第3章 華隷彌─カレイド 第3節 1/11

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 幸斗は倒れている二人を順番に抱え、駐車場の出入口まで運んだ。

 そこにはあらかじめ連絡していた八敷先生が車で向かって待っていた。

 

「——であれば、二人は私が管理しておく。次に目を覚ました時には、こちらを襲ってくるかもしれないからな」

 

 八敷先生が札を貼り付けると、そこから魔力で編まれた鎖が現れて二人を拘束した。

 

「それで、このあとの動きを考える前に一つ聞いておきたいことがある…………」

 

 二人を後部座席に座らせた先生が幸斗の方へ振り返る。その眼は鋭く幸斗の方を向いていた。

 

「お前は、何者だ?」

 

 幸斗の顔は暗く、俯いたまま、氷柱のような視線で八敷先生を見据えていた。

 

「……そのことは今、関係ない」

 

「いいや、私の生徒のことだからな。彼の安全も確保するのが私の役目だ。お前が如何に変装の達人であろうと私の眼は誤魔化せない。——さあ話せ、彼を何処へやった?」

 

 そう問うと、彼は自身の胸に手を当てた。

 

「そうか……では、返して貰おうかっ!」

 

 八敷意の中でスイッチが切り替わった。目の前に相対する敵を排除するため、一切の温情なく攻撃を仕掛ける。

 

 手にした呪符は五本、幸斗の姿を借りた奴に投擲する。

 だがその程度の攻撃、奴には届く気配すらなかった。龍ように渦巻く碧水が呪符を残らず絡め取って無力化した。

 

「ちっ、この程度の呪符では弱すぎるか」

 

 あの相手が幸斗の身体を乗っ取っている以上、身体の破壊を伴う攻撃を選択することはできない。

 そのため八敷先生には必要最低限の火力で戦わなければならないというハンデがあった。

 

「ならば、アレを使うしかないか……」

 

 彼女は懐から一つの大きな筆を取り出した。

 

「滲み出る、過去の泡影——」

 

 その呪文が、起動のサインだった。その言葉とともに筆が空を撫でると、その軌跡から魔力の籠った墨が残り、描かれた模様が妖しく煌めいた。

 

 『梵辿刻書・去潮』——八敷意が生み出した歳月を司る三つの筆型の呪具の一つ。

 その効果は過去の事象の再出だ。周囲で起きた事象が質量の伴った幻影となって標的を襲いかかる——。

 

 浮かび上がるのは数々の車、曲がり切った直後だからスピードはないものの、車のそれぞれが左右にズレて避けるスペースはほぼなかった。

 

「くっ……」

 

 碧水が吹き上がり、幸斗の身体を持ち上げる。その隙を八敷先生は狙っていた。

 

「甘いな」

 

 空中では自由に軌道を変えられない。狙い澄ました一撃が、その身に向けて放たれた。

 しかしそちらも無策で飛んだわけではない。碧水によって上に飛んだのなら、左右にだって同様。渓流の如き華麗な身のこなしで、飛んできた呪符を避けて八敷先生の眼前へ迫った。だが————。

 

「——天地の理よ、原初に還れ」

 

 既に二の矢は放たれていた。彼女の手にあった『去潮』は手の中に在らず、その頭上——接近してきた幸斗の眼の前にあった。

 

 筆の墨が弾け広がり、彼の視界を黒く染める。

 

「目眩しかっ……」

 

 碧水を纏った掌底打ちが空を切る。

 幸斗は外しても狼狽えず、すぐさま目についた墨を払って標的の居場所を探ろうとするも、身体を焼き焦がすような感触が幸斗の身体に差し迫った。

 

「この世界の表層テクスチャを原始地球の状態へと戻した……ごく僅かな範囲ではあるが」

 

 ハッとして幸斗は声の主がいるほうへ振り返った。

 今、八敷先生が手にしているのは身体に障壁を貼る護符だ。

 『去潮』の墨による効果は過去の再現。

 以前見た『界卵叛天』とは別の理屈の空間の異界化だ。まるで世界という一枚絵の上から絵の具で塗り潰すかのようにその一点を異界で染める。

 

「範囲は私とおまえの周囲半径一メートル。だが、脱出はできんぞ。異界の中において実際の距離は関係ない。おまえがその肉体を持ち主に返すまでこの世界で灼熱と酸欠の苦しみに悶えてもらう」

 

 焼け爛れそうな溶岩の大地、水蒸気と窒素で覆われた大気が幸斗の身を襲う。咄嗟に碧水による防御壁を纏うことでそれらの影響を防げてはいるが、その消費エネルギーは半端なものではない。

 碧水は溢れ出たその瞬間に気化していき、全身の生命力を奪っていく。

 

「かはっ……はぁ……!」

 

 息が漏れでる。だが悠長にはしていられない。ひと息吐くとすぐさま跳躍し、八敷先生へ接近を試みる——。

 

「大人しく諦めればよいものを……これは少し痛い目を見てもらおうか」

 

 碧水のブーストを備えた突進すら彼女には赤子の戯れに等しい。右手には護符を持ったまま、左手で突き出された幸斗の腕を掴み、脚技で転倒させた。

 

「カハッ……!」

 

「さあ。私に祓われるか、自らその身体から出ていくか選べ」

 

「…………」

 

 返答はなかった。警戒を緩めず八敷先生は幸斗の方を見つめていた。しかしその瞬間、碧水の柱が幸斗の中心から天上にかけて聳え立った。

 

「——ッ⁈」

 

 その柱に気付くや否や、幸斗の身体は蛇行する暴れ川のような軌道を描いて八敷先生の背後をとった。


「馬鹿なっ……速すぎる……⁈」

 

 辛うじて振り向くまでに至ったが、迎え撃つには足りなかった。音速に至るほどの突進で八敷先生を組み伏せる。

 

「くっ、ぬかったか……」

 

 四肢を固定されて抵抗の余地はない。流石の八敷先生も、数年ぶりの窮地に焦りの汗が垂れていた。

 ————だがそのあとの追撃はなかった。

 

 

「待て、は君たちの敵じゃない」

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