10 憂鬱感

 ゴールデンウィークで授業は休みになっても部活はいつも通り行われるものだ。加えてこの時期になると大会が連続で行われる。4月末は全道の高校が集まっての練成会、連休明けの週は個人戦限定の大会でその次の週は団体戦限定の大会、それから2週ほど間を空けて高体連本番が行われる。だがその間大西は段別の全道大会に出場する予定がある。はっきりって過密スケジュール過ぎて休みなのに全く気が休まらない。

「はあもう疲れたぁ」

大西は帰り道大友にそう愚痴を吐いてしまった。

「仕方ないだろ、それに団体戦の方はお前出場しないんだからまだ気が楽だろ?」

「まあそうだけど・・・なんか普通にゴールデンウィークで遊びてえ」

そう言いながら大西は持っていたソルティライチを飲み干した。

「お前それ好きだな」

「なんだかんだこれが一番合うんだよな・・・にしても明後日からしばらく授業受けなくていいんだよな、そう思うと多少は気が楽だ」

そんなことを言っているとバス停の所で見覚えのある女子生徒を見かけた。

「・・・えっと、確か放送部だったよな・・・でも何て名前だっけ」

そう思っていると大友が声をかけてきた。

「じゃあまたな」

そう言って大友は大西と別れ、信号を渡っていった。一人になった大西はそのままバス停に立ち、バスが来るのを待った。その間彼は隣で立っている女子の名前のことをずっと考えていた。だがいくら考えても思い出せない。放送部とはほとんどかかわりが無いので覚えていなくても無理はない。

「まあいいか。YouTube見よ」

そう思ってイヤホンを付けようとしたが例のごとくひもが絡まっている。

「・・・はあ」

ため息をつきながらもいつものことだと思いながらひもを解いて耳に取り付けようとした。

「あ、あの」

すると隣に立っていた女子生徒が大西に話しかけてきた。突然のことで大西はイヤホンを落としそうになった。

「え、どうかした?」

「いや、私放送部の芦原って言います」

芦原・・・確かに聞き覚えは無い。辛うじて昨年の学校祭の時の出し物に映っていたのを見たくらいだ。

「ああそうなんだ、俺は大西だけどどうかしたの?」

「大西さん、確か鳥井君と去年同じクラスでしたよね?」

急に鳥井のことを聞かれて不思議に思いながらも大西は何とか返事した。

「そ、そうだけど、それが何か?」

「鳥井君、今彼女とかいるかって分かりますか?去年よく一緒にいるところ見かけたので知ってるかなって」

芦原はか細い声でそう訊いてきた。だが大西自身今はそこまで彼と仲が良いわけではない。そのため彼が今どういった交友関係なのかは分からなかった。

「いや、俺には分からないなぁ。でもどうして?」

だが芦原はもう用はないと言わんばかりに口を閉ざした。そうしていると1分も経たずに帰りのバスが来た。芦原はそのままバスに乗り込んで去っていった。

「なんだぁ、気味の悪い奴だなぁ」

大西は悪態をつきながらもYouTubeを見ながらバスが来るのを待っていた。

「小保方の奴まだ言ってるよ。あるんならあるで証拠出せよ」


 ゴールデンウィーク初日に入った。大西にとってはどこか憂鬱な日々だ。それは練成会や大会が立て込んでいるからだけではない。それは早瀬に会えなくなったからだ。

「・・・こんなに虚しいのか」

大西はベッドの上でそんなことを考えていた。この日は幸いなことに何も予定が入っていない。そのため今日一日何もせずゴロゴロしているつもりだった。だが心のどこかで虚しさを覚えていた。

「・・・早く休み終わらねえかな」

そうつぶやきながら大西はYouTubeを見ていた。オススメにはどうも見る気の起きない動画ばかりが上がってくる。

「だから誰だよこのヒ〇キンって奴は。興味ねえっつってんだろ」

YouTubeをのアルゴリズムに文句を言いながらも彼はスマホを弄り続けた。


 連休中とはいえ練習はいつものように行われる。鳥井は特にどこか行きたいという希望も無かったので練習漬けの日々はそこまで苦ではない。だが星野の場合は違うようだ。

「ああなんで休みなのに部活あるんだよぉ」

「仕方ないだろ。それに高体連まで1カ月切ってるんだし」

「毎日こうだと彼女とデート行けねえじゃん。せっかく休みなんだから羽伸ばしてえよ」

鳥井は呆れながらも返事をした。

「時間なんていくらでも作れるだろ。午後は暇なんだし」

「疲れてどこにも行く気しない」

鳥井はため息をついた。

 練習も終わり鳥井たちが渡り廊下を歩いていると格技場が見えた。中の様子はよくわからなかったが誰もいないようだ。その様子を見て星野はうらやましそうにつぶやいた。

「剣道部は休みか。うらやましい」

そうこうしながら教室に着いて帰る支度をしていると茶道部の女子が何人か入ってきた。どうやら彼女らも部活だったようだ。

「それで今度札駅行こうって誘われてさ」

「へえいいなあ。てか付き合ってもう半年だっけ?私も彼氏欲しいなぁ」

彼女らは他愛のない会話で盛り上がっていた。だがそれと同時に鳥井にもそう言った彼女がいたことを思い出していた。

「・・・彼女かぁ」

鳥井は一人そうつぶやいた。するとそれに気づいたのか星野が声をかけてきた。

「どうした?あの女子たちがうらやましいのか?」

「え?んーまあな。俺もお前みたいに彼女とデートのことで悩んだりしてえよ」

「じゃあなんで別れた?」

星野は鋭い所を突いてきた。確かに分かれる必要はなかったかもしれない。だがだからと言ってこれ以上関係を続ける必要もあったかというとそれも違うと思っていた。

「・・・なんでかなぁ、わかんねえ」

そう言って鳥井はカバンを担いで教室を出ようとした。

「お、おい置いてくなよ薄情者」

 外は季節外れの暑さだった。ここ数日こういった天候が続いている。

「暑すぎ!帰り新札でも寄ろうぜ星野」

「OK・・・あ、なんか札幌に松〇修造来てるって」

その言葉を聞いて鳥井は全てを納得した。

「だからか!」


 鳥井はドーナツ店に着くなりアイスコーヒーを注文した。いくら何でもこの暑さには耐えかねている。星野はドーナツを3個選ぶとオレンジジュースを頼んだ。

「ここは地下だから涼しいな。ていうかそんなに頼んで大丈夫か星野?」

「いいんだって。これだけ動きゃ食わないとやってけねえよ」

そう言うなり星野はドーナツにかぶりついた。勢いをつけすぎてクリームが飛び出てしまった。

「そう言えば海斗、お前この前茶道部の女子と何してたの?」

「え、この前?」

鳥井には何時の事だか検討がつかなかった。すると星野が続けた。

「なんか保健室の所まで一緒に歩いてたって俺の彼女言ってたぞ」

「ああ、あれか」

鳥井は早瀬を保健室まで連れて行った時のことを思い出した。

「なんか貧血気味だったから保健室まで連れて行ったんだよ。俺の母さん昔貧血で倒れたことあるから放っておけなくて」

「あ、そうなんだぁ」

星野は納得したようだ。それと同時に彼はあることを思い出した。

「それって確か・・・早瀬?」

「あ、ビンゴ。知ってるの?」

「去年同じクラスだった。なんか保健室行くこと多かったからなんか覚えてるんだよなあ。あいつも確か茶道部だった気がする」

「茶道部か。あの時は4組としか言ってなかったわ」

「へえ。あいつ今彼氏いるのかなぁ」

そう言って星野はオレンジジュースを喉に流し込んだ。

「なんか噂では聞いて事あるんだよ。近くの高校の奴と付き合ってるとか。あと元中の奴が彼氏だとか」

「へえ」

鳥井は若干興味が失せていた。だが星野は続ける。

「でも誰も半年持たないって。なんか飽き性なのかな」

「なら俺には縁のない話だな」

そう言って鳥井もドーナツにかぶりついた。

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