈍い痛み。少し油断をするとあの光景をありありと思い出してしまう。


 思わず腹部を触ってちゃんと内蔵が詰まっているか確認してしまうし、猛烈な嘔吐感はいつだって込み上げてきて、朝食も昼食も食べられないでいる。

 日向はあんなおぞましい夢を見た後だというのに、お菓子を頬張り続けているけれども。普通の俺は一週間くらいは平気で引きずるような夢だった。


「物語って、何なんだろうな」


 幽子部長の言葉が宙に漂ったまま、コツコツと誰かが持ち込んだ壁掛け時計が時間を刻んでいる音が響いている。


「あの、とりあえず質問なんですが。なんですかね、このコピーは」


 皆が沈黙を続けている中、まず俺の言葉が響いた。


「良い質問だな。今朝から未開封の段ボールを漁っていたんだが、過去の部活の記録の中から見つかったものだ。言っただろ、昔からサクライヒナコの怪談について調査していた節があると」


 青ざめた顔で胸を張っている部長と日向。いやあんた達授業はどうしたんだよ、授業は。


 「学校の怪談は、7つ目を知ると不幸になる。だから7つ全てを集めてはいけない、というのが定番だったのだが。まさか7つ目が新たな怪談の始まりだったとはな」


 少し力なく、椅子の背もたれに深く腰掛ける部長。ゲームをやっている時でさえ背筋が伸び切っている人なのに、少し珍しい光景だった。


「ねぇ幽子。雄一郎くんも来たことだし、もう一度答え合わせをやっておかない? 彼だけ事態を飲み込めていないだろうし」

「そうだな。では、雄一郎。お前が見た夢を話してみてはくれないか? ちなみに私は追いかけ続けられる悪夢だった」

「私は生き埋めにされる悪夢だったわ。あの息苦しい圧迫感は二度とごめんね」

「空から落ちる悪夢だったよ。竜の背からなら、まだ良かったんだけどね」


 皆が口々に今朝見た悪夢について語る。


「なんだ、皆違う夢じゃないですか。俺のも悪夢でしたけど、地下室みたいな所に下りていって滅多刺しに刺される悪夢でしたけど。それならこの、皆が同じ夢を見たら、物語の始まり。というのは違いますね」


 俺の言葉に誰も同調する様子はなくて、皆それぞれ一枚の紙を取り出した。


「その夢にこんな女は出てこなかったか?」


 ぺらりと乾いた音がして。部長が紙を掲げる。日向と夏菜子先輩も続ける。

 脊髄が氷に変わってしまったかのように、体が芯から凍える。


 黒髪に、吸い込まれるような目が印象的な、赤い服の人形。皆が一葉に掲げる紙には、同じ特徴の女が描かれている。

 部長は特徴を捉えたモンタージュ風に、日向は下手くそな落書きでもそれと分かるように、夏菜子先輩は写実的で、ありありとあの光景を思い返してしまうほど精密な絵だった。


「……その様子だと間違いないようだな。さて、我々はサクライヒナコという怪異に既に巻き込まれてしまった訳だが、次は何をすべきだと思う?」

「ちょ、ちょ、ちょっとまってください。どうして皆さんそんなに冷静なんですか! 怪異に巻き込まれているってヤバいじゃないですか! というか本当にそんなことがあると思っているんですか! 非現実的過ぎるでしょう!」

「なぁ雄一郎。今日誰かから「サクライヒナコって何?」と一言でも聞かれたか?」


 怒気まじりに紡いだ俺の言葉が、幽子部長の冷静な一言で押し黙らされる。


「下校時間にあれだけ変わった行動を取っていたんだ。クラスメイトにも声がけをしたことだろう。だが一人でも昨日のことを尋ねられたか? 確かに我が部の悪名に関わり合いにならないようと無視したとしても、教員の誰一人からも様子を伺われなかった、なんてあると思うか? もし後輩部員を虐めているなんて見做されれば、文化祭を待たずに廃部もあり得る。我が部を潰したい教員が手ぐすねを引くとは思えない。そうでなくとも正義感の強い新任教授が力になってくれそうではないか?」

「そ、それは……」


 言葉に詰まってしまう。何か反論がありそうなのに、少し不可思議だった出来事のはずが、途端に奈落の底へと飛び降りている道中かも知れないと思わされる。

 

「サクライヒナコ、という怪異は実在する。少なくとも、この郷土文芸ドラゴン部の部員にだけは認知されている。素晴らしい不思議、じゃない」


 日向が、嬉しそうに口元を歪めている。


「だ、だとしてもですよ。どうして皆さん、怪異を追うのに積極的なんですか。普通、取り乱しません? というか逃げの一択ですよね? え、俺が変なんですか?」

「落ち着いて、雄一郎くん。大丈夫だよ」


 いつの間にか傍らにやってきていた夏菜子さんが、俺の手を取ってくれていた。

 暖かさに、少し上っていた頭の血が下りてくる。


「好都合じゃないか、雄一郎」


 したり顔で、もういつもの自信に満ちた顔に戻って幽子部長が言う。


「文化祭までに目覚ましい成果を挙げなくては、我が部は廃部の危機にある。我が部だけに伝わる怪異を解き明かし、公に公表することが叶えば、素晴らしいトピックになる。そもそも我が部の成果が正当に評価されてこなかった理由が、未解決のままサクライヒナコの怪異の考察を記載していたからかもしれない。どちらにせよ、行く道だ。ならば楽しむべきだろう」


 いや、部活動が評価されないのは、貴女がゲームばっかりして郷土研究は滞り。日向がラノベを読むばっかりで一向に文芸部的な活動をしないからだと思うんですが。まぁ夏菜子先輩のドラゴンはどうしようもないと思うけれど、というかドラゴンって本当に何だよ。


「というか、アンタは私の下僕なんだから。私がやりたいことに黙って付き合いなさいよ」

「いや下僕とか奴隷とか人権侵害だからな? 出るところ出たら俺が勝つんだぞ?」

「やってみなさいよ。その時はアンタの生涯隠しておきたあれやこれやの秘密を全部ネットに晒してあげるから」

「……日向さん? 普通に犯罪だと思うのですが?」

「今日日、痕跡を隠して匿名性を確保することがどれだけ簡単か知らないの?」

「…………」


 どこから来るのか、日向はにやりと自慢げに笑っている。

 

「そうだよね。私もまだこの部活でドラゴン制作を頑張りたいし」

「いや先輩、その前にあの石膏の山を片付けましょうか。部室がこんなに狭いのは7割位は先輩の責任ですからね?」

「……てへ」

「てへ、じゃなくて。可愛いですけれど、てへ、じゃなくて」


 とぼけながらの夏菜子先輩の言葉に反していると、くくく、と部長が噛み殺した笑い声を上げ始める。

 

「ふふふ、少しは調子が出てきたようじゃないか。雄一郎。まぁあれだ、君としてもこんな美女三人に囲まれて青春を送れるなんて幸せじゃないか」

「いや美人ではなく、イロモノ……」

「さて、全員の意思疎通が取れたことだし、そろそろ本気で「サクライヒナコ」の怪異を解き明かしてやろうじゃないか」


 いや、ここに一名全く大反対の人間がいるのですが。

 けれど幽子先輩も夏菜子先輩も、何より日向がとても乗り気の様子で。反対意見など言える様子はないのだった。

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