学校の異界脱出ゲーム

梶倉テイク

異界脱出ゲーム

第1話 異界にて目覚める

 この世には様々な異界が存在している。

 異なる理によって運営される小さな世界。

 それが異界。


 異界は様々なところに存在している。

 山だとか、廃屋だとか。

 トンネルなんかにもあったりする。


 その中でも身近にある異界こそ学校である。


 ●


 遠野正夢とおのまさゆめが目覚めた時、その目に飛び込んできたのは白く薄汚れた黒板と校内放送のスピーカー、ダリの絵のような時計、ルールは守りましょうという毛筆で書かれた標語。


 黒板にはチョークで――。


『HRを始めます。五人グループを作ってください』


 と書かれている。


 少し視線を下げれば、傷ついた古めかしい机と誰のものかわからない筆記用具にミミズがのたくったような文字が書かれた学習ノート。

 視線を横に向けると窓があり、窓の外は赤みがかりノイズが走っているかのように判然としない。


「ここは……? なんなんだ?」


 自分の服装もおかしいことに気が付く。

 黒い詰襟を着ている。

 遠野の通う学校はブレザーで、詰襟ではないから着ていることがおかしい。


 どこの学生服かとボタンを見る。

 校章があるはずだが、歪み切っていて判然としない。

 調べてみてわかったのは、胸ポケットのところに刺繍された遠野という自分の名前くらいだった。


「俺、どうしたんだっけ?」


 ここに来た記憶はない。

 遠野が持っている最後の記憶は、下校途中の横断歩道と流れるかごめかごめ。


 それ以降はここで目覚める前での記憶がない。

 思い出そうと首をひねっていると――。


「あの、どなたかここがどこだか知っている方はいらっしゃいますか」


 ――遠野と同じように目覚めたのだろう詰襟の学ランを着た四十代に見える男性がそう言った。


 この場には遠野以外にも二十五人ほどの学生服を着た人々がいる。

 学生と一律にまとめないのは、学生服を着てはいるものの学生という齢の者たちばかりではないからだ。

 彼らも遠野のように目を覚ましては、わけのわからない状況に困惑を示しているようだった。


「さあ……そもそもどうして私たち制服なんて着ているの?」


 応えたのは主婦らしき年齢の女性。

 彼女の問いには誰も答えられない。


 誰もこの場について知らないし、どうして学生でもないのに制服を着ているのかわからない。

 わかることはここが異常な場所であるということ、異常な状況であること。


「おい、窓の外を見てみろ!」

「うそ、なにこれ」

「なんなんだよ、これはよぉ!」


 当然、判然としない窓の外にも気が付く。


「嫌な感じがするな……それにこの曲」


 耳馴染のある音楽が校内放送として流れている。


『とおりゃんせ、とおりゃんせ――』


 とおりゃんせ。

 無垢な子供のような声色で、ノイズにまみれた音色のわらべ歌がずっと流れている。

 聞いているだけで根源的な恐怖を想起させられて気味が悪い。


「なんなのこの歌」

「校内放送ってことは人がいるんじゃないか? 行ってみないか?」

「そうだな、とりあえず教室から出てみよう」


 数名が教室を出ようと席を立つ。

 遠野もそれに続いて席を立とうとしたところで不意に教室の後ろ側に座っていた少女に目を奪われた。


「っ……!?」


 その黒々とした瞳と目が遭った瞬間、遠野の背に怖気が走った。


 すらりとした長身に長い長い繊細な手足を備えた、恐ろしく顔立ちの整った少女を見て思うこととしてはありえないことであろう。

 だが確かに遠野はそう感じたのだ。


 全身の皮膚が粟立つ。

 あるいは総毛立つ。


 そんな怖気を感じた。


「っ……!」


 少女はまるで人ではないナニカのようにすら感じるほど美しかった。

 この異常な状況を生み出した化け物の類かとも遠野は思ったが、彼女は少なくとも生きているものらしい。

 誰にも踏みしめられたことのない雪原のような白い肌に、血の赤味が通っている。


「座って」


 少女は自分の周囲にそう言って座る様に白魚のような指を下へ向けた。

 遠野を含めた彼女の周囲にいた人は立ち上がりかけた足がすとんと落ちて席へ座り直す。


「あっ、え?」


 どうして自分が座ったのか遠野自身理解できずにいた。

 何かされたわけでも言われたわけでもないが、身体がすっと彼女に従ったのだ。

 そして、それが正解であるとすぐに証明される。


 流れていた歌がぶつりと途切れた。


「よし、行くぞ」


 意を決して教室のドアを開けて外へ出ようとした男の上半身がバズンと消失した。


「え……?」

「きっ、きゃああああああ」


 男の隣にいた女性が悲鳴を上げる。

 その悲鳴も次の瞬間には途切れた。

 男と同じように叫ぶ口が失われたからだ。

 残ったのは噴水のように血をまき散らす悍ましいオブジェクトと化した下半身だけ。


「な、なんだよ、これ!?」


 髭面の男が声を上げた。

 教室中に響く大声が阿鼻叫喚の合図だった。

 誰もが怯えて席を立って慄くか逃げ出そうとした。


「いや、いやあああああああ!?」

「助けて、助けてえええ!?」


 叫び、悲鳴、怒声がまじりあい、そしてすぐに聞こえなくなる。

 逃げようとした者たちは例外なく、上半身を粉砕され死体となって積み上がっていく。


 ややあってふたたびとおりゃんせが流れ始める。

 二十五人いた教室には、もう六人しか残っていなかった。


 黒板に文字が浮かび上がってくる。

 見えない誰かが書いているようにチョークが一人でに文字列を示す。


『HRを終了します。下校は昇降口から。忘れ物なく真っすぐ帰ること』


 遠野はなんとか落ち着こうと血の臭いの染み付いた空気を肺に送り込みながら直感する。


 これは終わりではない。

 とんでもないことが始まったのだ。


 吐き気が否応なきせり上がってきて口を押える。


「お、おい君!」


 慌てた男性の声とともに美しい笑い声がそんな遠野の背後から降ってきた。


「ふふ……」


 振り返ればそこにあの少女がいた。

 動いて大丈夫なのかと彼女以外の生存者たちが身構える前で、彼女は悠々と遠野の前の席に座った。


「ルールは歌が止まったら動くな、かな。怪しいと思っていたんだ、あの歌。逆じゃなくて良かった。さあ行こう?」


 その声は聞いてしまえば、誰だって彼女の虜になってしまうのではないかというほどに美しかった。

 それは海で人を惑わせる人魚の声のようだと思わせる。


 だが、目の前で人が死ぬところを眺め続けた遠野にはそんなことことを考える余裕すらなかった。


「行くって……?」

「黒板の通り昇降口。出口はたぶんそこ。行かない? あなたは帰りたくないの?」

「帰りたい」


 少なくとも教室中に転がる死体の仲間入りだけはごめんだった。


「じゃあ、荷物をまとめて行きましょう」

「君はなんなんだ……?」

「わたし? わたしは調宮灯束つきのみやひつか。ちょっとだけこういうのに詳しい女の子だよ」


 にっこりと笑う彼女の足元に死体さえ転がっていなければきっと照れていたことだろう。


「それじゃあ今回の異界脱出ゲームのスタートね」


 彼女の宣言を聞いて遠野は思った。

 退屈な日常は壊れた。

 ここからは刺激的に過ぎる致命的な非日常が始まるのだ、と。


 恐怖に紛れてわずかに感じたのは紛れもない高揚だった。


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