第三章 カウントダウン
1節 あと三日
承23:富士語(ふじがたり)
図書館。そこは静謐な空気に満たされる、本好きたちの聖域。互いのために私語を禁じ、ただページをめくる音だけが許される。
しかし。
「きゃははっ! きゃー!!」
「"そこでおじいさんは言いました。『この桃切ってみよう』すると、不思議なことに中から"……」
「その本、つぎ僕が読むんだよ! やめてよ、かえしてー!」
背の低い本棚が、端から端まで壁をつたう室内は図書館に違いない。だというのに、そこにいる子供達は好き好きに本を読み、声を出して笑い、友達とおしゃべりをして見せていた。
ここは福留にある図書館の二階。本を読む子供達のために現世では珍しい『おしゃべりOK』が許されたフロアだった。一般の利用者が使うフロアとはゾーン分けされている。
そこにある本棚はどれも子供のために背が低く、また本を読むための椅子や机も大人が使うには手狭なサイズのものばかりが並ぶ。利用者は小さな子供ばかりで、大人といえば司書が一名、そしてある時間に決まってやってくる男のみだった。
◇◆◇
本を読むための椅子や机が並ぶエリアから少し離れ、他と異なり背の高い(それでも大人ほどの高さの)本棚に囲まれた一角。そこではとある人物を中心に子供達が輪になって床に座る。ちらほらとまだやってくる子もいた。
輪の中心にいるのは、頭にハチマキ、たるんだ腹にはハラマキ、紺色のハッピを羽織った大人の男だった。今やあの世でもこの世でも見かけない格好をした男は、自身の腰ほどある台の上で束ねた何枚もの厚紙を立たせ
彼は、紙芝居師だった。
「さあさ! もうすぐ楽しい紙芝居がはじまるよー! 小さい子も大きい子もみんなみんな見ていってごらん! 今日は一番人気のお話だよー!!」
徐々に集まる子供達。一番前に陣取った子は目を輝かせて台の上の紙芝居を見つめた。
「それじゃあ、おまちかね! 今日のお話『
時間になったのか、集まった子供達を見渡して男が紙芝居を始めた。その語り口は子供に向けたものであったが、次のようなものであった。
————むかしむかし、
富士山の
彼は細々と暮らしていたが
その裏では子供を攫い売り飛ばす人
ある日 村を訪れた美しい娘に心奪われたその男
奴はどうしても娘を手に入れたくて
売り物の飴細工で彼女を惑わせ
娘の正体は富士山を治める一族当主の大事な姫君
しばしばこっそり山を降りて麓に遊びに来ておった
しかし姫君がいなくなったものだから さあ大騒ぎ
一族は摩訶不思議な秘宝を操り
長きに渡り不死身の
しかし姫君の失踪と同じくして秘宝は砕け失われてしまった
二つの宝を突然失ってしまった富士の一族
みるみる力は失われ 不死身の御身は俗世と変わらぬ体に
やがて
富士山の下に
富士を失ったその一族当主 姫君を
そんなある時 富士山がうなり噴火した夢を見た
天啓が舞い降り飴細工売りの男の居場所を突き止める
幼い子供を
「許せぬ!」
富士の当主は男が逃げた島へと出向き
こうして
姫君も富士の一族の元へと戻り 幸せに暮らしましたとさ————
絵に描いたような勧善懲悪に、幼い子供達の歓声が上がる。そんな中、一番前に座っていた少年の手が高くあがった。
「ぼく、富士山のぼったことあるよ! すーっごいおっきくてね! おとうさんはてっぺんまで行ったことがあるんだ!」
小さな彼は頂上までは至らなかったらしいが、自分の父親のことをたいそう自慢してみせた。
「なら、実際の富士山も火山だってことは知ってるかな? 大昔は、本当に噴火したことがあるんだぞ」
「えー! そうなの!?」
その少年は目を丸くしてみせた。うなずく男の言葉に子供達が隣同士で喋り出す。
御伽噺が実在するものに結びつくのは大人も子供も食いつきがいい。この話があるから、物語は盛り上がる。
「富士山、もう噴火しない?」
少年の隣にいたワンピースの少女が怖がった様子で顔を上げた。紙芝居師の男は腕を組み、顎に手をあて天を見た。
「どうだろうなあ。もう何百年と噴火してないが、富士山の火山はまだ生きているって言われている。しかし
その答えに子供達が再び隣を見あって喋り出す。あんな大きな山が、また噴火するかもしれないなんて。そんな声がそこかしこから聞こえてきた。
山は動かない。されど、いつ爆発するかも分からぬものを抱えて今も日本という小さな島国にて鎮座する。
フジヤマが噴火をしないのは、己の意思か、あるいは————。
その真意は誰にも分からない。
——————————
お久しぶりでございます。一週間ぶりとなりますが、プロット調整一発目は主人公たち出てこずとなりました。次話から彼女達も戻ってきます。
一週間いただいたおかげさまで物語をパワーアップしてお送りできそうです。どうぞ、今後ともお付き合いのほどよろしくお願いいたします。
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