バチッと決めてバチッと魅せます
そして地下ライブ当日。やって来たのは事務所のビルから歩いて七分、バスで十二分のとある建物の地下。午後三時に到着した。
宮條さんは、持ち前の歌と振り付けの記憶力や、踊りの能力などのおかげで、一週間のレッスンで容易に三週間分の僕らに追い付いてしまった。まあ、元は作曲した本人なのだから、
記憶力に関しては当然ではある。
「すげー筋肉あるよな、宮條って」
言いながら、緊張で高鳴る彼の胸を、興味本位で撫でている新井くん。
「……ここで五十回追加するか?」
「待て待て待て! すごい尊敬してんだよ! なー、どうやって鍛えたらお前みたいな細マッチョになれんだよ」
「まあ、家で毎日鍛えたり、ジョギング行ったり、年に一度はジムに通っているからな。その成果だろう」
「ジム! すげぇ行ってみたい! オススメの場所教えて下さいよぉ~」
「それは今じゃないと駄目か?」
ステージ袖。僕らはそこに居た。
本番5分前という緊迫した状況に、僕はドキドキを隠し切れなかった。冷静沈着な宮條さんでさえ、冷や汗を流している。それほど、『ばーちゃLimit!』の初ライブは緊張に満ちていた。
「なんで隼くん、そんなに緊張してないの……?」
「そうだぞ。観客が何人いるかも分からないしな」
「んじゃ、チラッと確認してみろよ?」
「何?」
宮條さんと僕は、袖からチラリと観客席の方を確認。既に人数を知っていた新井くんは、そんな僕らの背中を見ながら……ニヤケていた。
「! これは」
収容人数は、数十桁。事務所や新井のSNSでの宣伝が功を奏し、その数は予想を少しばかり上回っていた。
宮條さんは、目視できた人数を言う。
「……三八人。無名事務所出身アイドルの初ライブとしては上出来だ。俺も正直、元マネージャーとして、この人数は驚いたな……」
「な、なるほど。僕らこれから、三八人に見られる訳ですね」
僕の言葉を最後に、皆はしばらく黙り込んでしまう。
「……ばーちゃLimit!は、バチッと決めてバチッと魅せます」
「えっ」
「そんなとこ、見せたくね?」
指をパチンと鳴らし、親指を立てる。そんな新井くんを見ていたら、緊張はいつの間にか和らいでいた。
「――そうだな。よく分からないが、俺は俺らしく決める」
「うん、そうだね。練習の成果を見せよう。そしてわざわざ足を運んでくれた皆に、僕
らの精一杯を見せるだけだね。……もう、後戻りなんてできないから」
「ヒナって、いざって時に良い事言うよな」
「え? 隼くんこそ」
本番一分前にして、新井くんとの会話を見せつけられた宮條さんは、何故か不快そうな表情をしていた。そんな事もありながら……。
「あっ、もうそろそろだ」
マナーモードにしたスマートフォンの時計アプリを見て呟く。衣装を着た僕らは、音楽が始まるのをじっと待った。
――緊張と深呼吸。
ステージ上のスピーカーから、『七の軌跡』のイントロが流れる。照明が少し暗くなったのが、始まりの合図だった。僕らは袖から、姿を現す。
一目見られるだけで、観客の半数が魅了される感覚がした。僕が真ん中の正面から発する、穏やかな音波。マイク越しで観客の鼓膜を、優しく刺激した。
次に新井くんのパートに入り、純粋で明るい笑顔は、太陽のように観客を照らしてくれる。
宮條さんのパートは冷静な声、そして完璧かつ華麗なムーブで、皆の視線を奪う。
何より、一番の魅力は。
正面のプロジェクターから映し出される画像が、彼らの動きとシンクロして、一部や全体が動くように編集されているという事。ここでは宮條や歌丸先生の能力が、絶え間なく発揮されていた。
「何あれ……」
「『ばーちゃLimit!』って、こんなにすごかったんだ」
小さな声で呟き、驚きと関心が深まる観客たち。そのほとんどが女性であるものの、男女問わず目を奪われそうな圧倒的ライブである。
そして、三分間の魔法が終わった。プロジェクターの投影も終わり、数秒の余韻に浸らせた後、新井くんはマイクを通して、
「どうもー、『ばーちゃLimit!』です!」
多少の拍手が飛び交い、頭をぺこりと下げる新井くん。僕と宮條さんも同時に下げた。
「いや~、こんなに人が集まるとは思わなかったな? どうよ、ヒナ」
「え、う、うん……嬉しい、です」
「だよな? みんな多分知ってるかもだけど、念のため説明しておきます! 『ばーちゃLimit!』は、元々ネットから活動を始めて……」
MCタイムが始まり、次の曲『湖に落ちる水滴のような恋』まで、一~二分程度会話してほしいとの事。
この後、ユニットの経緯を軽く説明したり、僕がドジな発言をして、新井くんがツッコんだりと、地下ステージ内が軽く笑いに包まれることもあった。
「あー! そういや紹介まだだったな! たぶん皆、初めてだと思うけど、今の俺らの左側にいるのが――」
「新メンバー入りした、宮條巴矢です。皆が来てくれた事が、俺達の何よりの幸せです。心からありがとう」
「「え……」」
爽やかなアイドルの笑みを浮かべ、話し方を一変させた宮條さん。思わずギャグ漫画風に目が飛び出そうだった。スパルタの面影は一切残っておらず、本人が嫌いそうなキラキラとした言葉を並べていたのだ。
その瞬間、この人、めちゃくちゃアイドル楽しんでやってるじゃん、と思った。
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