第26話 飾のベッドで寝てみた

 久しぶりに入る飾の部屋。

 基本的には前と変わっていない。

 ベッドや本棚の位置も同じ。本棚のラインナップも変わらない。

 違いは、机や本棚の隙間に置いている小物が増えたくらいか。


 飾が好きなニチアサのグッズが、放送順ごとにキレイに並べられている。

 最近のシリーズは全キャラ揃っているが、過去の物はところどころ抜けがある。

 この手のグッズは、スーパーのお菓子売り場で売っている。

 どこでも買えるし、一個一個は安い。しかし、コレクションしやすいかと言えば、実はそうでもない。


 ポーズ違いや途中加入の新メンバーのグッズも販売されるため、ひとつのバージョンの販売期間は意外と短い。

 売上が良くても、追加製造というケースはあまりないそうだ。大きくないスーパーではバージョンごとの仕入れは一回か二回だけ、ということもあるらしい。

 中身は箱を開けるまでわからない、という仕様も相まって、コンプリートは簡単ではない。

 大人ならば揃うまでスーパー巡りをして買い続けることもできるが、小さい子ではそうもいかない。


「あと一個でコンプリート出来るのにお金足りないの。ちょっと貸して!」


 って頼まれたことがあったっけ。

 それで揃えることはできたけど、あとで怒られたんだった。兄妹で金の貸し借りしてると、将来大変なことになるぞ――って。

 当時はなにを言っているかわからなかったが、さすがに今は理解できる。

 そういう小さなことが骨肉の争いの最初の火種になるのだろう。


「じゃあ、あたしは勉強するけど……」


 飾は椅子に座り、机に向かう。

 その後ろ姿を見ながら、俺はベッドの前に立った。

 これからこのベッドに寝る。


 そういうことで合意ができているけれど、いざとなると緊張する。

 本当にいいのだろうか?

 どうしても罪悪感がある。


 まぁ飾も俺のベッドに寝ていたんだから、別にいいよな?

 むしろ今さら「やっぱやめた」って言う方が良くない。

 目の前に来ておいてやめたら、「なんか汚いからやめた」って理由だと思われるかもしれない。


 そうやってなんだかんだ自分に理由をつけながら、ベッドに座る。


「おおっ……なんか柔らかい」

「いや、るぅのと同じやつよ?」


 そういえばそうだった。布団もベッドも、同じ日に同じ店で買ったんだった。

 違うのは布団カバーだけだ。


「でもさ、やっぱりなんか違うんだよ。飾が普段使ってるせいか、ふんわりしてる気がする」

「完全に気のせいよ。におい以外はまったく同じ」

「そんなはずは……いや、そうだな。両方のベッドで寝た経験者が言うんだもんな」

「ぐっ、余計なことを言ってしまった」


 さて、飾をからかって少し落ち着いたところで、意識を再びベッドに戻す。

 まぁたしかに俺のと別に違わない気もするけど……飾が普段寝ているわけなので、特別感はある。

 やっぱり汗とか染み込んでて、それで良いにおいがしたりするんだろうか?

 こんなことを考えていると知られたら顔をしかめられそうだが……今日は違う。

 先に俺のベッドで寝て、においを嗅いでいたのは飾なのだ。

 俺には同じことをする権利がある。

 いや、むしろ義務と言っていい。

 飾にばかり恥をかかせることはない。俺も同じことをすることで、それを共有するべきだ。

 だから、なんの遠慮もいらない。

 ベッドに横になり、枕に顔を埋める。


「すぅ~~~~っ!」


 そして思いっきり息を吸い込む。


「やめて! そこまで露骨にやらないで!」


 飾が俺の頭を掴んで枕から引き剥がす。

 呼吸音程度をそんなにすぐに聞きつけるなんて……もっと集中して勉強しなさい。


「飾がやったのと同じことをしただけだが?」

「あたしはそこまでしてない」

「じゃあどうやっていたのか実演してくれ」

「どうって、普通に布団にくるまって呼吸していただけで……なんで話さなきゃいけないのよ!」

「へぇ布団にくるまってたのか。なるほど、だから枕元じゃなくて、布団の中に髪の毛が落ちていたのか。もしかして、体を丸めて寝ていたのかな?」

「余計な情報を与えるとすぐに想像を膨らませて……」

「俺もそれやろうかな」

「絶対やめて!」


 布団に頭を突っ込もうとしたが、服の襟首をがっちり掴まれてしまった。ムリヤリ潜れば首がしまってしまう。


「自分がしたことを俺にさせないなんて、不公平じゃないか?」

「だって……あ、あたしがした時は、るぅはいなかったもん。目の前でされるのは話が違うよ」

「じゃあ俺が見てる前で、俺のベッド使っていいよ」

「イヤだ、そんなのしない」

「もう十分に堪能したからか?」

「今日のるぅはいつにも増してウザいわね」


 それは自分でも思う。

 でも、飾のベッドで寝られる機会なんてめったにないから、これくらいはしかたないじゃないか。


「とにかく、普通の範囲で使いなさい」

「普通って?」

「自分の枕に顔を埋めてにおいを嗅ぐ? 布団に潜る?」

「においはともかく、朝とかたまに潜る。朝日がまぶしいから」

「じゃあ今の時間帯はもぐらないわね」

「む、なかなか論理的な言い分だな。反論しにくい」


 普段飾のにおいを嗅ぐ機会はないので、本当はこの機会にたっぷり嗅ぎたい。

 しかし、飾を怒らせて追い出されても困るから、言う通りにしておくか。

 布団をめくり、そこに入る。

 頭は普通に枕の上に乗せ、天上を眺める。


 物理的にはいつもと同じはずなのだが……なぜか妙にそわそわする。

 いつもこの布団で飾が寝ていると思うと、まるで一緒に寝ているみたいだ。

 いや、抱きしめられているみたいだ。

 こんなこと口にしたら、気持ち悪がられるかな?


「飾の布団で寝てると、まるで飾に抱きしめられながら寝てるみたいに感じる」


 我慢できなくて、つい言ってしまった。

 どんな辛辣な返しが来るだろう――覚悟していたのだが、飾は無言のままだ。

 聞こえなかったのだろうか?


「この布団で寝てると、飾と一緒に寝てるみたいだ」

「……聞こえてるわよ」

「なんだ、聞こえていたのか。じゃあなんか返してくれよ」

「どういう返事を期待してたの?」

「別に期待ってほどでもないけど、飾が俺の布団に入った時の感想と比較して盛り上がれるかな、って」

「本当にあんたは……」

「どうでした、俺の布団は?」

「…………安心したって言ったでしょ」


 悔しそうにしながらも、本心を言ってくれる姿がかわいいな。

 だから、ついいじわるしたくなってしまう。


「それって、俺の腕に抱きしめられているみたいだったから?」

「マジでウザい……」

「そういうことでしたら……飾さん、ちょっと思ったんですけどね」

「なに?」

「一緒の布団で寝て、抱きしめ合ったら最強なんじゃないでしょうか?」

「は?」

「だからですね、飾さんもここで一緒に寝たら、もう最高なんじゃないかと」

「はぁ……」


 盛大にため息を吐かれた。

 思いっきり呆れてる感じかな?


「あたしはね、病気で不安で、寂しかったから、安らぎを求めてついるぅの布団に入ってしまったの。そんな性欲全開の考えなんかしていませんでした」

「いやいや、俺だって別にエロいことなんて」

「考えていないの? あたしと一緒に寝て、エロい気持ちに一切ならないの?」

「え、それは…………」

「それは?」


 なるに決まってる。

 というか、ならなかったら不自然だろ。

 好きな子と一緒のベッドに入って、まったくエロい気持ちにならなかったら、それは別の意味で紳士ではない。

 紳士ならば、節度を持った範囲で欲情するべきだろう。


「めっちゃエロい気分になると思います」

「正直……」

「間違いなく言えるのは、ベッドで抱き合ったら、絶対キスしちゃうね。そこで止まらず、別の意味で抱いちゃうと思う」

「よくそこまで堂々と言えるものね。それに免じて」

「まさか、寝てくれる?」

「追い出すだけで勘弁してあげる」


 飾はにこりと笑って、布団を引っぺがしにかかる。

 だが、俺は全力でそれに抗う。

 夜更かしした次の日の朝みたいに布団を握りしめ、しがみつく。


「ここまでの発言があたしの許せる範囲を超えたのよ! さっさと布団から出なさい!」

「今はまずい、今はまずい!」

「なにがまずいのよ」

「なにがって……ほら、さっきあんな話をしたからさ」

「あんな?」

「一緒に寝たら抱いちゃうとかなんとか」

「うん」

「半分くらい冗談だったんだけど、いざ口にしてみたら、ついその光景を想像しちゃってさ」

「……うん?」

「なんていうか……その……下品なんですが……フフ……」

「…………ちょ、ちょっと待って。そっから先は言わなくてもいいから。っていうか、あんた……あたしの布団の中で、その……状態に?」

「数分待っていただければ、出られる状態になりますので」

「……その状態で布団の中に長居されるのイヤなんだけど。でも、今出られて見せられるのはもっとイヤ……わかった。待ってあげる。ただし、手を布団から出せ。あたしから見えるようにしていなさい」


 言われた通り、手を布団の外に出してホールドアップする。

 それでしばらく待機したわけなのだが、飾は勉強に戻らず、俺の横に座って監視し始めた。

 俺のが収まるのを、飾がずっと見つめながら待っている……なんだこのシチュエーション。

 これじゃ収まるモノも収まらない。

 まぁ別にいい……というか、その方が今は嬉しいけど。


「すみませんねぇ、いろいろご迷惑おかけして」

「本当に迷惑なんだけど」

「今度からは俺のベッドを自由に使っていいので。あらゆる意味で自由にしていいので」

「丁重に遠慮しておくわ。高くつきそうだから」


 実に賢明な判断だ。

 自分で言うのもなんだが、我慢できなくなって理性が吹っ飛ぶことまではないだろうが、今日みたいな要求は確実にしてしまうだろう。

 事前に回避しておくのが一番正しい。


「今日はいろいろうかつだったわ。体調が悪い時に、普段やらないことをすると、ろくなことにならないわね」

「いい勉強になったな」

「あんたのせいよ、まったく……ねぇ、まだ? まだ収まらないの?」

「男ってものをまったくわかってないな。そんな数分おきに興味津々に、状態を確認されたら、余計に興奮しちゃうだろ?」

「だ、誰が興味津々なもんですか。そういう意味じゃなくて、早く布団から出てほしいだけであって……今に見ていなさいよ」


 顔を赤らめる飾がかわいくて、俺にはもう少し時間が必要そうだった。

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