私は“災厄の魔女”なんかじゃない!処刑監視役の聖騎士と破滅フラグをひっくり返します!

☆ほしい

第1章

第1話 呪われた私と、美しき監視役

私の名前はルシアナ・フォン・クレスフィールド。

聖女を輩出する名門公爵家の娘。……そして、『災厄の魔女』の神託を受けた、呪われた存在。


目の前には、白亜の美しい校舎がそびえ立っている。

ステンドグラスがきらめく窓、天に伸びる尖塔。そこは、聖職者や聖騎士を育成するための由緒正しき学び舎――エインワース聖学園。

でも、私にとってはこの上なく皮肉な、美しい鳥籠だ。


「ここが、私の監獄……」


ぽつりと漏れた呟きは、誰に聞かれるでもなく春の風に溶けていった。

今日から私は、この学園で生活する。

普通の生徒じゃない。『災厄の魔女』の兆候を見せた瞬間に〝処分〟されるための、特別な監視対象として。


(大丈夫。私なら、やれる)


ぎゅっと拳を握りしめる。

俯いていたら、運命の思うつぼだ。胸を張って、前を向いて、破滅フラグなんてへし折ってやるんだから!


そう自分に言い聞かせ、石畳の道を一歩踏み出した、その時だった。


「――君が、ルシアナ・フォン・クレスフィールド公爵令嬢か」


ふわり、と。

桜の花びらとは違う、甘くて清らかな香りがした。

振り返った私の目に飛び込んできたのは、息を呑むほど綺麗な、一人の少年。


さらり、と風に揺れる銀色の髪は、陽の光を浴びてキラキラと輝いている。

制服の上から羽織った純白のマントは、聖騎士団の中でもエリートの証。腰に下げた剣の、白銀の柄が目に痛いほど眩しい。

そして、なによりも――私を射抜くように見つめる、紫水晶(アメジスト)みたいな瞳。

その瞳には、何の感情も浮かんでいなかった。まるで、道端の石ころでも見るみたいに、冷たくて、静かで。


(うわ……、なんて綺麗な人……)


思わず見惚れてしまった私に、彼はもう一度、淡々とした声で問いかける。


「そうかと聞いている」

「……っ、は、はい! 私がルシアナです!」


心臓がドキッと跳ねて、慌てて背筋を伸ばした。

目の前の彼は、きっと私と同い年くらいのはず。なのに、その佇まいは年上の騎士たちよりもずっと威圧感があって、空気がピリピリするのを感じる。


彼が、きっと――。


「俺はアレン・クロフォード。本日付で、君の監視役を拝命した聖騎士だ」


やっぱり!

彼こそが、若くして聖騎士団最強と噂の、私の『監視役』。

私が魔女になったら、その手で私を斬り捨てる人。


ごくり、と喉が鳴る。

アレン君は私を値踏みするように、頭のてっぺんからつま先までじろりと一瞥した。


「……見たところ、ごく普通の令嬢だな。本当に、君があの『災厄の魔女』の宿主なのか」

「なっ……!?」


失礼な物言いに、カッと頭に血がのぼる。

さっきまでの緊張はどこへやら。むっと口を尖らせて、私は彼を睨みつけた。


「その言い方、ひどくない!? それに、私は魔女なんかじゃないわ! これからそれを証明してみせるんだから!」

「証明?」

「そうよ! 神託なんて、ただの言い伝えみたいなものでしょ? 私が立派な聖女候補だってことを証明して、あんな不吉な予言、間違いだってわからせてやるの!」


ふんっ、と胸を張って言い切ると、アレン君は初めて、ほんの少しだけ目を見開いた。

その紫の瞳が、ほんのわずかに揺らぐ。

でも、すぐに彼はいつもの無表情に戻って、ふいっと顔を背けた。


「……好きにすればいい。だが、万が一兆候が見られた場合は、即刻『処分』する。それが俺の任務だ」

「わかってるわよ! だから、アンタには指一本触れさせないから!」

「……そうか」


それだけ言うと、アレン君は私に背を向けて歩き出す。

その背中は、私と同じ制服を着ているのに、すごく大きく見えた。


「ちょ、ちょっと待ってよ! これからどうすればいいの!?」

「教室まで案内する。俺も今日から、君と同じクラスに編入することになった」

「はぁ!? アンタも!?」


つまり、授業中もずっと一緒ってこと!?

四六時中、この堅物でとっつきにくい最強聖騎士様に、監視されるってこと!?


(うそでしょ……私の学園生活、始まる前から前途多難すぎない!?)


心の中で盛大に叫びながらも、私はアレン君の数歩後ろを、とぼとぼとついていくしかなかった。



エインワース聖学園の教室は、外観に負けず劣らず豪華だった。

高い天井、磨き上げられた床、一人ひとりの机も、私の実家のアンティーク家具みたいに立派だ。


でも、そんなことより――。


「……あれが、《呪われた公爵令嬢》……」

「隣にいるのって、アレン・クロフォード様じゃなくて? なんであんな方と一緒に……」

「監視役ですって。やっぱり、噂は本当なのね……」


教室に入った瞬間から、私に突き刺さる好奇と恐怖の視線、そしてひそひそ話。

胸が、ズキッと痛む。

わかっていたことだ。私がここにいる意味なんて、みんな知っている。私は『災厄の魔女』候補で、危険人物。仲良くしたい相手じゃない。


(大丈夫、大丈夫……。こんなことでへこたれてどうするの、ルシアナ!)


唇をきゅっと結んで顔を上げた私とは対照的に、隣のアレン君はまったく気にする様子もない。

彼はただ真っ直ぐ前だけを見て、指定された席――私の真後ろの席――に、音もなく座った。


その後の自己紹介も、案の定、最悪だった。

私が「ルシアナ・フォン・クレスフィールドですわ。よろしくお願い……」と言いかけただけで、教室は水を打ったように静まり返り、誰も目を合わせようとしない。

まるで見えない壁があるみたい。


一方で、アレン君が「アレン・クロフォードだ」と短く告げただけで、女子生徒たちの間から「きゃあ……」「素敵……」なんて、ため息が漏れていた。

なんなのよ、この差は!


(こうなったら、もう実力行使しかないわね!)


私がこの学園で、破滅フラグを回避するためにやるべきこと。

それは、私が『聖女』の力を持っていると証明すること。魔女とは真逆の、清らかな力を持っていると、みんなに認めさせることだ。


そして、最初のチャンスはすぐにやってきた。

一時間目の、『神聖魔法実習』。


「では、各自、目の前の聖水盤に手をかざし、基礎的な浄化の祈りを捧げなさい。水が清らかな光を放てば成功だ」


先生の言葉に、クラス中がざわめく。

よしっ、と私は内心でガッツポーズをした。


(見てなさい、アレン! みんなも!)


私の魔力は、公爵家の血筋もあって、生まれつき強い。

神託さえなければ、次期聖女は確実とまで言われていたんだから。

こんな基礎的な魔法、簡単よ!


すーっと息を吸い込み、目の前の銀の聖水盤に両手をかざす。

心の中で、幼い頃から何度も唱えてきた浄化の祈りを紡ぐ。


『――おお、聖なる光よ。我が声に応え、この水を清めたまえ』


私の手に、ふわりと温かい光が集まってくる。

よし、いい感じ!

聖水盤の水が、キラキラと輝き始める。成功だ! これで、私が魔女じゃないってことの、第一歩に――。


そう、思った瞬間だった。


バァンッ!!!


「「「きゃああああっ!!」」」


突如、私の手元で耳をつんざくような爆発音が響いた。

聖水盤の水が、まるで間欠泉みたいに天井高く噴き上がり、教室中に派手な水しぶきをまき散らす。


「な、ななな、なに!?」


何が起きたのかわからず、目をぱちくりさせる私。

びしょ濡れになった生徒たちが、悲鳴をあげて私から距離をとる。


「やっぱり……あの子の魔力は、おかしいのよ!」

「浄化魔法で爆発なんて、聞いたことがない……!」

「魔女の力よ……!」


違う! 私はただ、普通に祈りを捧げただけなのに!

どうして、こんなことに……!?


パニックになる私を、先生の鋭い声が貫いた。

「ルシアナ・クレスフィールド! あなた、一体何をしたのですか!」

「わ、私、何も……っ!」


弁解しようとしても、声が震えてうまく言葉にならない。

みんなの視線が、ナイフみたいに突き刺さる。怖い。どうしよう。


その時だった。


すっ、と私の前に、白いマントが翻った。

いつの間にか席を立っていたアレン君が、私をかばうように立ちはだかっていたのだ。


「待ってください、先生」


彼の冷静な声が、騒然とした教室に凛と響く。

アレン君は、爆発の中心にあった聖水盤に、すっと指先を伸ばした。


「……これは」


彼の紫水晶の瞳が、わずかに見開かれる。

指先に触れた聖水盤のふちから、ぽろぽろと黒い煤のようなものが剥がれ落ちていく。

煤が落ちた後には――清らかで、美しい銀の輝きがあった。


「浄化が、暴走した……? いや、違う。これは……」


アレン君は振り返って、呆然と立ち尽くす私を、まっすぐに見つめた。

その瞳は、初めて会った時のような氷の冷たさではなかった。

困惑と、ほんの少しの――驚き?

いや、もっと違う。未知のものを見つけたかのような、強い光。


そして彼は、私だけに聞こえるような声で、静かに、でもはっきりと告げた。


「――君の力は、本当に『災厄』の魔力なのか?」


え?


その言葉の意味を、私は理解できなかった。

ただ、彼の真剣な紫の瞳から、目が離せなくなっていた。

心臓が、さっきとは全然違う意味で、とくん、と大きく音を立てる。


世界の敵である私を、斬るために来たはずの彼が、今。

初めて、私自身を見てくれている。

そんな気がして――。


これから始まる、波乱の学園生活。

その幕開けを告げる鐘が、遠くで鳴り響いていた。

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