6 後悔より・・・
土曜日の正午、部活終わりに大西は後輩の倉田達に声をかけられた。
「大西先輩、この後マック行くんですけど一緒に行きませんか?」
「え、マック?」
横には同じく一年の安田と米村がいる。どうやらこの3人で昼食に行こうということのようだ。
「いいけど、他に誰か誘うか?」
すると近くにいた大友が彼らに近寄ってきた。
「お、寄り道?俺も行きたい!」
その言葉に安田が反応した。
「じゃあ一緒に行きましょうよ大友先輩!」
そんなわけで彼らは帰り道にあるマクドナルドに立ち寄った。入店するなり大西は何にするか迷ったが丁度限定メニューがあったのでそれに決めた。彼自身限定モノにはとことん弱い。
「安田はどうする?」
「じゃあエビフィレオにする」
「私は照り焼き」
米村も注文が決まったようだ。だが肝心の大友はまだ悩んでいる。
「大友、お前どうする?」
「うーん・・・ビッグマックも良いけど違う奴二つ選ぶのも良いし・・・ダブルチーズバーガーで」
全員が注文を決めたところで5人は席に座った。休日であるため席の確保に不安があったが何とかなった。
「そういえば3人はいっつもこんな感じ?」
大西は倉田に聞いた。入部してからおよそ1週間。かなり短い期間でこのくらいの仲になっていることに大西は少し驚いていたからだ。
「マックに行くのはこれが初めてですよ。ていうか俺達も部活以外でそこまで会ってるわけじゃないですし」
「私たちはクラス同じなんで結構話し合いますよ、ね?」
安田は米村に同意を求めた。米村はこくりと頷いた。
「でも安田さんから誘われた時はびっくりしました。今まで体育部はやったことなかったので」
そう言われて大西は若干不安になった。ある程度スポーツ経験があるのであれば一応フィジカルは保証されているが全くの未経験であるのなら運動というものを1から教えなければならない恐れがある。大西自身そこまで体力があるわけでもない。加えて剣道の経験年数も大友や花沢と比べると短い。そんな自分がこの3人の先輩として引っ張っていくことが果たしてできるのだろうか・・・。
「なんか高校からは運動やりたいなって思って、そしたらクラスメイトだった安田さんが剣道やってたっていうので私も興味出て」
「ああそうなんだ、でも他の競技とかはやろうと思わなかったの?」
大西は数ある競技の中で剣道を選んだ理由が気になって質問してみた。
「他は、まあ体育の授業でやれるから別に良いかなって」
「ああそういう感じね」
すると今度は大友が話を切り出した。
「ちなみに中学の時は何の部活やってたの?」
「中学までは合唱部にいました」
合唱・・・その言葉を聞いて大西は表情を曇らせた。それを察した大友は慌てたように話題を変えた。
「あ、ああ合唱ね!じゃあ声出しとかは慣れてるんだね」
「そうかもですけど、先輩達の練習を見てるとなんか自分の声に迫力が無いなって」
「そこはまあやってくうちに出来てくるよ。でも安田さんの所も結構強豪だけどどうしてうちにしたの?」
今度は安田に話を振った。その時点で大西の表情は平常に戻っていた。むしろ大友が振った話題に興味が出た様子だ。
「学力的には東〇とか日〇も良かったんですけど、そこじゃあ恋愛禁止とか言われそうなんで」
その言葉に大友と大西は一瞬凍り付いた。彼女は自分の強さよりも恋愛を重視しているというのだ。
「やっぱ高校生になったからには一緒の時間過ごせる人見つけたいもんですよ!」
「そ、そう、だよな」
困惑しながらも大西はそう返した。そうしていると倉田がハンバーガーを食べ終え、ポテトにありついていた。
「先輩、今度はバ〇キンとか行きません?ここちょっとボリュームがいまいちっていうか」
「バーガー〇ングの事?白石の店ちょっと遠いじゃん」
「そうすか?大友先輩。あ、そういえばお二人ってどのあたりに住んでるんですか?」
「俺は新札幌近辺だよ。大西は北野」
「北野だったら北野道場が近かったと思うんですけど、どうして白虎にしたんですか?」
倉田は疑問に思って大西に質問した。
「なんていうか、あそこの芳賀先輩のお母さんと俺のお袋がママ友でそのつながりだよ。中学も同じだったし」
その返答に倉田は心底驚いた。
「え!あの芳賀選手のお母さんとママ友なんですか!?なんかすごいつながりですね!」
「剣道は中一の頃北見で始めたんだよ。中二でこっちに戻って道場選ぶとき連絡くれたんだ」
「凄いなぁ。俺も白虎で稽古したかったなぁ」
「いや、君は朱雀館卒業できたんだからすごいじゃん」
そう言いながらも5人はメニューを食べ終えてきていた。
「さてと、この後どっか行く?」
大友がこの後に遊びに行くか聞いたが3人とも用事があるらしく、一行はそこで解散となった。大友は大西と帰路についていた。
「今のところ3人だけど仲良くやってるみたいだね」
「ああ、ところで大友、さっき合唱のところで話題急に変えてたけど」
大西は大友の気遣いに気付いていたようだ。
「あ、ああ、なんか悪いかなって」
「いや、ありがとう。まだ気持ちの整理ついてないんだな、俺って」
「・・・大西」
帰宅した大西は手を洗うとそのまま自室にこもった。現在家には誰もいない。父はおそらくホームセンターで母はスーパーへ買い物だろうと彼は思った。
「・・・合唱か」
大西は目を瞑ってそうつぶやいた。
中学時代、彼は合唱部の女子を好きになったことがある。その当時彼は部活に入っておらず、放課後はすぐ帰って夜に道場に行くといった生活だった。その時点でその女子と会えるタイミングは少ないのだが、幸か不幸か彼の通う中学は全国的にも合唱の強い学校であった。そのため練習日数は多く、年末年始や卒業式以外は全て練習日だった。そのせいもあってか中々彼女に会うことが出来ず、挙句の果てには当時の親友が大西よりも先に交際相手を見つけてしまった。そのことに焦りを感じたがその時の大西にはどうすればいいのか分からず、結局交際できぬまま卒業式になってしまった。
「・・・今頃何してるかな、あいつ」
卒業してからは別々の高校へ行ったが、昨年の夏祭りで二人は偶然再会した。その時大西は彼女に好きであることを告白した。そしてもし良ければ、別々の高校ではあるが付き合ってほしいと言った。だが彼女は返事をはぐらかし、友人経由で連絡先を教えるとだけ話してその場を去ってしまった。それから今日に至るまで連絡はない。高校にいる同じ中学の同級生に訊いても彼女からの連絡は来ていないとのことだ。それを聞いて大西は裏切られたという思いと、合唱に対する憎悪が湧いてきた。
「もしあそこに合唱部なんてものが無ければ・・・」
だがそれと同時に自身に対する不甲斐なさも覚えていた。
「もっと早く告白していれば、状況は違ったはず」
夏祭り以降、彼の胸中は後悔と憎しみで渦巻いていた。だがそのうち後悔の念は少しずつ薄れていき、代わりに憎悪の念が強くなっていった。そしてこう考えるようになっていた。
「俺は、合唱に恋を邪魔された」
客観的にみればそれはただの逆恨みであろう。だが今の彼には自身の不甲斐なさと向き合うことが出来なかった。もしそれをすれば、それはこの1年間を否定することになるのだから・・・。
そんなことをベッドの上で思っていると玄関のドアが開く音が聞こえた。
「ただいま」
声からして父だった。特に話す事も無いので大西はそのまま昼寝に入った。
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