第2話 夢買い
幽子部長が声を低くし格好を付けて宣言しているが、実態はもっと単純だった。
郷土文芸ドラゴン部、等というふざけた名称の通り、我が部は部活動として公認されているのがそもそもおかしい。活動の実態も、郷土史研究に飽きたという理由で幽子先輩はストラテジーゲームで地元のマイナー武将で天下を取ることにやっきになっているし、日向は漫画やライトノベルを持ち込んで更には冷蔵庫まで持ち込んでジュースとお菓子を囲みながら文芸活動とやらに邁進している。夏菜子先輩に至っては、実寸大ドラゴンの制作と並行して、3Dプリンタまで持ち込み毎日ガシュンガシュンとプリンタでドラゴンの像を印刷している。せめて美術部でやれよ。
とどのつまりは、ただの溜まり場なのだここは。
お陰で活動実態などというものは皆無で、業を煮やした学校側から解散勧告を受けており、夏休み明けの文化祭時にまともな活動報告が無ければ廃部となるのだった。
そのために、活動実績を求めている。そこで、古くから部に伝わる怪談を引っ張り出してきた訳だ。
「サクライヒナコ。一見どこにでもありそうな名前なのに、生徒名簿にその様な名前はなく、雄一郎の犠牲のお陰で噂すら存在しないことが証明された。それなのに、我が部ではまことしやかにその名前が語られてきた、これはもう怪奇現象以外の何物でもない」
「ねぇ幽子。それって怪奇現象って言えるの? 単にウチだけで伝わる変わった伝統、みたいなものなんじゃないの」
ドラゴンさえ絡まなければまともな夏菜子先輩が、かちゃかちゃとドラゴンに格好良いポーズを取らせながら部長に答える。この茶番が始まってから誰も口に出来なかったことをサラリと言ってくれる。
本当にドラゴンさえ絡まなければまともな人なのだ。
「それがね夏菜子。文芸部で編纂している文芸誌があるのだけれど、サクライヒナコの七不思議については考察が毎年記載されているの。今回の雄一郎の様に全校生徒アンケートを取った年もある。なのに誰一人としてサクライヒナコを知らない。全校生徒に周知されて噂くらい独り歩きしてもいいのに、私達だけがサクライヒナコを認識している。これは怪奇現象ではないかしら?」
日向、お前ただ食っちゃ寝しているだけのラノベ愛好家ではなかったんだな。ちゃんと活動していたんだな。そんな感動も湧くが、至って皆真剣なトーンで語るから、何やら真面目な雰囲気が漂う。
ガラクタや本や雑誌が無秩序に詰め込まれた本棚や段ボール箱に囲まれ、4人が必然的にすし詰めの様に押し込まれている空間に、クーラーの音だけが乾いて響いている。
「えぇっと、すみません」
おずおずと手を上げると皆の真面目な視線が一斉に俺の方を向く。幽子部長が首肯して俺に発言を促す。
「サクライヒナコを誰も知らない、についてなんですが。一応一人だけ知っている人がいまして」
「ほう、誰だそいつは?」
「国語の藤原先生です。少し大人し目の雰囲気の」
「あぁあれは関係者だ。一応この部の顧問だ」
「ウチに顧問なんていたんですか?」
「当然だろ? なんたって部活動、なんだから」
幽子部長に何言っているんだこいつ、という目を向けられている。いやだって、入学してから数ヶ月、顧問なんて見たことも無いんだから。というかこんな変な部が本当に学校から認められていることに、学校側の常識を疑ってしまう。
「さて、本題に戻ろう。サクライヒナコについて、私達だけが知っている。これがすでに怪奇現象の始まりな訳だが、この夢を買ってはいけない、というのが個人的には引っかかっている。皆はどう思う?」
幽子部長は黙っていれば超絶が付く美人だ。というか、カリスマとでも言うべき雰囲気がある。
普段はおちゃらけているくせに、真面目な雰囲気を作ると場が勝手に締まる。日向が文庫本に栞を挟んでカバンに仕舞い、夏菜子先輩がドラゴン像を傍らに寄せている。
「私は、夢買い、の逸話だと思いました」
日向の声。え、何?夢買いって。というかお前俺と同じアホの子じゃなかったの?
「私は単に宝くじ的な、甘言に乗ってはいけない、という戒めだと思ったけどな」
確かに宝くじを買うことを夢を買う、と表現するよなと思い至る。やはり夏菜子先輩はドラゴンさえ絡まなければ常識人だ。
「なるほどな。で、お前はどう思った。雄一郎」
「俺ですか?」
「あぁ、お前だ」
幽子先輩の鋭い目が向けられている。美人が凄むと怖いっていうけれど、どんな教師に叱責されるよりもプレッシャーがある。
「そ、その。一晩共にする、的な。そういう一夜の夢を買う、的な話だと思いました。はい」
「サイッテー」
「助平だな」
「……もしかして溜まってる?」
ううう、こういう場合は夏菜子先輩の慰めのほうがダメージが大きい。
「ごほん。まぁ男性からの貴重な視点も入り、皆それぞれの言葉の受け取り方がある、という事が分かったわけだが。私はやはり、日向の夢買いが有力だと思う。いかにも怪談っぽいからな」
「すみません、そもそも、夢買いって何ですか?」
俺の発言に、また皆の視線がこちらを向く。部長は少し驚いた表情で、夏菜子先輩は謎の笑顔を浮かべて。日向は、呆れた様にため息をこぼしている。
だって仕方ないじゃないか、皆納得ずくで話が進むのだけれど、俺はわからないのだから。
「本当雄一郎って愚かよね。バクが夢を食べる、という逸話くらいアンタも知っているわよね? お陰でバクのカタチをした枕を使う風習があるくらいなんだけれど。そんな風習の他に、夢買いという逸話があるの。まぁ、簡単に説明すると、吉夢を売買して福を手に入れようとする逸話があるの」
「吉夢って何? というか何でバクが関係あるんだ?」
「予備知識よ! 予備知識! 本当愚かなんだから、雄一郎は!」
いや、そんなに目くじら立てなくたっていいじゃないか。仮にも文芸部に入部するような人間と、無理やり勧誘された人間だと知識量が違うのは仕方ないだろうが。
代わりに夏菜子先輩が優しく答えてくれる。
「日向が言いたいのは、昔は夢を神聖なものとしていて、悪夢を食べてくれるバクを有難がったり、縁起のいい夢を買って幸福になろうとした人がいた位、夢は特別なもの、ということだよ。雄一郎くん」
流石夏菜子先輩の話は分かりやすい。本当にドラゴンさえ絡まなければ、一番の常識人だ。
「夏菜子の言うとおりだ。そしてここで問題となるのは、サクライヒナコから夢を買ってはいけない、というのが何を指すかだ。夢買いの逸話は正確には夢買長者の逸話だが、あれは最終的に欲をかいた主人公が破産することで終わる。つまりは求めすぎるな、という戒めだな。……さて、続きは明日各々がどんな夢を見たかによるな」
「質問ばっかりですが、何で明日、どんな夢を見たか、になるんですか?」
自分でも質問ばっかりだなと思うが、今度は誰も俺を小馬鹿にするような態度は取らなかった。
「誰も知らないのに、私達だけがサクライヒナコを認識している。これは既にサクライヒナコから夢を買ってしまった、と認識すべきだろう。夢買いの逸話なら、夢が正夢となり、破滅に向かうわけだが。雄一郎の言う通り、本当に一夜の夢を買ったのかもしれない。結局何も分からない。ならばこれだけ夢に纏わる怪異であれば、夢に手がかりがあると考えるのも自然だろう?」
「……部長たちは、本気でこの怪奇現象を信じているのですか?」
「まさか。でも面白いとは思っているよ。現に本当に私達しかサクライヒナコを知らない、という現象は発生しているのだから。それにこれがどんな結末を迎えたとしても、我が郷土文芸ドラゴン部としては、文化祭に発表できるだけの面白い事件であればいい。部が存続さえすれば、こんな夢物語に付き合うのも一興じゃないか」
幽子部長の言葉に、どこか釈然としない思いがあったのだけれども。
結局明日また集合することになって、今日の部活は解散することになった。
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