第3章 華隷彌─カレイド 第3節 8/11

  ◇◇

 

 

 黒犬の後を追って、トリープは望月美那萌の位置を探り当てた。

 

「あーあ、やっぱり来ちゃったか。…………キミがどうしてアタシの術にかからなかったのかはわからないけど、その程度のことでアタシに勝てると思ってる?」

 

 美那萌の挑発的な声が高層ビルの屋上テラスで響き渡る。

 しかしトリープはその声に耳を傾ける素振りすら見せずにじりじりと距離を詰めていく。

 

「あれあれ? 無視するのー? アタシ寂しいなー。もっとキミの声が聞きたいのになー。————ま、聞きたいのは悲鳴の方だけどっ!」

 

 美那萌から放たれた交差する二本の光線。

 トリープは難なくこれを躱した。

 

 八敷先生が提示した美佳たちの救出方法は以下の通りだった。

 ————まず、何よりも大切なのは美那萌へ接近すること。

 これが最低限の前提となる。

 ————次に、美那萌との距離を維持したまま相手が鏡を展開する機会を窺う。

 なるべく距離は近い方がいい。解除判定内は未知数だからだ。

 ————そしてその条件が満たされた時、トリープは八敷先生から渡された二人を封印している呪符を解放する。

 封印の解除タイミングはトリープに委ねられている。彼の手から離れた時がそのタイミングだ。呪符に封じ込められていた二人が姿を現し、それと同時に鏡と接触させる。

 

 そのシナリオ通りに身体を動かせばいいだけだ。

 そう頭の中で呟きながら、流れる水の如き身のこなしでトリープは美那萌に接近していく。

 

「このっ……!」

 

 美那萌は腹立たしげにトリープを払おうと後退しながら鏡の光線を浴びせる。

 

 ——必要な鏡の数は三つだ。美佳と荒志郎、そして幸斗を救うために展開する鏡を増やさせなければいけない。

 

 そのためトリープは巧みに左右へ揺さぶって相手に精神的負荷を与えようと試みた。

 

 水を掴もうとするかのようにトリープの動きは捉えにくい。光線を繰り出すこと数十回、そろそろ美那萌は我慢の限界に来ていた。

 

「ああっ! めんどっ‼︎」

 

 ついに美那萌は三つの鏡を前方に出した。

 この好機を待っていたと言わんばかりにトリープは懐から二つの呪符を取り出した————だが。

 

「消えたっ……⁈」

 

 前方に出された鏡は囮だった。

 しかしトリープすでに呪符を手放し、二人を解放している。

 

「やっぱりそれを狙っているのはわかってたっ! でもこれなら……‼︎」

 

 美那萌はその後ろで鏡の転移を行い大きく距離を離した。

 囮の鏡は消え、その後方で美那萌は再度鏡を展開して攻撃を放とうとした。

 

 その瞬間————。

 

「『蛇目かがめ』ッ‼︎」

 

 美那萌の身体が石化したかのように動きを止める。

 

 ————そこまでもが計画の内だった。

 

 彼女の最大の失態は、呪符に封印されていた二人が美佳たちであったと思い込んでいたことだ。

 相手の一枚上を行ったと、勝ちを確信したかのような不敵な笑みが崩れ、驚愕のものへと変わっていく。

 

 呪符から現れた赫き双眸の男——梁山浄の能力で美那萌の動きは封じられた。

 そして————。

 

「いっけぇー‼︎」

 

 呪符から解放されたもう一人の増援、織本薫の風の噴出によって、その気流に乗ったトリープが一気に美那萌へ距離を詰める。

 眼前に迫ったトリープに対し、美那萌は何も行動することができない。

 一度展開された鏡をしまうことも、この状況では不可能だった。

 トリープは今度こそ美佳たちが封印された呪符を手放し、二人を解放する————。

 

「さあ、帰ってきなさい。私の契約者よ——」

 

 世界は光に包まれた。

 

「ふむ、ここは……ようやく出られたようですね。助かりました」

 

 飽和した光の先から、二人の影が現れる。

 

「真風屋さんに、和泉さんっ!」

 

 薫が声を上げた。

 

「お待たせっ! さあ、反撃開始と行くわよっ‼︎」

 

 美佳と荒志郎の救出に成功した——。だが幸斗はどうだろうか。

 

 歯噛みをしながら美那萌は文研部のメンバーたちを睨む。

 浄と薫が三人のもとへ駆けつけると、救出された三人の中の一人——幸斗が声を上げた。

 

「あの……いきなり目が覚めたと思ったら身体がすごく重いんだけど…………」

 

 トリープの活躍によって確かに幸斗は目を覚ました。しかし意識を失っている間にその肉体で活動していたトリープが与えて負荷はそのまま幸斗にかかっていた。

 

「あ……それはさっきまでその身体を使っていたヒトが居て————」

 

「え、どういう意味——グガッ⁈」

 

 勢いよく身を乗り出したせいで全身に痛みが走り、思わず苦痛の声を漏らして膝をつく。

 

「大丈夫? 無理だったら休んでいてもいいよ……?」

 

 薫が心配そうに声を掛けるが、幸斗は首を振って重々しく身体を立ち上げた。

 

「いいや、僕も戦うさ。そのことの話は後で聞かせてくれ」

 

「ああ、そうしてくれねェと困る。アイツのやり口を知ってるのはお前らだけだからな」

 

 幸斗が後ろを振り向くと、梁山浄が『牙』を構えて交戦態勢へ移っていた。

 

「…………なによ、それでもう勝ったつもり? こんなの、ただの前座じゃない。————そんなにアタシと遊びたいなら…………いいわ、見せてあげる」

 

 一際大きな鏡が、美那萌の背後に現れる。

 

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