パートC (2/3)

『――あぁ、二人とも聞こえるかい? ボクだ、アイズだ』


 突然耳元に聞こえてきた声に須衣は我に返る。

 カレンと共有している第六班の専用回線だ。


 それは二人が無事にメトロリニアへと辿り着き、首都管轄第九班の三人と無事に合流した直後のことだった。


『ルーシアから報告は聞いたよ、アトラナートの破壊に成功したようで何よりだ。少しばかり被害が出てしまったけど、アトラナートがトーキョウに辿り着いていた場合の被害予想を考慮すればこれは些細な問題だろう。何はともあれ、まずは二人ともご苦労様だ』

「L.Iの手配をしてもらえていなかったから、かなりヤバかったかもしれないです」


 須衣は素直に告げる。おそらくルーシアが言っていた保険というのは、当初からこのような事態を想定してのことだったのだろう。

 アイズがその辺りの手配を行ってくれていなければ、今回の任務はもっと厳しいものになっていたかもしれない。


『いや今回は偶然保険が効いたというただそれだけのことだ、あぁ勿論この事態を予め想定した上で準備を整えておいたボクをそんなに褒めたいと言うのなら止めはしないけどね。ただし残念ながらそれよりも先に告げなければならないことがある』


 アイズはわざとらしい咳払いをしてから二人へと言い放つ。


『任務を終えて早々だがキミたちには別の新しい任務に就いて欲しい』

「……今度は何をするの」


 先に反応したのはカレンの方だ。まだ戦闘装束姿のままの彼女がどんな表情を浮かべているのかはわからないが、声は少しばかり不機嫌なようだった。


『その列車内にいるであろう要人を探して欲しい。名はアリッサ・ストラッフェ、詳細なデータは送っていおくから各自確認をしておくように。おそらく既に内部で交戦したとは思うけど、今回の一件にはどうやらカーミラが関わってきているようなんだ』

「確かに交戦しましたが……どうしてカーミラが」

『詳細はまだ不明とだけ言っておこう。だが一つだけ確かなことはそのアリッサという少女が重要な鍵を握っているということだ。何ともしても見つけ出し、速やかにその身柄を確保して欲しい』

「……わかりました。すぐに車両内の捜索を始めます」

『それじゃ後はヨロシクゥ……あぁそれから』


 アイズは通信を終えようとしてから、思い出したように付け足す。


『須衣君、君はいまこの瞬間から振り返るという行為を忘れた方がいい。君が変態というレッテルを貼られ、更には罵られたいという少々特殊な性癖の持ち主であるというのなら、話は別だけどね』

「えぇ……? はぁ」


 アイズの言葉の意図が掴めず、須衣は思わず首を傾げる。そして言葉の真意を知るべく後ろにいるカレンへと尋ねようと無意識に振り返って、言葉を失った。


 戦闘装束を身に着けていたはずのカレンは、その鎧がまるで飴のように溶け出し、その身体から流れ落ちていた。

 その下には本来あるべきはずの衣類は何も無く、とどのつまり――カレンの裸体を須衣は堂々と目撃することとなる。


 慌てて正面を向き直った須衣は言葉に詰まりながら、必死に弁明する。


「ごごご、ごめん……!」

「何が」


 カレンは怒っているのかそうでないのかわからない、いつものトーンで逆に須衣へと尋ねる。


「い、いやほらその……今思わず見てしまったというかなんというか……!」

「……あぁ、そういうこと」

「そういうことだから、ごめん……!」

「別に見たいなら見ればいいのに」

「だからそういう発言はやめた方がいいって何度も言っただろ……!」


 背中を向けたままの須衣を見て、カレンは溶け出した戦闘装束を踏みつけながら正面へと回り込む。


「……ほら、見れば」

「だーかーら、堂々と見せつけるな!」


 即座に向きを変えてカレンを視界から外した須衣の元へ、そのやり取りを遠巻きに眺めていたウィーラが不敵な笑みを浮かべて寄ってくる。


「あらぁ須衣くんえっちなんだぁ」

「違うだろ、カレンが勝手に見せつけて……というか何でもいいから早く服を着ろ」

「須衣くんはぁ着衣えっちの方が好みだったりするのぉ?」

「別にそういう意味じゃない!」


 須衣は首を横に振って否定しながら、ようやくアイズが言っていた意味を理解する。


 カレンが装着している戦闘装束は粒子状の複合金属片を身体の表面に定着させることで形を作る。

 しかし形状を維持していられる時間には限度があり、連続稼働時間は三十分ほどだ。それを過ぎると現在のカレンのように、徐々に戦闘装束が形状を維持することが出来なくなり、やがて溶け出してしまう。


 そして何よりも運が悪かったのが、潜入捜査をする為にカレンがドレスを着ていたということだ。


「……あら、アイズちゃんもしかして、まだ衣類分解の対策してなかったんだね」


 ルーシアの言葉通り、戦闘装束は対策を施した衣類でなければ装着した際に着ている衣類を強制的に分解してしまうという欠点がある。

 普段の任務では専用のインナーとライダースーツを着ていることによって何も問題は生じなかったが、こうして初めて目の当たりにする欠点に、須衣はただひたすらにため息をつくことしか出来ない。


 何よりも問題なのは当人であるカレンが他人に自らの身体を見られることにまったく抵抗を持っていないということ、そしていつまで経ってもサフィニアンサーに入っているはずの予備の衣類を着ようとしないことだった。




 これから新たな任務に向かうというのに、彼らドーラーはあくまでも平常運転である。

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