第二話:一線を越えて


 骨が軋む。肺が潰れかけていた。

 巨大な牙に挟まれ、圧倒的な力で締め上げられる中、フォルの意識は急速に薄れかけていた。だが——その力が、唐突に緩んだ。


 (……なぜ、力が抜けた?)


 疑問が脳裏をよぎる。だが今は考えている余裕はなかった。

 フォルは背中に残っていたマチェットと、大木に食い込んだ牙を支点にして身体を捩じり、牙の隙間を利用して脱出を試みる。


 呻きながら身をよじり、治癒師を抱えたまま地面に転がり落ちる。咳き込みながらも、なんとか起き上がったフォルの視界に、ぐったりと項垂れるネームドの巨体が映った。

 助かった理由はわからない。ただ、今はこの一瞬を生かすしかない。


 治癒師は気を失ったまま、全身から血の匂いを漂わせていた。

 フォルはすぐに背嚢を開き、中にあるはずのポーション瓶を探った。


「……くそ、ほとんど潰れてる……!」


 牙の圧力で、鞄ごと押し潰されたのだろう。

 中で破裂した瓶の破片と薬草の強い香りが、鼻腔を突いた。辛うじて無事だったのは、布と革で包んでおいた予備の1本だけ。


 自分の肩もひどく裂けている。立っているのが不思議なほどだ。だが、彼は迷わなかった。


「俺より……まずお前だ」


 震える手でポーションの栓を抜き、彼女の口元にそっと傾ける。

 薄くこぼれた薬液が、喉へ流れ込む。次の瞬間、彼女の胸が、かすかに上下した。


 生きている。

 その事実を確認した瞬間、フォルは腰のホルダーから信号筒を引き抜いた。


 赤ではない。

 この紫の閃光は、“救援要請”を意味する——生存者あり、至急支援を求む、というギルド制式の緊急信号だった。


 火薬が小さく爆ぜ、夜空に向かって一条の紫光が放たれる。

 それは重く沈んだ森の上に、静かな希望の色を灯した。


目の前で崩れ落ちた巨体から、濁った血と腐臭が立ち上る。

 さっきまで命を喰らおうとしていたネームドが、首が切断され、動かなくなっていた。


 (……何が起きた……?)


 視界に立つ、ひとりの男。

 黒い外套に癖毛の黒髪、無駄のない立ち姿。彼は、ためらうことなくネームドの首を断ったらしい。


 フォルが言葉を探している間に、男はこちらを見もせずに言い放った。


 「使え」


 手の中から投げられたのは、小瓶。砕けた薬壜の山の中で、奇跡的に無事だった1本だ。

 男はフォルの手に収まったそれを確認もせず、さらに一言だけ口にする。


 「お前はまだ動ける。……悪いが、俺はあっちを優先する」


 そう言って、すぐさま別の方向へ向かって歩き出す。


 フォルはその背中を、数秒だけ見つめていた。

 その男の振る舞いには、見下しも偉ぶりもなかった。ただ淡々と、人を助けるために行動しているように見えた。


 「どうなってる?」


 低く、だがよく通る声が背後からかかった。


 シェードは魔道士の出血を押さえていた手を一瞬止め、声の方にだけ目を向けた。

 黒外套の男。あのネームドを一太刀で仕留めた謎の戦士が、いつの間にか傍らにいた。


 「首をやられてる。気道が潰れてる。……このままじゃ、もたない」


 アルケインはしゃがみ込み、手早く魔道士の傷を一瞥した。

 血泡が喉から湧き、呼吸はすでに断続的。口では息を吸えていない。肺まで空気が届いていないのは明らかだった。


 「切開すれば空気は通る。気道の位置はわかるか?」


 「……ああ。見えてる。だが、やったことはない」


 言いながら、シェードは鞄の中を漁る。手早く、だが慎重に。

 火打石、アルコール瓶、止血布、清潔な包帯、それに薄刃のナイフ。


 「俺が切る。お前は?」


 「風で肺に空気を送る。呼吸の代行だ。魔力で圧を調整する。爆ぜたりはしない」


 淡々としたやり取りの中に、緊張が走る。


 「準備ができたら合図する」


 「わかった」


 シェードはナイフの刃を火で炙り、アルコールで流し、再び火を当てる。

 焼けた金属の匂いが土の香りと混ざり合い、異様な緊張感があたりを支配する。


 ナイフを持つ手が、汗ばむ。だが震えはない。


 (やれる。やるしかない)


 魔道士の首筋、血泡の下にわずかに浮かぶ気道の位置を確かめる。


 「……いくぞ」


 「……切るぞ」


 静かにそう言い、シェードはナイフの刃を走らせた。

 喉元にわずかに切れ込みを入れた瞬間、泡立った血液が噴き出す。すかさず布で拭い、切開した気道を押さえ、開口部を確保。


 「今だ、送れ!」


 アルケインが即座に応じ、手をかざす。

 渦巻く風の魔力が、切開部から魔道士の肺へと空気を送り込んでいく。

 その刹那、彼女の胸が、かすかに上下した。


 (……2度とやりたくない…)


 シェードはすぐさま止血布を当て、圧迫固定に入る。傷口が閉じないよう注意を払いながら、布と包帯で丁寧に固定した。


 その時——


 「つ…連れてきた」


 声とともに駆けてきた細身の戦士が、肩を貸すようにして治癒師を支えていた。

 彼の表情には焦りと罪悪感が滲んでいたが、それでも彼は、最後まで彼女の足を止めさせなかった。


 先程まで気絶していた治癒師はまだ顔色も悪く、息も荒かったが、魔道士の姿を見ると表情が一変する。

 足元をふらつかせながらも、迷いなく膝をつき、両手を重ねて呪文を唱え始めた。


 淡い緑の光が、静かに切開部を包み込む。

 傷口の血が緩やかに引いていき、魔道士の呼吸もわずかに安定してきた。


 「……持ち直したか?」


 すぐそばに立っていたフォルが、低く問いかける。

 シェードは無言で頷き、指先にこびりついた血を見つめていた。


治癒師の光が魔道士の首元に染み渡り、荒かった呼吸が、少しずつ落ち着いていく。

 ようやく状況が一段落したことに、フォルは静かに息を吐いた。


 視線を巡らせる。

 土と血にまみれた現場に、息をする者の姿がある——それだけで、奇跡のように思えた。


 シェードが近くの岩に腰を下ろし、濡れた額を乱暴に袖で拭っている。

 フォルは、肩の痛みをこらえながら、その隣に膝をついた。


 「……よくやったな」


 短く、それだけ。

 フォルの声には驚きも労りもなかった。ただ事実として、仲間が命を繋いだという認識があった。


 シェードは軽く目を伏せて、ぽつりと答えた。


 「……一人じゃ無理だった」


 その言葉に、二人の視線が同じ方向へ向く。

 黒い外套を羽織った男、アルケインは、土煙の奥で静かに立っていた。風もなく、気配すら感じさせないその姿は、どこか異質だった。


 「……下、確認してくる」


 不意に、アルケインが呟くように言った。


 フォルが片眉を上げる。


 「おい、どこ行く気だ?」


 「もう一体、崖の下に落ちたはずだ。……トドメを刺しておく」


 その言葉に、空気が一瞬だけ張り詰める。

 あの巨体に追われた記憶は、まだ誰の身体にも鮮烈に残っていた。


 「まだ生きてるかもしれんのに、一人で行くのか……?」


 「犬は嫌いでね。……臭いが残ってる」


 そう言うと、アルケインは軽く肩を回しながら、崖際へと向かっていく。

 斜面の様子も見ず、靴音すら立てず、彼の姿は闇の中へと溶けていった。


 フォルは、思わず口の中で唸る。


 「……やっぱ、只者じゃねぇな」


 シェードは、何も言わずに立ち上がった。

 視線の先には、崖下へと消えた男の背中だけが、記憶に焼き付いていた。


崖の向こうに消えた男が、ほんの数分後、何事もなかったかのように戻ってきた。

 外套の裾に土が跳ね、肩に葉がついている。だが、その歩みには傷一つ見当たらない。


 「……終わった。」


 淡々とした口調で、アルケインはそう言う。まるで散歩の帰りにでも立ち寄ったかのようだった。


 フォルは思わず口を開いた。


 「そんな簡単な話違うぞ、死ぬかもしれんやろ」


 「だから行った。放っておけばまた誰かが喰われたら目覚めが悪い」


 その言葉に、フォルは口を閉じた。

 自分でも、そう言おうとしていたことに気づいていたからだ。


「薬品をシェルターから取ってくる」


シェードはすぐさまアルケインの戻ってきた方向に走り去った。


 しばらくの沈黙のあと、フォルは改めて向き直る。


 「……助かったよ。正直、もうダメかと思った。あんたが居なきゃ全滅だった」


 「そうでもない。運が良かっただけだ。……奴ら、俺の存在に気づいてなかった」


 フォルは一瞬きょとんとしたが、ふと笑みを漏らす。


 「いや……何者なんだ、あんた」


 「アルケイン。名前はそれでいい。アルで構わない」


 「そっか。俺はフォル。……本当に、礼を言いたかった」


 アルは目を逸らすように、肩をひとつすくめた。


 「助けるつもりはなかった。たまたま、近くで野営してただけだ」


 「野営?」


 「この崖の向こうの斜面でな。音がした。人の悲鳴じゃなかったが……気になって、少し登ってみたら、あれだ」


 フォルは唸るように言う。


 「ずいぶん運のいい野営だな……いや、悪いのか?」


 「どちらでもいい。別にお前らを探してたわけじゃない。偶然だ」


 アルケインの言葉に嘘の響きはない。

 むしろそれが、妙な納得を生む。


 フォルは少しだけ視線を落とし、それでも静かに礼を返した。


 「偶然でも構わない。命を救ってくれたのは事実だからな。ありがとな、アル」


応急処置が落ち着き、場の空気がようやく静まりかけたころ。

 フォルはアルケインに声をかけた。


「さっき、“近くで野営してた”って言ってたよな。どこに向かってたんだ?」


「ブリーク・ホールド。補給がてら登録も考えてた」


「そうか……。けど、それにしちゃ、ずいぶん妙な場所に居たもんだ」


 フォルはじっとアルを見た。


「普通に来てたら、ここには通らん。……迷ったのか?」


 アルは懐から一枚の布地図を取り出し、無言で差し出す。

 フォルはそれを受け取り、広げて目を通す。


 ――その地図は、確かに見覚えのある形式だった。冒険者向けの簡易地図だ。だが、細部の配置が微妙に違っている。地形が不自然に歪んでいて、経路も本来あるべき位置から逸れていた。


「……こりゃまた、ずいぶん雑な地図だな。これ使ってたら、そりゃ寄り道もするか」


 フォルは眉をひそめ、自分の地図を取り出して見比べる。


「見てみろ、いろいろズレてる。森の範囲も、拠点の配置も……どうなってるんだ」


 アルは小さく肩をすくめ、ぼやくように呟いた。


「ふざけるなよ、あの門番……。街の入り口でこれを渡された。冗談にしちゃ質が悪い」


 フォルはそれを聞き、顔をしかめながらも、ふっと苦笑した。


「皮肉なもんだ。……俺たち、そいつに感謝しなきゃいけないのかもな」


「ん?」


「その地図がズレてたおかげで、あんたはここに来た。あんたが来たおかげで、俺らは生き残った。……結果論だが、運ってやつは皮肉なもんだ」


 アルはそれ以上何も言わず、視線を逸らすように、少しだけ首を横に振った。


 その時だった。森の奥から、足音と金属の軋む音が聞こえ始める。

 揺れる光と、複数の影がゆっくりと近づいてきた。


 救援隊だ。


低く押し殺した足音と、かすかに揺れる光源が森の奥から近づいてくる。

 それに気づいたフォルは顔を上げた。


 ──救援隊だ。


 八名ほどの集団。その中の1人は鎧は焦げ、布は裂け、剣は欠けていたが、

 修羅場を潜り抜けてきた者の気配が漂っていた。


 その先頭に立つ人物を、フォルは見知っていた。


 やや青みのある白髪、年齢にそぐわぬ整った顔立ち。

 幼さすら残る容貌に反し、その眼差しは騎士のように澄んでいた。


 ──エーラ。

 フォルの記憶にある、滅多に顔を合わせることのないSランク冒険者だ。


 エーラの視線が、崖下の地面に向いた。


 そこには、動かぬまま横たわる巨大な狼の死体。

 その異様な体躯と、青白い毛並み──そして、首の断面から覗く硬質な魔障壁の痕跡。


「……こいつは…どうやってここに…?」


 エーラが小さく息を呑み、足を止めた。

 警戒と驚きが、無言のまま全身に現れる。


 そして彼女は、まっすぐフォルへと歩み寄る。

 疲れ切った面持ちのまま、静かに、深く頭を下げた。


「……申し訳ありません。今回の件、私たちの初動に落ち度がありました」


 その声には、自責と緊張が滲んでいた。

 言い訳は一切ない。

 仲間の損耗、想定外の敵、信号弾の遅れ──全てを背負って、彼女は謝罪した。


 その横には、筋肉質で黒布を纏った治癒師の男が控えており、無言で魔道士の容態を確認し始める。

 他の隊員たちも散開し、周囲の負傷者に駆け寄っていった。


 しばしして、一人の救援隊員が問いかけた。


「赤い信号弾を打ち上げたのは……どなたですか?」


 その場に、沈黙が落ちる。


 誰も手を挙げない。

 全員が顔を伏せ、互いを伺うように視線を交わす。

 その空気に、隊員たちは僅かな緊張を滲ませていた。


 続けて、エーラが問う。


「他にも……生存者は?」


 その言葉に反応したのは、一人の若い戦士だった。

 彼は怯えたように視線を泳がせ、言葉を詰まらせる。


「……すれ違った、連中がいた……でも……気づいたら、全員……」


 彼の震える声に、隊員のひとりが声を荒げた。


「なぜ信号弾を使わなかったんだ!?」


「……撃とうとした。けど……弾が、出なかった。筒は……壊れてたのか……分からない」


 彼の言葉はかすれていた。

 手のひらが震え、何も持てていないことに、本人すら気づいていないようだった。


 そんなやりとりの最中、一人の男が現れる。

 腰に鞄を下げた黒衣の戦士。木の陰から姿を現し、低く告げた。


「……救援隊か。シェルターで使えそうな薬品を拾ってきた。要るならやる」


 ──シェードだった。


 その言葉に、さきほど詰問していた隊員が舌打ちをし、険しい顔でシェードの方へ向かっていった。


しばらくして救援隊の一人が、現場を見渡しながら口を開く。


「……この付近にいた冒険者は、ほとんど死亡が確認されました。複数の遺体が、森の東側で発見され……普段この辺りは危険な魔物は出ないので遅れを取ってしまったんでしょう」


「討伐隊も含め、27名の死者が確認されています」


 言葉を受けて、場に静かな衝撃が走る。

 空気が重たく沈み、誰もが目を伏せる中、若い戦士が膝をついた。

b

 それを聞いた救援隊の一人が苛立ちを露わにしようとしたその時、

 シェードが袋を手に、静かに割って入る。


「支給品が壊れてたって話……後で、見せてもらう。中身も含めて確認する」


 戦士はその言葉に、ゆっくりと頷いた。

 その背中には、疲労と罪悪感、そして助かった者の重みがのしかかっていた。


 そんな彼に、シェードが一歩近づく。


「……さっきは怒鳴って悪かった。名前……聞いてなかったな」


 驚いたように戦士が顔を上げる。少し間を置いて、小さく答えた。


「……ディーン、です。俺……ほんとは、何もできなかった。頭が真っ白で、気づいたら逃げてた」


 シェードは頷き、迷いなく肩に手を置く。


「そうか。なら、生きて伝えろ。街に着いたら、必ず連絡をよこせ。何があってもだ」


「……わかりました。絶対に」


 短いやりとりだったが、

 その言葉の裏には、あの戦場で生き延びた者にしか分からないものがあった。



一行は、森を抜け、舗装のない山道を辿っていた。

 負傷者を抱えながらの進軍は、想像以上に時間を要したが、誰も文句を言う者はいなかった。


 やがて、眼下に広がる黒い壁と、無骨な鉄塔が姿を現す。


 ――ブリーク・ホールド。


 それは要塞都市と呼ぶにふさわしい威容を備えていた。

 荒く積まれた石材に、後から取り付けられた金属補強が網のように張り巡らされ、古びた外壁の各所には、過去の戦火で焼け焦げた痕跡がそのまま残っている。


 50メートル近い城壁の上には、今は使われていないバリスタや砲台の姿。

 無人の見張り台に風が吹き抜け、鈍い金属音が響いた。


 坂を下り、門前へ近づくと、アルケインがぽつりと漏らす。


「ようやく、か……。俺、一週間近く歩いてたんだが?」


 フォルが苦笑しながら応じる。


「いや、普通なら三日もあれば着くはずやぞ……。おかしいやろ、その地図」


 アルは首をかしげながら、懐から例の地図を取り出し地図を回し始める。


 その様子に、シェードもつい笑ってしまいそうになるが、すぐに視線を前へ戻した。


 ふと、後ろから声がかかる。


「君……治療を受けてないって聞いたけど、電撃に直撃したんだろ?」


 振り返ると、そこにはエーラがいた。

 心配そうな表情でシェードを見つめている。


 シェードは一瞬きょとんとしたが、すぐに自分の身体を見下ろして言った。


「あー……あれな。見てみろ、これ」


 そう言ってコートの前を軽く開けると、内側にはところどころ金属繊維の光沢が覗く。


「全身じゃないけど、内側に金属入ってる。あれが分散したんだよ。それに……ネームドの奴。見た目より威力は弱かった」


 エーラはわずかに首を傾げながらも、それ以上は何も言わなかった。

 この都市では、時として常識が通じない。

 彼女もまた、それを理解している一人なのだ。


 街の門がゆっくりと開かれる。

 中から現れたのは、無言で配置につく数人の警備員たち。


 全身を黒一色で覆った彼らは、顔を隠すゴーグルと覆面、

 手には銃器や槍、そして鋭利なナイフを携えていた。


 ──ケイオス・ボーダー。


 この街において、“中立”を維持するために存在する治安組織。

 冒険者でも傭兵でもない。公的な身分のない者たちの管理と、外敵への即応を任務とする連中だ。


 彼らは何も言わず、救援隊に代わって負傷者の運搬を引き継ぎ始めた。

 まるで、感情を持たない機械のような動き。


 フォルはその様子を見て、ぼそりと呟く。


「……いつ見ても、慣れへんな。何者なんや、あいつら」


「中立国家って聞いてたけど……北側の技術も入り込んでるな、あれ」


 隣でアルケインが興味深そうに目を細めた。


 そして、一行は街の内部へと足を踏み入れる。



 その空間は、まさしく“カオス”の一言に尽きた。


 古びた石造りの建物の間に、鉄とガラスの塔が突き刺さるように建ち並び、

 露店の上にはネオンサインが輝き、排気ガスと蒸気が空に舞っていた。


 軒先には油にまみれた機械部品、向かいの通りには獣の剥製、

 路地裏からは甘く焦げたような匂いが漂い、どこかの配線がショートしているのか、火花が時折、空を照らす。


 フォルは苦笑いを浮かべながら、アルに言った。


「……とりあえず、宿、案内したる。絶対この辺歩き回ったら迷子になる」


「すでに一週間迷ってたからな」


 そう返すアルの顔に、疲れたような表情が浮かんだ。


 フォルは地図の入った鞄を軽く叩き、顔を上げる。


「明日、迎えに行く。ギルドへの紹介もそのときにする。それまでは……しっかり休めよ。命、張ってもらったんやからな」


 アルは一言、「……助かる、明日よろしく頼む」とだけ告げ、2人は街の中へと消えていった。


──あとがき──


※本作は一部にAI支援による描写補助を含みます(戦闘描写・用語の検証・構成整理など)。執筆・編集・全体設計は作者本人が責任をもって行っており、AIは補助的な道具として活用されています。






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