第9話
【第一章】
第九話 オール=アレクトリター
(魔石の損傷…。ある程度想定していたことだけど、こうも面と向かって突き付けられると刺さるものがあるな…)
これまで幾多もの兆候があったこと、その事実は今考えても確実だった。にも関わらずこんな状況に陥って初めて襲撃者の可能性を見出すなんて、言葉にするだけでも甚だ注意力散漫だと思う。
きっと僕は、敢えてその事実から目を逸らしていたのだ。
本当は薄々勘づいていた。偶然の一言では片づけられない確かな陰謀が、僕たちの生活とぴったり隣り合わせである可能性に。
曲がりなりにもこの世界の管理者としてーーもしかしたら、なんて期待する気持ちを捨てきれずにいたから、大事なものを見落としてしまった訳で。
先刻までは悪意を持つ輩の存在など己の妄想に過ぎず、だからこそ傷が生じている状況も可能性の範囲に留まっていてくれたらと、そんな祈りに似た心境を抱いていた。
けれども先刻エルニアと対面したことで、彼女から直々に魔石を見せて貰った瞬間、縋るような己の願いは木っ端微塵に砕かれた。
僕はこれから修復作業を兼ねて、他の魔石も確認しに出向かなければならない。
しかし初っ端から唯一の希望を打ち砕かれた以上、残り二つの状態も期待できたものではないだろう。
ーー落胆。
そんなやり場のない感情だけを持て余して、僕は今沈んでいる。
※※
ーーさて、次は水の魔石を確認しに向かおう。一旦僕たちの家に戻るよ。
わざわざ村外れの図書館まで足を運び、どんな結果であれひとまず光の魔石の修復作業を完了させられた今。僕が次の調査対象を指定した直後、隣に佇んでいた愛弟子の視線がふと目に留まった。若干の疑問を抱えていそうな目つきでもって、こちらをじっと見据えている。一体どうしたんだろう。刹那違和感を感じた僕が声をかけるより先に、彼女の方がその口を開く。
「水の魔石は、確か海界と呼ばれる場所にあるんですよね。そこにはどのようにして向かうのでしょう。天界の時と同様、あなたの屋敷の地下から?」
「……。」
その疑問を頭の中で整理できず一瞬硬直してしまうが、次第に合点がいく。
ーーそうだった。
知っている前提で話を進めてしまったけれども、考えてみればこの子をあの世界に連れて行ったことはなかった。
彼女の言動により、自分はそんな肝心な事実を思い出す。
「うん。…説明不足でごめんね。着いてくればわかるよ」
彼女に自分のあとを続くよう促し、僕は早速屋敷へと足を進めた。
※※
「こっちだよ、おいで」
そうして水の魔石の調査に向かうべく自宅へと戻った後、僕たちは二人で地下へと続く階段を降り、やがて昨日の隠し部屋に辿り着いた。
あの時はエゼルちゃんとの思いがけぬ再会で忘れていたけれども、冷静になって辺りを見渡してみれば至るところに埃が舞っており、長らく清掃されていない事実が窺える悲惨な部屋の有り様だ。
しかし決して物置きなどと、そんな取るに足らない機能を果たす場ではない。
ここは頻繁に近寄る用事がないだけで、この世界の中枢を担う重要な場所であると同時に、様々な世界と繋がる扉を備えた謂わば異空間の狭間でもある。だからというべきか。屋敷内でも群を抜いて異質な空気の漂うこの部屋の中、エゼルちゃんはといえば辺りを見渡しながら扉の一つ一つを確認し出す。赤の扉、青の扉、水色の扉、黃緑の扉、黒の扉。
それらすべてが彼女の瞳には至極新鮮なものに映るのだろう。
「…私が天界に旅立つ時は、確かこの扉を開きましたね」
晴れ渡った空を映したような、神聖な輝きに満ちた水色の扉。その表面を指でなぞりながら、彼女はまるで懐かしいものでも愛でるように微笑んだ。
「そうそう、それが天界に繋がる扉だから。以前の君が開けると行き先がランダムになってしまうから、あの時は僕が代わりに開けたんだったね」
「…では海界となると、やはりこの青い扉なのでしょうか」
彼女の言葉に合わせて、今度は視線を別の対象へと移す。今改めて自分たちが見ているのは、深海のような深い青を沈み込ませた色の扉。
他のものと異なり取っ手の部分に触れた感触もどこかひんやりとしていて、この場に立っているだけでも微かに湿った潮の香りを感じられる。
まさに彼女の言う通り、海界に繋がるのはこの扉に他ならない。
僕は彼女の問いに頷いて、そのまま己の手を差し出した。
「そうだよ。じゃあ、早速向かおうか」
数秒間にわたる深呼吸の末、僕は過去にこの目で見た行き先を想像しながら、彼女の手を引いて重い扉を力任せにこじ開けた。
すると転移後特有の眩い光に顔を顰めたのも束の間、視界に広がる細長い防波堤。
一歩横に足を踏み出して確認すれば、下には底知れない深さの海水が、後ろには天界へと続く長い階段が見える。
僕は見慣れぬ景色に未だ呆然とした様子の弟子の方へ向き直り、現在地の説明を開始した。
「ここが海界の入り口だよ」
そう口にしながら素早く彼女の体に触れて、魔術を施した。
ーーよし、これで大丈夫。外見上はなんの変化もきたしていないように窺えるけれども、水の中での呼吸が叶うようになったはずだ。
「あの、オール様。今のは…」
「初めて見せたよね。これは、神族である限り属性関係なく誰にでも扱える魔法なんだ。僕なら水の中に入っても元から窒息しないし濡れずにも済むけど、エゼルちゃんだとそういう訳にいかないでしょ。だから今、君の身体を空気の膜で包んだの。心配しなくても大丈夫。精々二時間が限度だけど、それを超えて留まらなければ濡れることも息ができなくなることもないよ。…ああ、でも驚かせたかな。扉を開ける寸前でかけ忘れを思い出したから、急遽ここでする羽目になっちゃった」
膨大な空気を等身大のサイズに圧縮して、対象の体に薄い保護膜を張る魔術。これをかければ一定の時間、僕の魔力だと最高二時間は、水の中でも対象の身の安全が確保される。
かつて天界の教育機関で、神族以外の者は水の中に長く潜ることができない旨、そして水に触れれば身体が濡れてしまう旨を教わったけれども、どうやらそれは紛れもない事実らしい。
特に後者の方は半年前、まだエゼルちゃんが天界に旅立つ前のこと、彼女の髪が風呂あがりで濡れているのを見て初めて気づいた。
そうなるとやはり前者の教えも正しいのだろう。
そう思えば、その事実を見て見ぬふりして魔法をかけないわけにはいかない。こんなことで命を落とされたら大変だ。
「そういうことですか。わざわざ私の身体を気遣ってくださってありがとうございます。では、これでようやく海水に飛び込めるという訳ですね」
彼女の言葉に頷き、僕は防波堤の果てまで歩いて腰かけ、その下の海水を一人見下ろす。
すると先刻とは異なり、この位置からは水面のもっと奥深くに様々な物体の存在が窺える。
色とりどりのサンゴ礁に絢爛豪華な造りをした宮殿、そしてそれを囲むようにして聳え立つ数多くの建築物(宮殿より幾分か質素な外観をしている)や水中を優雅に泳ぎ回る人魚の姿など、普段ほとんど外に出ない僕としては物珍しく感じるものばかりだ。
せっかく訪れた以上もう少し観光気分を味わっていたい気分だったけれども、もちろん今の自分たちにそんな余裕などない。
渋々考え直した僕は後ろのエゼルちゃんを手招きし、共に座って見下ろすよう促す。
「エゼルちゃん、見て。海の下、宮殿が見える?」
「はい」
駆け寄ってきた彼女が宮殿の位置を把握したと同時に、今度は別の方向を指差してみせる。
「じゃあ宮殿から北に進んだところ、青い屋根の建築物が見えるかい」
「見えます。緑の屋根の隣にあるものですね」
「そう。…今まで君に話したことはないと思うけど、実はそこの家主が魔石を預かってくれているんだよね。」
「そうなんですか?初耳です」
僕が辛くなるから、敢えて話さなかったその真実。けれども会いに行くと決定した今であればーー腹を括った僕はさっそく、口に出して伝えることを決めた。
「家主はウォーターと同様、水神として生を受けたエドガー=マリン。幼少時代から召使いとして彼の屋敷に仕えていた男なんだけど、両親が病死してから払える報酬がなくなったウォーターは、やむなく彼を解雇したそうなんだ。だから僕たちはおろか、今はウォーターとも関係がないはずなのに…それでも水の魔石の管理を自ら名乗り出てくれてさ。まあそれにも色々事情があるんだけど」
そう告げると、エゼルちゃんは少し複雑そうな顔をしながら立ち上がった。
「…それ相応の事情がなければ、まったくの無関係である他人が魔石の管理役を申し出るとは考えにくいですね。ひょっとしてウォーター君が現状抱ん込んでいる境遇と関係があるのでしょうか。まあ部外者の自分が無闇に首を突っ込む気もありませんが、今はとにかく魔石を確認しにエドガー君の元へ急ぎましょう」
頷いた僕は彼女の手を引いて、そのまま眼下に広がる海原へと飛びこんだ。
(…少し冷たいな)
僕は元から、エゼルちゃんは魔法をかけられたことで互いに濡れることはないが、飛び込む前より確実に下がった周りの温度で今自分たちの浮かぶ場所が水の中であるとわかる。
目の前に聳え立つ大きな宮殿も、先刻防波堤の果てから見下ろしたもので間違いない。上から見るよりもいざこうして傍で目の当たりにする方がその迫力に圧倒されるーーなんて呑気なことを思うけれども、今は落ち着いて眺められる時間がない。
壮大な景観にうつつを抜かしてうっかり北の方向を忘れないうちに、僕たちはそのまま二人で青い屋根を目指して泳ぎ続けた。
「オール様、見えましたね!」
その呼びかけにハッとして、僕は彼女の視線の先を見る。すると数メートル先のサンゴ礁の奥に古びた青い屋根。現時点ではまだ小さくしか見えないけれども、それは確かにエドガーの住処で間違いなかった。
彼女がいち早く見つけてくれたおかげで無駄な時間を消費せずに済んだ。
そのことに感謝しながら僕たちはさらに泳ぎを進め、やがて彼の自宅の前まで辿り着いた。
さて、この先にエドガーは在宅しているだろうか。連絡する暇もなく押しかける形になってしまったが、あいにく留守にしているなんてことはないだろうか。
それを確かめるためにも通常ならここで扉をノックして家主を呼ぶものだが、海界には海界なりの常識がある事実を思い出したので、一応それに合わせることとする。
扉の取っ手に糸で結ばれた、片手ほどの大きさのハープ。この玩具のような楽器の弦を適当に弾いて、波にでも乗せるような優雅な音色を奏でる。演奏の良し悪し関係なく、これが海界特有の家主の呼び出し方なのだ。
そうして僕が演奏を始めたその刹那ーー無理もないけれど、初めて目の当たりにしたエゼルちゃんは初見時の僕と同様少し驚いたような表情を浮かべていた。
しかしその直後のこと。先刻留守を心配した家主は無事鳴らされたハープの音を聴き入れたようで、すぐにその姿を見せてくれた。
「はい、どちら様?…ってあれ、君は……」
ここではもちろん、天界においても珍しい、漆黒にも似た艷やかな黒髪。ウォーターと同じ深海のような、群青にも近い青色の瞳の持ち主、エドガー=マリン。まさに自分の記憶している彼の姿と相違なかった。
突然の訪問で未だ呆然とした様子の彼に向かって僕はすかさず声をかけ、同時にエゼルちゃんも会釈をする。
「やあ、エドガー。久しいね。覚えてるかい?オールだよ。こっちは付き添いの者で、今日は少し確認させてもらいたいことがあって来たんだけど…連絡もなしに押しかけてごめんね。今、時間あったりしないかな?割と急ぎの用でさ」
そう問いかけると、彼は少し悩む素振りを見せてから頷いた。
「…わかった。幸いにも今日なら時間があるので、上がってくれても構わない。でも、そうだね。君が来るということはやはり魔石のことかい?」
「うん、そう。僕としても信じられないんだけど、一昨日にほぼすべての魔石の魔力が半減してしまったことに気づいてね。傷でもついてないか確かめに、今は彼女と二人でそれぞれ回っているんだ」
「……」
僕の言葉に、エドガーは目を見開いて絶句していた。
無理もないだろう。エルニア含め、彼らには魔力の補充のみを要請しているため、所有者の自分とは違って魔石の不具合を体感で気づくことはない。
したがって頻繁に状態を確認するか、今のようにはっきりと真実を伝えない限り、魔石の危機は管理者ですら見落としてしまうケースが多い。
「…そうだったんだ。悪かったね、管理者なのに全然気づけなかったよ。俺の知らない間にそんな事態になっていたなんて言葉も出ない。魔石なら部屋に保管してるから、二人とも早くお上がりなさい」
「ありがとう」
僕たちはそのまま彼の部屋にお邪魔する流れになった。
以前にも立ち寄ったことはあるが、やはり海界の家は地上のものと造りが違っていて、どこか趣深く感じる。
フローリングの床ではなく地面には真っ白な砂だけが散りばめられており、天井を見れば数多の真珠に小さな穴を開け、首飾りのように紐を通したものと結ばれた昆布が揺り籠の如くぶらさがっている。
そして地面の至るところには口の開いた大きな貝殻が散乱しており、昆布と同様紐で天井から吊り下げられているものも見受けられ、家というよりはむしろ芸術品ともとれる風情があった。
エドガーは僕たちより先を泳ぎ、やがて目の前の昆布に腰かけるように指示した。
僕とエゼルちゃんはそれぞれ別のものに腰かけ、体が浮力で浮かないよう紐の通された真珠に掴まる。
その際にエドガーは、近くにある口の閉じた貝殻をこじ開け、そうして中から石を取り出した。
青色の石ーーすなわち水の魔石だ。
彼は目を凝らしてしばらく魔石を観察していたが、やがてその表情を曇らせたあと、僕たちに差し出してきた。
「…確かに、オール君の言う通り傷ついてるみたいだ。でも一体なぜ…?俺はここ最近ほとんど家にいたんだ。だから怪しい奴が忍び込んできたら、その時はすぐ気づけるはずなのに」
「最後に魔力を補充したのはいつ?」
「どうだったかな…確か二週間前とか、その辺だったような…。でもどのみち今日にはやるつもりだったよ」
「……」
その言葉に嘘偽りはなさそうだが、僕としても少し気がかりに思うことがあった。
それは今しがた彼が話したように、怪しい奴ーーいわば不審人物がどういった手段で魔石を攻撃したかという事実だ。
今まで火の魔石は襲撃、闇の魔石も同様の経緯があって危機に晒されることはあった。
しかし今回光の魔石、そして水の魔石と続いてそういった血塗られたできごとが付随してこないのがあまりにも不可解だ。
誰にも気づかれずに破壊するなんて、忍び込む以外に方法などないはずである。
仮にその手段さえ外れているとするなら、遠隔で魔石を攻撃したものとしか考えようがない。
「…でも光の魔石と同じで、そこまで深刻性を問うほどの傷じゃないね。これなら修復するのも簡単だから、終わったあとすぐに魔力の補充を頼めるかい?」
「ああ、わかった」
彼の返事を合図に、以前と同様修復のための力を込める。命の一部をつぎ込むつもりで、全神経を集中させる。
そうしてその体勢から数秒ほど経過したあとのこと、やがて十分な力が行き渡ったのだろう。
手から漏れる光が自然と薄れて、次第に目視できなくなっていった。
そこで僕は、彼に修復済みの魔石を返却する。
「エドガー、補充をお願い」
「任せな。じゃあ外に出るよ」
その”外に出る”という言葉を皮切りに、これまで黙って様子を見ていたはずの弟子が突然、不思議そうな顔で彼を呼びとめた。
「あの、口を挟んで申し訳ありません。エドガー君は一体外でなにをなさるおつもりなんですか?あなた自身の魔力を使って、魔石に必要な魔力を補充する訳ではないんですか?空間から自動で補充する場合においても、あるいは自らの管理下で補充する場合においても、わざわざ外に出る必要性というのは…」
「ああ、それはそうなんだけどな。でもこの魔石ってやつ、実は貯めておける魔力の量に制限がないらしいんだ。海界には俺の他にもかなりの神族が住んでいるから、ここの海水には豊富な魔力が漂っている。つまりその水にあてた方が吸収する魔力量も増えるし、補充の回数も少なくて済む。俺はさっき、二週間が最後の補充日だと伝えたでしょう?だけど本来なら一人分の力だと、最低でも一週間に一度は補充しないと足りないくらいなんだ」
「なるほど、失礼しました。確かにそれなら海水から吸収した方が合理的ですね」
納得した様子を見せるエゼルちゃんと共に、僕は今度こそそのまま玄関に向かう彼の後ろを着いていった。
すると彼が扉を開けて外に出た瞬間、先刻から彼の魔力にも反応していた魔石が突如として更なる輝きを纏う。
見渡せば人魚はもちろん、辺りには神族の姿がちらほら見受けられる。彼らの魔力に反応した訳だ。
一昨日の一件で渇きかけていた魔石は、待っていたと言わんばかりに勢いよくそれを吸い取り始める。
僕たちはその様子をしばらくじっと眺めていたが、やがて補充が完了したのだろう。
最初とは見違えるほどに青く透き通った石がこちらに差し向けられた。
「オール君、これでいいかな?魔力は十分なはずだけど」
桁違いの魔力を吸い込んだことで、先刻の光の魔石とは比べ物にならない煌めき具合を見せていた。
これなら隅々まで確認するまでもない。
「うん、大丈夫だよ。ありがとう。…でも君には手間かけさせちゃったね。ごめん」
「なにを言うかと思えば。謝罪なんてやめなさい。俺が好きでやっていること、君が一番わかっているはずだろう?…ところでさ」
僕を見ていた彼の瞳の奥が、突如として不安げに揺れた。
「お嬢様は元気?若様も…」
「……。」
彼の目を見た瞬間になんとなく察してはいたが、それでもその縋るような問いかけを前に、僕はどんな言葉を返せばいいかわからなかった。
ーー言いたくない。
果たして眼前の彼に本当のことを伝えていいのか。
(話すべきなのかな…ウォーターの精神状態。それにアクアがなにをしたかも…)
先刻エゼルちゃんには彼が魔石の管理を申し出たのに事情があると教えたが、それは彼が心の底でアクアを好いていたことに他ならない。
召使いとしての立場がなくなった後もずっと彼女を慕っていたと、これは彼から直接聞いたことである。
このことはウォーターも知らない。
つまりアクアという名の少女は彼にとって唯一の希望であり、また魔石の管理における強大な原動力となっているのだ。
※※
『こんにちは。僕は天界出身の光の神、オール=アレクトリターっていいます。あの…突然になって申し訳ないんだけど、今日は君に相談があって来…』
『オールって……君はまさか若様のご友人のオール君か!話に聞いたことがあるぞ!なあ、あの人とその妹がどこに行ったか知らないか?!屋敷を訪ねても誰も出てこないんだ。この辺りの者に聞き回っても知らないとの一点張りで…本当に八方塞がりなんだよ。もしなにか知ってることがあるなら今すぐ教えてくれないか!頼むから…』
『……』
今となっては懐かしいが、始めの頃はウォーターに水の魔石の管理を任せていた。
けれども彼は妹のことがあってから気もそぞろで、魔力の補充を忘れることが度々あった。
注意しても中々改善されないし、僕としても彼が今苦しい状態にあることはわかっていたからそんな彼に対して強くものを言うことはできなかった。
しかしだからと言って魔石を放置しておく訳にもいかない。
そこで彼からエドガーの名前や特徴、関係を聞き出し、その日はダメ元でも魔石の管理をお願いできないか交渉しに海界へと足を運んだのだ。
けれども自分がオールであることを名乗った途端、彼はこうして身を乗り出してこちらに詰め寄ってきた訳である。
面識すらない状態で魔石の管理を頼みに来た僕が言えた義理でもないが、その取り乱しように自分は戸惑いを隠せなかった。
『えっと、なんて言うのかな…。あの二人にはちょっと言いにくい事情があって…居場所は知ってるけど、特に妹の方は誰かと会えるような状態では』
『それは知ってる。お嬢様の身になにがあったのかも、全部若様の口から聞いたから。でも、それはそうとして兄妹揃って消えるなんてどういうことなんだ!それに君、居場所は知ってるって…詳しく教えてくれ!あの二人はどこに行ってしまったんだ!』
『わ、わかった…!ちゃんと話すから肩を揺さぶらないでよ…』
そこで僕は彼の家にお邪魔して、そのまま彼にいきさつを打ち明けることとなった。
己の故郷である天界に嫌気がさした僕が、人知れず小さな世界を創って逃げ出したこと、そこに友人であるウォーターと、彼の家族であるアクアも連れて行ったこと、そして人と会うことに恐怖を感じてしまうアクアを安心させるために、彼女の家に結界をかけることで外と遮断させ、現在は兄と二人きりの生活を送らせていること、けれどもその世界は魔石の均衡を保たないと存続できないこと、そこで今日は元召使いとして関わりのあった君に協力を仰ぎに来たこと、そのすべてを包み隠さず伝えた。
話し終える頃、どうしてだか彼は黙っていた。
一体なにを考えているのだろう。僕の発言を理解できたなら、その時はどんな出方をするのだろう。
兄妹を連れて行った身勝手な行動を咎めてくるか、それとも自らも二人を追って異空地天に来ると言い出すか。
僕としてはそのいずれかになるだろうと踏んでいた。けれども彼は安心したように息を吐きながら、意外にもにこやかに微笑むだけだった。
『…なんだ。それならあの二人は無事なんだね?よかったよ、それだけでも知ることができて。…というか悪かった。柄にもなく焦って、さっきは君に大人げない態度を見せてしまった。謝らせてくれ』
『えっ』
正直拍子抜けだった。怒り出すでもなく、自分も来たいと訴えてくる訳でもなく。
兄妹の安否が確認できれば、ただそれだけで満足だとでも言うような言動にすっかり面食らった僕は、咄嗟に彼の謝罪をやめさせようとする。
『いや、頭を上げてよ。最近まで知らなかったとはいえ、彼らと親しい関係だったはずの君に、なんの連絡もなく連れて行った僕の方に非があるんだから。本当に、余計な心配をかけさせてごめん…』
そうして申し訳なく思いながらしばらく互いに頭を下げたあと、次に堂々と口を開いたのはエドガーの方だった。
『…そういえば魔石のことだけど、よければ俺に管理を任せてもらえないかい?』
その言葉に衝撃を受けた僕は、呆然としつつ彼の顔を見上げる。
『え、なんで?いいの?確かにそれをお願いしに来た訳だけどさ、な…なにかこう条件とかつきつけたりしないの?見返りは欲しくないの?』
『いらないよ。あの人たちが今生きてる世界なんだから、当然だろう。大体置いて行かれた俺が力になってやれることなんて、それくらいしかないんだ。寧ろこちらの方からお願いしたい。責任を持って引き受けるから、自分に協力させてくれ』
戸惑った僕が見返りを求めないのかと問いかけても、彼は当然のように必要ないのだと笑い飛ばすだけだった。
見返りもなしにわざわざ魔石の管理をしたいだなんて、風変わりにもほどがある。
『じゃあせめて僕たちの世界に来ない?会えなくても、一応アクアたちがいる世界な訳だし…』
その言葉に、彼は寂しそうに窓の外を眺めながら微笑んだ。
『…なんて言えばいいのかな。会って間もない君にこんなことを話すのはどうかと思うが、俺は昔からお嬢様が、その…』
『?』
『好き、でさ…。始めは主従関係として割りきっていたつもりなんだけど、自分でも驚くくらい、今となっては大切な存在なんだ。今俺が近寄ったら、余計怖がらせることになるだろう。俺のせいで傷つける羽目になるなら、会えないよ』
『いや、そもそも彼女の家には結界があるから君は入れない訳だけど…』
『だとしても、近くにいれば会いたくなってしまうよ。好きな人ってそういうものじゃないか』
『…そういうものなのかな』
『で、魔力はどう補充させればいいんだ?』
※※
彼はそれ以降、今日までずっと魔石を管理してくれている。
自らの想い人を案じるがために、これ以上距離を縮めるような真似はせず、遠くからこうして彼女の過ごす世界を守ってくれている。
「…まだ少し不安が拭えないけど、大丈夫だよ、あの子ならきっと」
そんな人に、あの子が自ら命を絶とうとした事実なんか伝えられるはずがない。少し言葉を濁して、僕は目の前の祈るような瞳から目を逸らした。
「…そうだよな。お嬢様なら絶対大丈夫だ。もし大丈夫じゃなくても、きっと若様が守って下さるだろう。でもな、やっぱり複雑だよ。俺は側にいてやれないから、寂しいな…」
「……じゃあ今日は帰るね。エドガー、魔力の補充をどうもありがとう」
「なにを、お安い御用だ。…じゃあまた今度。困った時はいつでも来てくれよ」
ーーオール君。
優しげにそう僕の名を呼ぶ彼の笑顔は、一体いつまで自分に向けられるものなのだろうか。もしアクアになにかあったら、その時僕はどんな顔をして彼に会えばいい?
ーーいや、できない。会える訳がない。
もし彼女の行く末が取り返しのつかないものになってしまえば、それを機にすべてが終わりを告げる。純粋に希望を信じる彼の顔が絶望に染まる瞬間を見るくらいなら、こんな気持ちにさせられるくらいなら、もうなるべく顔を合わせたくないな。
彼から逃げるようにエゼルちゃんを連れ、僕は水面を目指して泳いでいった。
「オール様、大丈夫ですか?顔色が優れませんが」
「大丈夫だよ。ただ、彼の元へはしばらく行きたくないな…」
そうして先刻まで立っていた防波堤まで辿り着いた頃、彼女は僕の気の沈みように勘づいたようだった。
心配だとでも言いたげな視線をこちらに差し向けている。
「…そうですか。では、闇の魔石の調査はどうされますか?時間はありませんが、あなたの気が進まないのでしたら別日にでも…」
「いや、それは今日中にやろう。平気だよ、別に調子が悪い訳じゃないから」
「体調の面も心配なのですが…」
「大丈夫、どこも辛くないから」
強がり抜きでそう訴えながら、僕は魔石とはまた別の石を衣嚢から取り出した。元の世界に戻るために必要不可欠な代物である。
僕たちは扉を開けてここに来たけれども、転移してくる瞬間に扉が出現する訳ではない。移動の際は僕たちの体だけが場所を移すため、扉が存在するのはあの隠し部屋だけだ。あくまで扉は入り口としての機能しか果たさない。したがって帰るには、この石を駆使して元の世界に空間移動する以外に手段はない。この石は他にも複製したものが山ほどあるが、移動先はすべてあの隠し部屋に統一されている。
僕は彼女の手を取って、石に向かって「帰る」ことを念じた。
「…あのさ、エゼルちゃん。闇の魔石も一緒に見に行ってくれる?」
「ええ。まだ初めてのことばかりでお役に立てることは少ないですが、どこまでもお供させてください」
なんて心強い弟子だろう。初めて出逢ったあの頃より、ずっと頼もしくなってくれた。
その成長を喜ばしく思ったせいか、我ながら彼女の手を握る力が自然と増したような気がする。
(でも、やっぱりなにか…)
ーーなにか、違うような。
突如として胸の中で燻り始めた違和感に目を背け、僕たちはそのまま屋敷の隠し部屋へと戻り、そこから気を引き締めて闇の魔石の調査へと向かうのだった。
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