女の子っ!?

 そして、『ばーちゃLimit!』結成十ヵ月。ほんの一ヵ月で人気は急上昇し、流行の的となった。退院を終えた宮條さん含め、4人は社長室に呼び出される。

「稼いだね――――はっはっは!!」

 第一声が、それだった。

「……スギ社長、俺らの前でそういうこと、あんま言わないでください」

「す、すまん。だが、本当に稼いだんだ。急遽、君たちにも協力してもらったグッズ販売も、即・売り切れ!! グリフォレの四年分の借金も無くなった! 君たちは事務所の恩人だ!!」

「四年分はヤバいっしょ!?」

 新井の指摘を受け、咳払いする杉並社長。

「とにかく。これからは心機一転、事務所も趣向を変えようと思ってね。良い人材が格段に集まったグリフォレは、順次、所属アイドルを増やしていくつもりだ」

 言いながら、彼は社長のイスから立ち上がる。そして大真面目な表情で、


「――そして。『ばーちゃLimit!』新メンバーも、既に決まっている」

「「は?」」「え?」「にゃ?」


 途端に、四人の目が点になった。

「……お言葉ですが社長。こちらは現状のままで平気です。無駄に人数を増やした所で」

「宮條君、遠慮するな。きっと君たちの戦力となる、頼もしいメンバーだ。それに、決定事項だし、グリフォレとしても『大きな利益』になるからな」

 杉並社長の言っている事が理解できず、僕らは首を傾げる。いや理解できないのは、勝手に新メンバーが決定しているという事だけど。

 ただし、そもそも今まで『ばーちゃLimit!』のメンバーに関しては、社長は甘やかしてくれていたので、何も反論はできない。お陰で今やマネージャーが、グループのリーダーを務めている訳ですし。

「もういいか? ――じゃあ、入ってきてくれ」

「え、もう来てるの!?」

 驚いた顔をする僕、納得のいかない宮條さん、新メンバーに期待する新井くんと猫田くん。

 この場にいる全員が、背中にあった扉に注目。杉並社長の言葉を聞いた「新メンバー」が、ガチャリとその社長室の扉を開け、中に入ってくる。

 まず目が行ったのは、長くさらりと手入れされた、明るい黄色のロングヘア。次にスカートの丈が膝下まである、真っ白なレース生地のワンピース。もちろん、この時点で衝撃だった。極めつけは。

「川島るり……ですっ」

 聴く者を魅了する中性的な女声。まさに、優しくて純粋な少女そのもの――ん?

「「「「女の子っ!?」」」」

 たまたま、全員の声が一致した。

「……ストップストップ! 俺ら、男性アイドルグループなんですけど!? 何で新メンバーが女の子なんですかね!?」

 新井くんの強烈なツッコミと同時に、他のメンバーも我に返る。川島さんは困惑していた。

「え、ええっと。さすがにこのご時世、性別で物事を結びつけるなんて時代じゃないですけど、これは……その、何と言いますか」

「流石に無理がありすぎるだろ」

「ボクの次に可愛いけど、『ばーちゃLimit!』に急に女の子がいたら皆驚くにゃ?」

 それぞれが反応し、目の前の川島さんを見て騒ぎだした。そんな中、杉並社長は両手をパンパンと叩き、「落ち着け」と言いながら皆を黙らせる。

「川島君は誤解されやすいが、本来の性別で言えば『男』だ」

「……もしかして。そういう、ちょっぴり複雑なタイプ……?」

「あ、いえごめんなさい、違います。単に女装が趣味なだけで」

 彼の言葉に唖然とする4人も、とりあえず、男だということに少し安堵。さっき猫田の言った通り、男性アイドルグループの中に女の子が紛れ込んでるのは……恐らく衝撃的かもしれない。

「ご、ごめんなさいっ。皆さんを驚かせるつもりは無くて。今日、髪を切りに行く予定なんです」

「一応、ファンを誤解させてしまうからな」

「これから趣味の時は、ウィッグを活用するつもりです。僕にとっては、皆さんは憧れの的なんです。こんな僕ですが、何卒よろしくお願いします」

 ぺこりと頭を下げる川島。緊張している様子だったものの、その口調からは、真剣にばーちゃLimit!が好きであるという思いが伝わってくる。

「……という訳だ。仲良くしてやってくれ」

 しかし、メンバー達は何も言えなかった。彼を歓迎したい気持ちもあったけど、同時に仲間が増えるという事は、結束力をもっと深めなければいけない。



「お待たせしました」

 その数分後。散髪屋で髪を切り終えた川島さんは、襟足を綺麗に残した愛らしい姿に。女の子らしさはマシになったものの、中性的な印象は残っていた。レッスン場で、メンバーの皆にお披露目。

「うわあ、ここが、ばーちゃLimit!さんの、練習場ですか……!」

 そして辺りを見渡し、まるで熱烈ファンのように瞳を輝かせる。

 少し離れた位置にいた宮條さんと僕は、多少のモヤモヤを抱いていた。

「……正直、不安だな」

「えっ」

「あの川島という人間と、これから仲を深めていけるかどうか」

「うーん。リーダーなんだし、そういう事はあんまり言わない方が良いと思うよ」

「フン……」

 そしていつもの、午後五時の練習が始まる。今回は次のライブ・テレビに備え、皆でこれまでの曲の振り付けを予習していた。宮條は、自身の妹の件もあって、ここ一ヵ月間で三曲を作り上げた。悲しい出来事があった時に、天才は力を発揮する事がある。

 そして、既にテレビのオファーは殺到。一周年の節目で、『一周年記念ライブ』も、五人で開催する予定になった。

「あんまムリすんなよ、川島? あ、ごめん、無意識に呼び捨てしてた……」

「いえいえ、すっごく嬉しいです。これからもそう呼んでください」

「ボクの考えた振り付けはちょっと複雑だから、ゆっくりやることをオススメするにゃ」

「にゃーた君、お気遣いありがとうございます」

「あ! ボクのあだ名知ってるのかにゃ!?」

 一方、新井くんと猫田くんの間では、川島はすっかり溶け込んでいた。

 彼は礼儀正しく、振る舞いも美しい。先程まで着ていたワンピースも、一見値段が高そうなものだった。

「――あっ」

 そんな風に踊っていた時、彼のつま先が不意に滑って、その場に転んでしまう。

 両隣にいた二人が近寄り、心配の声を掛ける。「お気になさらず」とにっこり微笑んでいた。しかしその後、四人が熟していた振り付けを出来ず、何度も何度も声を漏らしながら倒れる。流石にメンバー達も、川島の事が心配になってくる。

「……大丈夫か。疲れているんじゃないか」

 何度目かの転倒で、宮條すらも気に掛けた。

「い、いえ。平気です」

「休んだらどうだ」

「……そうですね、はは。はい」

 寂しげに笑っていた川島さんは、その言葉に甘える事にした。立ち去る彼の背中は、やっぱり落胆している様子に見えた。リーダーの言葉で皆は練習を続けるけど、僕はその後ろ姿を、最後まで不安な気持ちで見続けていた。



 一階。エントランスのベンチで、彼がポツンと座っているのを見かけた。前に猫田くんと二人きりで会話した場所もここだった。

「……ここ、隣、座ってもいいかな」

「……あっ、ひなひな君。はい、いいですよ」

「えっ。それじゃあ呼びにくいでしょ。僕の事はひな君でいいけど。それにメンバー同士なんだし、敬語じゃなくてもいいよ?」

 僕が隣に座ったのと同時に、川島は驚いていた。

「すごいね、ひな君。僕なんてそんな、すらすらと気遣いの言葉が出てこないよ」

「そ、そう思う?」

「うんうん。歌もすっごく上手いし」

 褒められ過ぎて、顔が熱くなる。この時に初めて、客観的な意見で成長を褒められた。というか、ほとんど今のは、宮條さんに言われた言葉をそのまま引用しただけだけど。

「あのさ――僕の存在って、邪魔じゃない?」

「え……?」

 突如、顔色を変えて、絡ませていた指をもじもじと動かす。

「『ばーちゃLimit!』のメンバーみたいに、僕には、何の個性も無い。歌もそんなに上手くは無いし、人脈も狭いし。曲や演出を考える発想も無いし、振り付ける才能も無い。僕って、生まれてからずっと、普通だった。空っぽだったからさ」

「…………」

「あっ、ごめん。変な話だったよね。聞いてくれてありがと」

 話を無理に切り上げられ、この場を逃げるように去ろうとしていた川島さんの腕を、思わず掴んで引き留める。

「空っぽな人間なんていないと思う」

 川島さんは驚いて、離れていたベンチに、ゆっくりと尻を戻す。

「あ。もしいるとするのなら、僕が知らないだけかもね。でも少なくとも、『普通』は『空っぽ』って意味じゃないから。どんな分野だって、頑張れば出来るって事でしょ?」

「で、でも」

「僕もメンバーも、川島さんを邪魔だなんて思ってない」

 僕は、いつにも増して真剣だったかもしれない。

「あのさ。頑張る事って、難しいよね。思い通りに叶わない事だってあるかも。けど僕は昔、隼くんと決意したから、今の景色を見られてる。努力の結果は少なからず、絶対にあるから。……僕が保証するよ」

 それを聞いた川島さんは、少し時間を置いた後、

「……あのね。一目惚れしたんだ。テレビ越しに見たひな君に。あの頃から、僕の『推し』はひな君って決めてた」

「……!」

「だから、ここで出会えた事については、すっごく嬉しい」

 推し。僕がKaitoを好きなように、川島さんは僕が好きなんだ。Kaitoの言葉が僕の心に響いたように、僕の言葉が川島さんの心に響いたという事でもある、かもしれない。

 その連鎖が、何だか感動的で、僕の心はじんわりと喜びに満ちていた。

「僕も今ここで、ひな君に決意してもいい? ――他のメンバーみたいに、もう少し頑張っていきたい。少しでもいいから、ひな君に見ててほしい。いい、かな?」

 それを聞いた僕は、迷わず首を縦に振った。

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