異世界通学、魔法の時間

相有 枝緖

第1話 「あたし、どこに留学させられるの?」

中学二年の三学期。

それは青天の霹靂だった。


「あ、ごめんね紗葵さき。言ってなかったわね。紗葵の高校はもう決まってるの。ママの母校よ」


進路希望を書こうと、高校についてママに相談したら、そう返ってきた。


「え?ママの母校ってどこ?」

「マギア王立魔法学園よ」


よくわからなかった紗葵は、首をかしげた。

「どこって?」

「マギア王立魔法学園」


「王立?あたし、どこに留学させられるの?」

「異世界よ」

「は?」

「異世界。でも大丈夫、おうちから通えるから!」

「えっ?えええええええぇぇえ?!」


にこにこのママは、驚きに叫ぶ紗葵に向かってウインクしてみせた。


「忘れててごめんね?でもほら、ママって魔女でしょう」

そう、紗葵のママは魔女なのだ。



一応ご近所には秘密にしている。

というか、この高度に科学が発達した情報化社会で「うちのママは魔女なんだよ!」と言ったところで、魔女=怖いという比喩、と捉えられるか、子どもの戯言だと思われるだけだ。

記憶のないころから一緒に過ごしたことのある幼馴染、佳大けいたにだって言ったことはない。

それに、ママが魔女らしいことをしているのは、月に数回怪しげな薬草を使って何か作っているときくらい。


聞けば、普通の生活に魔法を持ち込むのはあまり良くないそうだ。


「そのあたりの細かいルールも、魔法の使い方と一緒に教えてくれるのよ」

「でもママ、あたし今まで魔法なんて使ったことないよ?」

紗葵の記憶の限りでは、その兆候すらない。


「そりゃそうよ。ママが封印してるんだもの。何かあったら危ないからね、ちゃんと閉じてるの」

「封印?そんなのどこに」

「ほら、ぎゅーっ」

「むぎゅ」


ママはスキンシップが激しめな人で、ほとんど毎日ハグしている。


「これで魔法をかけてるの。何かのアクセサリーに魔法を込めてもいいけど、そういうのって壊れたらおしまいなんだもの」

「え?じゃあもしかして、修学旅行のときに持って行きなさいって言ってたお守りは」


「そうそう。数日ならあんな感じのものを持ち歩くだけでもなんとかなるのよね。でもそろそろ紗葵の魔力もかなり増えてきたから、ハグで抑えるのも限界に近いのよ。だからこれ、髪の毛をくくるときに使ってね」


手渡されたのは、紺色のゴム。

そういえば、去年あたりから髪を伸ばしてもいいんじゃない?と言われて、何となく伸ばしていたのだ。

ゴムは、輪っかのつなぎ目に金属が使われている。


「魔法を込めるのって、金属と相性が良いの。でもほら、中学にキラキラのヘアアクセは付けて行っちゃだめでしょう?だからこれね。おしゃれするとき用のアクセはまた別に用意するから、普段はそれを使ってくれる?」

「う、うん。わかった……」


色々と混乱した紗葵だが、必要なことはとりあえず理解したつもりだ。


黙って決められたことは、少しもやっとする。

それに、選択肢がないのもちょっと嫌だ。


だけど、それ以上に。

「魔法……あたしにも、使えるんだ」

とても楽しみだ。





◇◆◇◆◇◆ 





中学三年に上がって、周りは受験に向けて塾に通い出したり、家庭教師を頼んだり、今までのように遊べる雰囲気ではなくなっていった。

夏休み前後にはクラブ活動の引退が始まったし、具体的な進学希望も出てきた。


紗葵はというと、母の希望もあって私立の高校を受験する、というていになっていた。

県外の学校なので、この中学からは誰も受験しない。




魔法学校の入学にあたっては、一応試験があると聞いた。


けれども、それはいわゆるペーパーテストや実技試験ではなくて、魔法学校の教師が入学希望者を見て、魔力があるかどうか、すでに使えるかどうかを魔法で確認するだけのテストらしい。


「ねぇママ、魔法学園って三年間なの?」

「そうよ。もちろん、赤点を取ったら留年するのはこっちの高校と一緒。むしろちょっと魔法学園の方が厳しいかも。あとね、一応日本の高校と同じ科目の授業もしてくれるのよ。受講する人数は少ないけどね」

「そっか。頑張る」


「それ以上進学したいなら、魔法学園の研究部っていう、まぁ大学みたいなところに進学することもできるわ。日本の大学に通いたいなら、高卒認定を取ってから受験するっていう手があるの。ママは日本で働きたかったから、そうしたのよ。高校と同じような授業をしてくれて助かったわ」


紗葵のママは、薬剤師だ。

以前は大きな調剤薬局に勤めていたそうだが、紗葵を妊娠したときに辞めたという。


紗葵が小学5年生になったときに仕事に復帰して、今はドラッグストアのパート薬剤師をしている。


「ママは、日本でも魔女としても薬を作ってるんだね」

「そうよ。好きだからね。紗葵も、好きなことを選ぶといいわ。好きなことか、楽にできることを仕事にするのがおすすめね」


ママは、紗葵の頭をそっと撫でた。

撫でられたのなんて、何年ぶりだろうか。


「好きなことはわかるけど、楽にできること?」

「そうよ。たとえばね、パパにはプログラミングが全然難しくないんですって」

「えっ?そうなの?だってあれ、すごい量を書いてるじゃない」


家で仕事をすることもあるので、パパのパソコンの画面を見たことがある。

画面を二つも使ってたくさんウィンドウを開いたうえに、パパはひたすらパチチチチチ!とキーボードを高速で打っていた。


「それが、パパにはとっても楽で、一所懸命に努力しなくても進んでできるって。だから仕事にしたし、ずっと続けていてもしんどくならないって言ってたわ。それも一つの選択よね」

「そうなんだ。ママは?」

「ママは、薬草とかそういうのを混ぜたり練ったりして薬を作るのが楽しくって。料理もそうだけど、作るのが好きなのよ。自分の作ったもので、誰かの病気が治るって素敵じゃない?だから薬剤師になりたかったの。それに、お給料もいいし」

ママは、パチンとウインクをした。


「じゃ、そろそろ晩御飯を作るわ」

「あたしは、勉強するね」


「そうね、一応受験勉強と同じ内容は勉強しておいて損はないわ」

「仮面受験生だし」

「うふふ、こっちでは仮面だけど、異世界的にはちゃんと受験生よ」


数学は少し苦手で、英語は授業だけでは足りないだろうということで、紗葵は数学と英語だけ塾で習っている。

まだ高卒認定を受けて大学受験をするか、魔法学園で進学するかはわからないけれど、どちらでもいいように勉強しておくのは大事だと思う。



自室に向かった紗葵は、何となく楽しみになって右手をぎゅっと握った。

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