第4話 新たな波乱のプレリュード

「――おや? こんな夜更けに、お二人でこそこそと……随分と仲がよろしいようで」


レッスンを終え、二人で寮へ戻ろうとした、その時だった。

中庭の植え込みの影から、ぬっと現れた人影。

その声には、聞き覚えがあった。ねっとりとした、人の神経を逆なでするような甘い声。


「レオンハルト……!」


セドリックが、警戒心むき出しの低い声で、その名を呼ぶ。

月明かりの下に姿を現したのは、やっぱり、あの赤髪の公爵子息、レオンハルト・フォン・ベルンシュタインだった。

彼は、優雅に口元に笑みを浮かべているけれど、その猫のような緑の瞳は、全く笑っていない。


(み、見られてた……!?)


秘密のレッスンがバレたんだ、と悟って、私の血の気がサッと引いていく。

どうしよう、なんて言い訳すれば……!

私がパニックになっていると、セドリックが私を庇うように一歩前に出た。


「貴様、殿下を嗅ぎ回る気か」

「人聞きの悪いことを言わないでほしいな、ヴァレンタイン卿」


レオンハルトは、セドリックの殺気立ったオーラにも全く動じず、ひらひらと手を振る。

「俺はただ、近々開催される『創立記念馬術大会』のことで、殿下にお伝えしたいことがあって、夜風にあたっていただけさ。そうしたら、偶然お二人を見かけた、というわけ」


ば、馬術大会……?

私がきょとんとしていると、レオンハルトは私に向き直り、挑戦的な視線を向けてきた。


「伝統により、王族であるアルフレッド殿下には、大会の選手宣誓をお願いすることになります」

「せ、選手宣誓……」

「えぇ。……そしてもちろん、全校生徒の前での、模範演技も、ね」


――模範演技。

その言葉が、重い石みたいに、私の胃に落ちてきた。


(ば、馬術ですって……!?)


淑女の嗜みとして、おとなしい牝馬の背に揺られる、優雅な乗馬なら習ったことがある。

でも、この騎士学園で行われる馬術なんて、どう考えたって、荒々しい軍馬を乗りこなし、障害物を飛び越えたりする、激しいものに決まってる!

そんなの、やったことない!


私の顔が、みるみるうちに青ざめていくのを、レオンハルトは実に楽しそうに眺めている。

この人、絶対、私が運動音痴だってこと、初日の剣術で見抜いてるんだ!

そして、わざとみんなの前で恥をかかせようとしてるんだ!


「楽しみですね、殿下。あなたの『本当の実力』、じっくりと拝見させていただきますよ」


それは、紛れもない、宣戦布告だった。

レオンハルトは勝ち誇ったような笑みを浮かべると、「では、ごきげんよう」と優雅に一礼して、闇の中へと消えていった。


嵐が、去った。

後に残されたのは、絶望的な沈黙と、私。

もうダメだ。剣も使えない、馬にも乗れない王子なんて、絶対偽物だってバレちゃう。

兄様に、国に、迷惑をかけるわけには……。


膝から、がくりと力が抜ける。

その場にへたり込んでしまいそうになった私の肩を、大きな手が、力強く支えた。


「……大丈夫です、殿下」


顔を上げると、すぐそこに、セドリックの真剣な顔があった。

彼は、私の肩を掴んだまま、静かだけど、決意に満ちた声で言った。


「馬術も、この私が責任を持ってお教えします」


「せ、セドリック……?」

「あのような男に、二度と殿下を侮らせはしない」


月明かりの下、彼のサファイアの瞳が、まるで青い炎みたいに、熱を帯びて燃えているように見えた。

それは、ただの騎士としての忠誠心だけじゃない。

もっと別の、何かすごく、強い感情の光のようで――。


私の心臓が、また、大きく、高鳴った。


嘘と秘密から始まった私の王子様生活に、次なる試練の幕が上がる。

でも、なぜだろう。

彼のその言葉を聞いたら、絶望の淵にいたはずなのに、ほんの少しだけ、「頑張れるかもしれない」なんて、思ってしまったんだ。

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