第11話

【第一章】

第十一話 ファヤ=フレイムカントリー


「…オール様。以上で彼女との取り引きを完了させました。火の魔石に関しては、以降共同管理の可能性があるという前提でよろしいでしょうか」


 エルニアが管理する図書館の本をもっとたくさんの人に読んで貰えるよう取り計らうことを条件に、火の魔石をあたしと共同で負担すること。その約束が交わされて以降、暫くの間はみんなの注目を差し置いてエルニアと視線を交わしたままのエゼルだったけれども、やがてそんな風に言い放ったかと思えば未だ彼女の隣で呆然と佇むオールさんの方へと向き直った。


「そうだね。さっきは少し驚いたけど、実現できるのならそのやり方で文句はないよ。エゼルちゃん、いいアイデアをありがとうね。ファヤもエルニアも、ぜひ協力してくれると助かる」


 そう話しながら微笑む彼に向かって、エゼルが目で合図をした。


「ではオール様。話も纏まったことですし、次は皆さんに調査の結果を報告しましょう」


「うん、そうしようか」


 お隣失礼しますね、とエゼルがあたしの横に座る一方で、オールさんはみんなから見て中心になる位置まで椅子を運び、そこに一人腰かけた。


「それじゃ、みんな。まずは肝心な魔石の件について話をしようと思う。昨日、僕たちは二人で魔石の調査に伺ったんだけど、そこで光の魔石、水の魔石、そして闇の魔石の状態を確認してあることがわかった。想定通り、そのどれもが漏れなく損傷を受けていたんだ」


「損傷…」


「そう。傷を見る限り、あの感じだと第三者の手によって故意につけられた可能性が極めて高い。確かに魔石は管理者の力でも壊せる代物ではあるけれど、あれは誤って落としたり、爪で引っかいたりしたところで目視できる傷を作るほど脆くない。管理者の力に匹敵する者が意図的に傷つけようとしない限り、損傷を負うことはまずあり得ないんだ。ひとまず修復はしておいたけれど、もしも敵がいるという仮説が正しければ、これ以上の放置を決め込む訳にはいかない。再発防止に鑑みて、今度こそ脅威として捉えなければならないんだよ。今度こそね」


 ーー今度こそ。やけにその単語を強調しながら話を進める彼の様子に、自分は一人首を傾げた。どういうことだろう。まるでずっと脅威として受け取っていなかったみたいな不自然な言い方をしているけど、どうしてわざわざそんなことを話すのかしら。しかし彼は困惑したままのあたしには目もくれず、なぜだかウォーターの方へとその視線を差し向けた。


「ねえ、君はわかってるでしょ」


「………。」


「ウォーター…?」


 心なしかその問いかけに、隣に座る彼の顔がみるみる青褪めていくような気がする。今しがたまで普段通りだったはずの空気が嘘のように、どんよりとした陰鬱さを帯びて広がったのがわかる。そしてあたしはオールさんの視線を受けたと同時に、彼がその体を一瞬震わせたのも見ていた。なにかを怖がっているみたいな、なにかを話すなと訴えているみたいな、今の彼はそんな強張った表情をしている。出逢ってからまだ日も浅いこともあって、普段の明るい面しか知らない彼がこんな顔を見せたことにあたしは内心驚きを隠せないでいた。けれどもオールさんは、周りの反応など意に介さないといった様子で再び口を開く。


「…本当なら炎国が襲撃された時点で、無理にでも実行しなければいけなかったんだ。ウォーター、前に約束したよね。もしものことがあれば解除することを条件に、君の家に結界をかけるということ」


「…そ、それは……」


 言うことに欠いた様子のウォーターが、珍しく目線を泳がせながら俯いてしまった。ここまでの短時間で随分としおらしくなってしまったけど、本当に大丈夫なのだろうか。しかし自分が不安を覚え出すのと同時に、彼にそんな仕草をさせた元凶のはずのオールさんも一瞬傷ついたような、バツの悪そうな顔を浮かべたあとですぐ、また元の冷静な声色でもって話を進め出した。


「…もちろん今の君には酷なことだとわかっていたから、これまで明らかに脅威と判断できる事件が起きても敢えて目を瞑ってきたよ。でも、もうそんなことをしている場合じゃなくなったんだ。もうここは君たち兄妹のためだけの世界じゃない。君のために人間を招き入れた時点で、魔石の管理をお願いしたばかりによそから犠牲を出してしまった時点で……その生き残りが今二人も来ている時点で、ここはもう色々な人の、それぞれの人生が行き交う空間になっているんだ。みんなが平穏に暮らせるように取り計らう身としては、これ以上君の都合に左右される訳にはいかない。だから速やかに結界を魔石へと移し、これ以上の脅威を避ける必要があると判断した。…ごめんね。一週間前に君の気持ちを聞いてそれを肯定したばかりなのに、結局それを裏切ることになってしまって申し訳ないと思ってる。薄情者だって言ってくれても構わないから」


 その言葉を皮切りに、部屋中に重い沈黙が流れる。もちろん自分も例外ではなく、表面上は口を閉ざしたまま隣の青年にそっと視線を向けた。そして刹那、膨大な緊張と不安で己の胸がざわつき始めるのがわかる。ウォーターは彼の言葉に対して一体どんな反応をするんだろう。普段の明るい彼を知っている分、あたしとしてはそれを見逃さずにはいられないといった気持ちだった。オールさんの話す都合とやらをみんなが知っているのかどうかはわからないけど、自分を含めた全員の視線が一気にウォーターへと集中する。それでも尚暫くの間は沈黙を貫いたきりの彼だったけど、やがて観念したのか引きつったような笑顔でもって謝罪の言葉を口に出した。すぐそこで座っているオールさんから、さりげなくその目を背けて。


「…こちらこそ、ごめん。お前には守らなきゃいけない立場だってあったはずなのに、そういうのを考えずに俺は甘えすぎてたよな。薄情だなんて思う訳ないよ。寧ろ感謝させてくれ。今まで一日も休まずに、魔力を張ってまで結界を維持してくれてありがとう。もちろん原因調べならこれからも協力するから、それに関してはなにも心配しないでくれ。結構早い時間に帰宅することになるとは思うけど」


「ありがとう、ごめんね」


「…もしかして話っていうのはこのことだったのか?」


「…そうだよ。みんなに魔石の現状を話すこと、そして君への結界解除の通告。今日はこれが目的だった」


「………。」


 その言葉を皮切りに、またしても部屋に沈黙が流れる。オールさんの言動を前に彼が今どんな顔で俯いているのか、それはわからない。けれども彼を取り巻く空気が、途方もない暗さを帯びたままであることはわかる。


「ウォーター…」


「ごめん、俺今日は帰る。悪いが少し気持ちの整理をつけさせてくれ」


 あたしが声をかけるや否や、途端に立ち上がった彼。呆然としたあたしたちを差し置いて早々に部屋を出て行ってしまった。みんなはそんな一連の動作に暫くの間無言を貫いていたけど、あたしはこのまま彼を放っておくのはよくないような気がしてならなかった。そう思ったら、行動に移すのは早かった。別室に向かって自分の荷物を引っ張り出してきたあたしも、追い駆けるようにして玄関へと向かう。


「ちょっと、ファヤ!君まで…」


「ごめんなさい、彼が心配だわ!」


 困惑した様子で部屋から出てきたオールさんの静止も聞かずに、自分はウォーターを追うべく衝動的に扉の外へと駆け出してしまった。

 そうして一心不乱に目の前の一本道を走りながら、あたしは懸命に彼の背中を探す。荷物を取りに行った分の時間の差はあるけど、彼が走ってさえいなければ途中で追いつくことができるだろう。そうだな、そうしたらなんて言おう。まずはなにから聞こう。オールさんの言葉で落ち込んでいた理由も、前に言ってた家族の心の問題と関係があるのかも、この際全部聞き出してしまおうか。お節介な奴だって鬱陶しがられるかもしれないけれど、そもそも知らなきゃなんにもできない。助けようにも手を伸ばしてあげられない。出逢ってから確かに日は浅いけれど、それでも彼はあたしの友達になってくれた人。そんな人が苦しそうな顔をしてる時に、ただ見てるだけなんて嫌。だからこそーー


「…あっ!いた!」


 突如として、見慣れた青い髪が視界に映る。ウォーターだ。はっとしてその持ち主である彼に視線を集中させれば、どこか覚束ない足取りで道を歩いているのがわかった。今日、そして一昨日一緒に隣を歩いたからわかるけれど、彼は基本歩くのが早い。こんなにゆっくりで、前が見えているのか疑うくらいフラフラした歩き方はしない。それを知っていればーーいや、知らなくても、今の彼が落ち込んでいるのはもはや明白だった。

 あまりに憔悴し切った様子を見ていられなくなったあたしは、彼の元に走りながらその名を叫ぶ。


「ウォーター!」


 正直一度きりの声で聞こえたかどうか不安だったけれども、無事に届いたのだろう。驚いた表情で、彼がこちらへと振り返った。


「……ファヤ…俺を追って来たのか?」


「そうよ!もう、心配したんだから。急に抜け出したりなんかしてどうしたの。なにがあったのかくらいちゃんと話して欲しいわ…。その結界とやらがなくなっちゃうのは、あなたにとってそんなに困ることなの?」


そう尋ねると、ウォーターの瞳があからさまに曇りを帯びた。


「……場所を変えようぜ。お前も走ってきたなら疲れてるだろ。そこに切り株があるから、二人で休もうか」


「ええ、わかったわ」


 ウォーターの言葉に頷き、あたしたちはそのまま切り株に腰かけて少し休憩していくことを決めた。リラックスした状態で座っていると朝の冷えた風がとても心地よく感じられるし、火照った体から熱が奪われたことでほどよい涼しさに恵まれる。不意に視線を移せば、横に腰かけているウォーターの表情も少しだけ柔らかいものになっているような気がした。あたしはそんな様子を見届けた後、すかさず自分の鞄を漁って、中から微かに温度を持った瓶を取り出す。


「…ねえウォーター、見て見て。これね、あたしが作ったのよ」


「…ホットレモネード?」


 自家製ホットレモネード。村で意気投合した人間のお嬢さんに、この間作り方伝授して貰ったのだ。あいにく料理の才能に恵まれなかった自分は、調子に乗って目覚めるその都度キッチンを駄目にしてしまう。だけどこれは、そんなあたしが唯一自信を持って人に出せるものなんだ。次はちゃんとしたご飯も作ろうね、なんて言われた時は耳が痛かったけど、とにかくこれは、落ち込んだ人を元気づけるのにうってつけの飲み物のはずだわ。


「そう。苦手だったらごめんなさい。でもあったかいから、これを飲めば少しは落ち着けると思うの。自分用に作ったけど、あたしはいらないから飲んでくれない?」


「…いいのか?ありがとう、いただこうかな」


 あたしが瓶を手渡すと、彼は早速口をつけ、黙々と飲み始めた。


(嫌いじゃないといいけど…)


 しかしそんな心配は杞憂だったようで、彼は一切その表情を歪めることなく飲み干してくれた。あたしがそれに安堵して胸を撫でおろしていると、彼は瓶に蓋をし、今しがたより赤味がかった顔でぎこちなく笑いかけてくる。


「…心配かけて悪いな。ちょっと落ち着いた。ありがとう」


「よかった。…それじゃあ、そろそろ聞いてもいいかしら?もちろんゆっくりでいいし、話したくないことがあるなら、そのことについては答えてくれなくて結構よ。言える範囲で、あなたが抱えている問題を教えてくれないかしら?」


 そう尋ねた刹那、彼が一瞬息を呑んだように見えた。でもそこから少しだけ間を置いた後、やがて真剣な表情でゆっくりと頷いてくれた。


「ああ、ありがとう。…俺、さっきはあんな風に言ったけど、本当はオールに結界を解いて欲しくなかったんだ。もちろんそんなこと、口が裂けたって彼奴には言えないけどさ」


「…やっぱり、あの言葉は本意じゃなかったのね。どうして解いて欲しくないの?」


「家族が心を病んでいること…ファヤには前話したよな。あれだけど、実は一つ年下の妹のことなんだ。アクアっていうんだが、結界はあの子の心を守るために必要なものだったから…」


「どう必要なのかもちゃんと聞きたいけど…妹さん…アクアが、そこまで追い詰められてしまったのには、なにか理由があるのかしら?」


 そう訊くとウォーターは俯きながら、少し吃った声色で話し始めた。


「あまり大っぴらに話す内容じゃないんだけどな…アクアは一年前に俺が不在の時、勝手に家に忍びこんできた男から襲われかけたんだよ」


「……なに、それ…」


 それを聞いたあたしは、衝撃のあまり思わず声を漏らしてしまった。なにか人に言いづらい事情があるのは薄々察していた。でも自分の妹が見ず知らずの人に襲われかけた、なんてとてもじゃないけど信じられない。彼の抱える境遇がここまで酷いものだったとは思いもしなかった。紡ぐべき言葉が見つからなくて、今度は自分が沈黙の末に俯いてしまう。


「…悪かったな。こんな話、聞きたくなかっただろ。でもオールはそんな俺たち兄妹を見兼ねてこの世界を作った後、俺たちが着いて来るのもなんだかんだ受け入れてくれたんだ。妹はあの日から俺以外の目を見れないほど人を怖がるようになってたからさ…だから俺は友人たちにも、元々召使いとして世話になった奴にも黙ってオールに着いて行ったんだ。ただ一人、妹だけを引き連れて」


「そうだったのね…」


「でもアクアは、それでも怖がったよ。俺たち兄妹はここに来てからずっと湖の中に住んでるんだけど、始めの頃は俺が帰ってきて彼奴の部屋の扉を開けると…その度に一瞬怯えた顔で、本当に俺かどうかを確認するような視線を向けてきたんだ。水の中なんだから、俺やオール以外が入ってこれる訳ないのに…それくらい他の誰かが入ってくることを恐れていた。だから…」


「オールさんの結界は、そんな彼女を安心させるためのものだったのね…」


「ああ。だから自分は怖くて仕方ないんだ。最近の彼奴は家が結界で守られていた影響もあって、帰って来た時に前みたいな反応をすることはなくなってた。でも解かれたら、その時はまた…」


(なるほどね…これは確かに、解かれることを不安に感じるのも無理ないわ)


 このまま結界がなくなってしまったら、これまで時間をかけて築き上げてきたアクアの安心感も振り出しに戻りかねないということ。せっかく安心できるようになった矢先に結界を解かれたら、確かにアクアは精神的に相当なダメージを負ってしまうはず。でもオールさんはそれを知ってて、敢えて見ないフリをしようとしている。それはどうしてだろう。そっちにもなにか事情がありそうだ、なんて思う。結界なんて大層な名前がつけられているくらいだから、きっと世界を守る大事な鍵として関わってくるのかもしれない。この際だし、一応訊いてみることにしましょう。


「オールさんはあなたの友達だから、もちろんその事情については知ってるのよね。なのにどうしてわざわざ結界を解こうとするの?あなたたち兄妹への意地悪、なんて訳ないでしょ?」


「それはない。寧ろ悪いのは俺なんだ。すでに察してるかもしれないけど、オールがあんな風に言ったのは、この世界の要である魔石を守るためだ。元々彼奴は外部からの干渉を受けないように、四つの魔石に結界をかけて完全な独立を保っていた。でも俺が妹のためにそれを自分の家にかけてくれないかと頼んだせいで、今回のような災難を引き起こしてしまったんだ。彼奴が結界をかけられる範囲は精々屋敷一個分といったところなんだが、どうやら四つの魔石もそれと同等のものらしくてな。だから彼奴は魔石を守れば俺の家を守れないし、かといって俺の家を守れば魔石の守護が疎かになる。そういうハンデを背負った上で、オールは今まで俺の家を優先してくれてたんだよ。世界を守るためには魔石を第一に行動しなければいけなかったのに」


「そうだったの…」


「もしも本当に敵がいるとしたらな、結界さえきちんとかけていれば行動に移すことはできなかったはずなんだ。でもかけていなかった。俺があの時あんなことを頼んでしまったせいで今回の事件が起きて、一年前だってエゼルのような奴がその犠牲者として巻き込まれてしまった。態度にこそ出さなくても、彼女は今でも俺を恨んでるはずさ。彼奴の父親と交渉したオールが始め彼奴の家に闇の魔石を置いていたらしいんだけど、結局それは何者かの手で木っ端微塵に壊されて、その場に居合わせた彼奴の両親すら殺害されてしまったんだと」


「……。」


「だから俺のせいなんだ。俺のせいでこんなことになってしまったんだ。でもオールがその件で俺の家から結界を解除すると言った時、自分は彼奴にやめてくれとそんな無責任なことを口走ってしまった。周りが見えてないにもほどがあるよな…。それでずっと、今の今までそんな状態をずるずると引き伸ばして、ようやくそのツケが回ってきたって訳だ。不幸にも今回の総攻撃を受け入れる結果となってしまった。だから今度こそ、オールは徹底して魔石を守るべきなんだよ。俺が彼奴の良心に甘えるのは終わりにするべきだった。ただそれだけのこと…」


 思い詰めた様子で話すウォーターを見て初めて、あたしはオールさんにも、そして彼の方にもそれぞれ抱える事情があったことを知った。どちらにとってもきっとそれは譲れなくて、必死で守らなきゃいけない大切なものだったんだろう。けれどもたった一人の妹のこと、そして何人もの人生を乗せた世界のことーーその二つを天秤にかけた時、優先されるべきなのはどう考えたって後者の方だ。オールさんもそう叫びたい気持ちをぐっと堪えて、今まで友達である彼の家を守り続けていたんだろう。今回は罪悪感を募らせたウォーターが自分の否を認めて折れたようだけれど、お互いに守るべきものが違う彼らの間には、今のままだと切っても切れないわだかまりが残ってしまうような気がしてならなかった。


「…ウォーター、戻るよ」


「は?ど、どこに…」


「オールさんのとこ。さ、早く!」


「おい、ファヤ!なにを…」


 呆然とした様子のウォーターの腕を掴み、あたしは彼を無理やり切り株から立ち上がらせた。それでも尚理解が追いついていないであろう彼は、瞬きを繰り返しながらあたしの顔をまじまじと見つめている。


「ほら、さっさと行きましょ!」


「うわっ」


 掴んだままの白い腕を引っ張り、あたしは無我夢中で来た道を再び駆け戻って行った。ウォーターやオールさんには悪いけれど、一旦腹を括って話し合わないときっとこの問題は解決しない。もちろんわかってはいる、その時間も惜しいであろうオールさんを困らせかねないということ。そしてあたしのお願いが、オールさんの苦労の種になりかねないこと。今回正しい主張をしているのは間違いなく彼の方だ。世界を守るために結界を魔石に移すこと、みんなの安全を考えればそれが最善でしかないとわかってはいる。本来なら話し合う余地もないことなんだって、それも承知の上だ。

 でも、そうしたらみんなの平穏と引き換えに今度はウォーターの気持ちを犠牲にすることになる。お互いに心から納得し合えなければ、表面上は変わらなくてもきっと二人の間には決定的な溝ができてしまう。

 さっきは厳しいことを言っていたけど、オールさんはそんなことまで望んでいるだろうか。いや、考えられない。本当はウォーターのことだって大事にしたかったはず。でも今がやむを得ない状況だからこそ、あの人もあんな物言いしかできなかったんだ。だから二人の仲を取り持つためには、どちらの意志も壊さずにこの現状を解決できる方法を探さないといけない。もちろん絶対なんて言い切れないけれど、それでもあたしができる限りでなんとかしてみせたい。だからいつかウォーターもオールさんも、そしてアクアも本来あるべき笑顔を取り戻して欲しいと、心からそう願った。

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