8 違和感

2014年4月下旬

 その日の午後、授業中大西はどこか違和感を覚えていた。教科書は全て持ってきている。板書も特におかしなところはない。そんな時急に外で突風が吹いた。大西は不意に窓の方を見る。すると明らかにどこかおかしいことに気付いた。

「隣ってこんなに見晴らし良かったっけ・・・」

そこで大西は初めて早瀬が席にいないことに気付くことが出来た。

「あれ、あの人どこ行ったんだ?」

そう思っていると教師が大西に声をかけた。

「おい大西、天気が気になるのは分かるけど今は授業だぞ」

「はい、すいません」

そう言って大西は再び黒板を見た。黒板には教科書に書かれている英文がそのまま書かれており、教師がその文について補足説明をしている。大西自身英語はそこまで好きな科目ではないが、大学受験では確実に使うことになるのでそれなりに真面目に聴いていた。

 すると突然教室の入り口が開く音が聞こえた。教師は振り向くと早瀬が入り口に立っていた。

「すいません、ちょっと保健室行ってました」

「ああそうか、具合悪いなら無理するなよ。あと板書は隣の人に見せてもらいなさい」

「分かりました」

そう返すと早瀬は自分の席に戻ってきた。

「ごめん大西君、ここまでのノート見せて」

「あ、ああ、いいよ」

大西は自分のノートを早瀬の席に近づけて早瀬に見せた。

「ありがとう」

そう言って早瀬は大西が書いたノートを書き写していった。

 授業も終わり、大西は教科書を片付けて次の授業の準備をしていた。時間割を見るに次は生物だ。大西としては必要性がまるで感じられない教科の一つだ。

「ああだりい」

そう言いながら準備をしていると早瀬が彼に話しかけてきた。

「あ、大西君、さっきはありがとね」

「え、ああ、いいよ、それより具合悪いの?」

「ただの貧血だから気にしないで」

そう言われて大西はどこか胸が熱くなる感覚を覚えた。そのせいもあってか大西は彼女に返答することが出来なかった。


 部室に行っても大西の胸の中の熱さが何なのか分からなかった。大西はふと時計を見る。少し早く来過ぎたためか他の部員は来ていない。彼は目を閉じて先程のことを思い出した。

「・・・早瀬さん」

早瀬が入り口から席に戻るとき、大西はおそらく初めて彼女の全身をちゃんと見た気がした。背は低めだが髪は結われており、顔立ちは幼さを残しながらもどこか上品さを出している。

「・・・雪乃」

大西は無意識に彼女の下の名前を呼んでいた。すると部室に花沢が入ってきた。

「どうした?ハトがモシンナガンで撃ち抜かれたような顔しやがって」

「俺はフィンランドに侵攻する露助じゃねえよ。入るなら失礼しますくらい言えよ」

「お前が気づいてないだけだろ。それより誰だよ雪乃って」

迂闊だった。どうやら花沢に訊かれていたようだ。大西は見る見るうちに頭が真っ白になってきた。

「・・・なんでもねえよ」

大西はそう言って話をはぐらかそうとした。だが花沢は続ける。

「そういうってことは、誰かに惚れたって感じだな?」

惚れた、その言葉に大西はどこか難関問題を解かれたような感触がした。

「図星だな。まあそんなことより今週末段別の大会あるんだし気合い入れていくぞ」

「そうだな」

そして大西は邪念を振り払うかのように竹刀を振った。


 鳥井がスポーツドリンクを買いに自販機の所まで行くと中庭が騒がしくなっていた。同行していた勝元も気になるようだ。

「鳥井、なんかやってるから見てみようぜ」

「あ、ああ」

勝元は鳥井を引っ張るように中庭まで来た。すると軽音楽部が小さいステージを作ってライブをしていた。

「軽音じゃん。ひょっとしてゲリラライブ?」

「そんなわけ無いだろ勝元。多分新入生の呼び込みかなんかだろ」

そう話していると3年生の藤田が後ろから話しかけてきた。

「おおやってるなあ軽音楽部」

「あ、藤田先輩」

「いつもは廊下でビラ配ってただけだったのに・・・しかも先生もよくOK出したよな」

藤田はどこか関心しながらその光景を見ていた。ライブには大勢が集まっているというわけではないが、それでも10人程度の新入生が彼女らのライブを見ている。誰しも目を輝かせているのが鳥井にも分かった。

「すげえ」

鳥井と勝元は彼女らの演奏に見とれていた。だが藤田に肩を叩かれて我に返った。

「さ、練習練習!」

「は、はい」

鳥井と勝元は名残惜しそうにその場を去った。


 久保田と飯野は部室で先程のライブについて話し合っていた。

「ざっと10人くらいは来てくれてたよね。これなら部員も去年よりは増えるんじゃない?」

「だと良いけど・・・明日は何人来てくれるかな」

「何浮かない顔してるのさ?これで部員が増えたら部活も賑やかになるんだよ?」

飯野はこのように楽観的だ。確かにいつもと違うやり方のおかげで少しは興味を持ってくれる新入生は増えるだろう。だが興味を持たれることと実際に入部するのは別の話だ。そう考えていると部室のドアが開く音がした。同級生かと思い目をやるとそこには見覚えのない生徒が二人立っていた。

「すいません、見学に来たんですけど」

「あ、ひょっとして新入生?ライブ見てくれた?」

飯野は二人に近づいて行った。どうやらライブの効果があったようだ。


 結果的にその日見学に来た二人は軽音楽部に入部することとなった。久保田としては嬉しいことだがそれと同時に自分のように本気で音楽に向き合ってくれるのかという不安も抱いていた。そんなことを考えながら教室で帰る準備をしていると久保田は早瀬と遭遇した。今日は顔色も良さそうである。

「あ、お疲れ、今日は元気そうだったね」

「うん。そういえば今日ライブしてたでしょ!私も2階から見てたけど凄かったね!」

どうやら彼女も自分たちのライブを見ていたようだ。そう思うと少しうれしさが込み上げてくる。

「ありがとう、明日もやる予定だから良かったら見に来て」

「うん、ありがとう」

そう言って早瀬は教室から出て行った。教室には久保田一人となった。先日であればこのタイミングで大西が入ってきたのだが今日はいつもより早く終わったのか、彼が入ってくることは無かった。

「・・・雄大」

久保田は一人そうつぶやいて教室を後にした。

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