12 想像

 久保田は昼休み特にやることが無いので英単語の自習をしていた。元々英検3級は持っているのでそこまで苦手科目ではなかったのだが高校に入ってから難易度が上がり、普段の勉強では追いつけなくなっていた。

「えっとnoticeは気づくで、これは・・・」

するといつものように飯野が話しかけてきた。

「今日の小テストのやつ?」

「うん、なんか高校になってからなんか難しくなって」

「花蓮の行きたい大学も英語必要なんだよね?今のところ大丈夫そう?」

「ギリギリかも。とりあえず模試で良い点取らないと・・・それだけ?」

「いや、実はさっきもう一人軽音部に入りたいって子来てさ」

先日の二人に次いで3人目である。やはりライブの効果はあったようだ。

「その子楽器触ったこと無いけど大丈夫ですかって。まあ私たちが手取り足取り教えるから大丈夫って言っておいたよ」

「初心者かぁ」

久保田はシャーペンを置いた。

「何?なんか不安なことでもあるの?」

「いや、そうじゃないんだけど・・・このまま続けてくれるかなって」

そう話しているとこの前近くの席に移ってきた早瀬が机に戻ってきた。見るからに体調が良くなさそうである。

「あれ、どうしたの早瀬さん」

飯野は心配して彼女に声をかけた。

「いや、いつもの貧血だから気にしないで」

「そうなの?具合悪くなったら早退した方が良いよ。ノートとか貸すから」

「ありがとう。でもまだ大丈夫だから」

そう言って早瀬はカバンから英単語帳を取り出した。どうやら彼女も英語の自習をするつもりだったらしい。

「それで、その子は今日部活来るの?」

久保田が先程の話題を続けた。

「えっと、多分来ると思うよ。でも他に気になる部活もあるって言ってたからひょっとしたらそっちに行くかも」

「そっか。とりあえず今年は二人は確定ってことだね」

「そうだね」


 一方で大西は少々殺気立っていた。今週末は全道大会が行われる。彼自身ここまで勝ち進んだことは無かったので今まで経験したことの無い緊張感に襲われていた。

「・・・全道でどこまで行けるかなぁ」

全道となるといつも戦っている札幌圏内の相手とは勝手が違う。彼自身北見で1年間剣道をしてきたのでそこの特徴はなんとなく把握しているがそれ以外の地域がどのような試合運びをしてくるのかまるで見当がつかなかった。言ってみれば解き方を教わっていない数学の問題をいきなり渡されて「解け」と言われるようなものだ。

「ああクソっ」

大西はいてもたってもいられず自販機の所まで歩いて行った。どこか落ち着かないときは決まってそこで缶コーヒーを買って飲むようにしている。

「・・・どっちにしよう」

大西はブラックか微糖か決めかねていた。少し悩んだ末、大西はボタンを同時に押した。出てきたのはブラックだった。

「最近こっちばっかりだな」

大西は近くのベンチに座るとそのままコーヒーを喉に流し込んだ。一切の甘みのない液体が彼の喉を刺激する。その感覚で彼の脳細胞は刺激される。

「・・・まあ、出たとこ勝負ってことか」

大西は再び缶コーヒーを口に付けた。すると誰かが自分のそばに歩み寄ってくるのに気づいた。飲み終わってその姿を確認するとそこに立っていたのは鳥井だった。

「お疲れ!今週全道大会なんだって?」

鳥井もその話を聞いていたようだ。

「えっと、誰から聞いた?」

「勝元君が言ってたよ。頑張ってね」

「あ、ああ」

そう返すと鳥井は同意を聞く間もなく彼の隣に座ってきた。大西は試しに彼に質問してみた。

「なあ、一ついいか?」

「え、どうしたの?」

「いや、鳥井って今まで全道とか出たことあったっけ?」

「ああ、大会とかは無いけど全道で集まって練習試合とかはあったかな」

テニスの世界でも同じようなことはするようだ。大西は少しだけほっとした。

「やっぱ、札幌以外の選手ってやりにくいとかあるよな?いつもと違う相手だし」

それを聞かれて鳥井は少し考え込んだ。

「うーん・・・確かにあるね。まあ試合じゃなくて練習だからアドバイスになるか分からないけど、相手も俺たちの事知らないだろうからある意味平等なんじゃない?」

相手も俺たちのことを知らない・・・そう言われて大西の中にあったつかえのようなものが取れた気がした。

「そっか。確かにそうだよな」

「それと俺は、試合の前は勝った後の事を想像することにしてるよ。その方が楽しいじゃん」

「勝った後か・・・」

大西にはいまいちピンと来なかった。彼自身そこまで試合で勝った試しがないので想像のしようがないからだ。だが彼の言葉を聞いてふと早瀬のことを思い出した。

「・・・後の事」

すると鳥井が突然立ち上がった。

「ごめん、5時間目移動教室だから先戻るわ。お疲れ」

「おう」

鳥井はそそくさと戻っていった。一人になった大西は彼の言葉を反芻していた。

「後の事・・・それって、試合以外でも通用するよな」

大西はふと目の前に視線をやった。丁度そこにはカップルと思わしき男女が自販機の前で飲み物を選んでいる。大西はその二人の様子を自分と早瀬の姿に重ね合わせた。

「・・・こういうことなのかな」

もし大西の告白が成功すれば、その場にいるカップルと同じような光景が見られるかもしれない。大西はそう思った。

「・・・でも、どうしよう」

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