パートB (3/3)

「おいおいおいおい……冗談じゃないぞ!」


 須衣は悪態をつきながら、目の前の巨大な蜘蛛を前に身構える。


 その巨体は多足歩行でありながらも、メトロリニアと同じかそれ以上の速度で走り続けていた。


 隣に立つカレンは戦闘装束サフィニアを身にまとったまま、一気に頭上へと跳躍すると、ルーシアとサフィニアンサーが待機しているメトロリニアの上へと難なく着地する。

 強風に煽られながら必死にしがみついているルーシアを尻目に、カレンはサフィニアンサーの展開装甲E.W.Hアーマーへと手を伸ばす。


「アンサー、ブレード二本を」

『近接戦闘を挑むおつもりですか? それはあまりにも無謀過ぎます』

「うるさい、出して」


 展開装甲が開き、その中からスライドして現れたのは二本の鋼刃ブレード。

 それを左右の手に持ったカレンは振り返ると、必死に足を動かして接近するアトラナートへと向き直った。

 そして助走をつけてメトロリニアの上から一気に跳んだ。漆黒の鎧が高速で移動する列車から、それを追い掛ける巨大なアームド・フレームへ。


 落下する勢いを乗せて、カレンが構えた鋼刃ブレードの刀身がアトラナートの表面に接触する。

 しかし耳障りな音を立てただけで、アトラナートの装甲は表面の塗装が剥がれた程度の傷しか負っていない。

 弾かれたカレンはそのまま後方へと流されていく中、体勢を整えて鮮やかにアトラナートの頭上へと着地する。

 大量のアラートがカレンの脳内へと直接鳴り響いたのはその瞬間だった。


『多方向からの同時攻撃です、緊急回避を推奨します』


 アンサーの声と同時かそれよりも僅かに早く、カレンは再び宙へと身体を躍らせる。

 直後、先程までカレンが着地していた場所に飛来したのは複数の刃。もう少し行動が遅ければ、その刃によってカレンの四肢は切断されていたことだろう。


『アトラナートの内蔵兵装であるH.N.Cワイヤーブレードです。先端にあるブレード部分だけでなく、ワイヤーにも触れるだけで切断されてしまいます』

「……もっと早くに教えて欲しかった」

『説明するよりも早く駆け出してさえいなければ、予め警告することも出来たのですが。自殺願望でもお有りのようだったもので』


 遅れて解説するアンサーへと苛立たしげに告げたカレンに、皮肉たっぷりな回答が返ってくる。

 バツが悪そうに黙り込んだカレンはそのままアトラナートからも距離を取り、そのまま地面へと叩きつけられる――直前に漆黒の影が彼女の姿を攫った。


 この状況を予期していたサフィニアンサーがルーシアを置いて飛び出し、カレンの身体を乗せて地面へと着地したのだ。

 高速回転するホイールが砂埃を盛大に巻き上げながら、漆黒のバイクがやや遅れてアトラナートの後を追い掛ける。


 一部始終を見守っていた須衣は、アトラナートの巨体を見上げながら思案する。


 おそらくこの戦車型アームド・フレームは並大抵の銃火器では傷をつけることさえかなわないだろう。

 しかし有効打になり得るであろう振動剣やその他近接兵器を用いろうとしたところで、下手に近づけば四本のH.N.Cワイヤーブレードによる洗礼が待ち受けている。


 カレン及びサフィニアンサーが保有する兵装の中で最も高い破壊力を持っているのは、複合金属製の鋼刃ブレードだろう。

 しかし先程の衝突でアトラナートの装甲に傷をつけることは出来ず、その場合はもう既にカレンの兵装はぼぼすべて無力化されているといっても過言ではなかった。


 残された可能性としては、須衣のL.Iであるジャッジメント・モノクローム。

 大型の刃を持つ振動剣ならば通用する可能性は高い。問題は手元にその相棒が無いということなのだが――。


「須衣くん、受け取って!」


 まるで図ったかのように絶妙なタイミングで、頭上からルーシアの声が響く。

 上へと視線を向けた須衣の先にあるのは落下する巨大な白い剣。即ち、ジャッジメント・モノクロームだ。


「サンキュ、ルーシア!」


 もう一人の自分を受け取った須衣は感謝の言葉を述べながら、その柄を握り締める。


「L.I展開――ジャッジメント・モノクローム……モードL!」


 須衣の声に呼応して、ジャッジメント・モノクロームの柄が後方へと一気に伸びる。

 槍のように切っ先を前へ構えてから須衣は、サフィニアンサーに乗ってメトロリニアとアトラナートの後を追い掛けるカレンへと魔導通信を開く。


「カレン、俺がジャッジメント・モノクロームで仕掛ける……援護を頼んだ!」

『……なんでアタシが』

「やれることは全部試すしかないだろ……行くぞ!」


 須衣の言葉と同時にジャッジメント・モノクロームの推進装置が盛大に火を噴く。直後、須衣の身体ごと直進する大剣は弾丸の如く宙を駆け、アトラナートへと正面から接近する。

 アトラナートの左右から射出されたH.N.Cワイヤーブレードに対して、側面推進装置を噴射させ軌道を変更して回避し、再び距離を詰めていく。


 一方カレンもまた、アトラナートの蠢く足に巻き込まれない程度にサフィニアンサーを幅寄せしてから跳躍する。

 鋼刃ブレードを手に差し迫るカレンへと放たれたH.N.Cワイヤーブレードを、カレンは器用に身体に捻りを加えて回転しながらかわしつつ、鋼刃ブレードを横薙ぎに一閃して避けられない一本を弾き飛ばした。


 前方からは須衣、後方からはカレンが武器を構えて肉薄する。

 しかしその直後、アトラナートはその場でくるりと回転しながら全方位にH.N.Cワイヤーブレードを振り回す。


 カレンは身体を守る形で右手に持った鋼刃ブレードを前に構え、同時に左手の鋼刃ブレードを須衣目掛けて投擲した。

 カレンの投げた鋼刃ブレードは須衣へ襲い掛かろうとしていたH.N.Cワイヤーブレードを弾き飛ばした後に、地面を転がって景色の彼方へと消えていく。


 そのおかげで直進することが出来た須衣は推進装置を更に吹かしながら、アトラナート目掛けてジャッジメント・モノクロームを突き出した。


 巨大な振動剣による突撃はアトラナートの強固な装甲を抜き、刀身が半分ほど沈み込む。

 確かな手応えを感じた須衣はそのままアトラナートの装甲の上へと着地すると、ジャッジメント・モノクロームを持つ手に力を込める。

 超振動を発生させる刃が徐々に二層式の複合金属装甲を切り裂き、その表面に線を刻んでいく。


「ハァァァァァ……ッ!」


 雄叫びを上げながら須衣はジャッジメント・モノクロームを持ってその巨体の表面を斬る。

 振動剣の刃が装甲を切り裂く度に激しい火花が散る。

 自らの装甲を切り裂く脅威を排除する為に、アトラナートが再びH.N.Cワイヤーブレードを射出し、須衣へと放つ。


 しかし須衣の背中に着地し、鋼刃ブレードにて斬り払いをして見せたのはカレン。

 四本のH.N.Cワイヤーブレードに対して、まるでダンスを踊るかのような軽やかな動作で対応するカレンはしかし、アトラナートの執拗な攻撃のすべてに対応出来ているわけではなかった。

 カレンの装着する黒い鎧にH.N.Cワイヤーブレードが触れるたびに、その表面を徐々に削ぎ落としていく。


 それでもその場から退かないカレンの不屈の精神が、須衣にとっては何よりも心強い。

 再び力を込められたジャッジメント・モノクロームが、遂にアトラナートの頭部の一部を装甲と共に切り落とす。


 怒り狂ったように何度も跳ねるアトラナートの激しい揺れに振り払われそうになりながら、須衣はジャッジメント・モノクロームを突き立てて必死に堪える。

 しかし鋼刃ブレードでは同じ芸当が出来ないカレンの身体は支えを失い、宙に浮き上がる。

 そしてその隙を逃さずに飛来するH.N.Cワイヤーブレードがカレンへと迫る。


「…………ッ!」


 右手で構えた鋼刃ブレードの一閃が、同時に二本のH.N.Cワイヤーブレードを打ち払う。

 しかし残る二本の刃がカレンの肩口と太腿を切り裂いた。黒い鎧の破片が飛び散る中、カレンの身体が後方へと流れていく。


「カレンッ!」


 須衣がジャッジメント・モノクロームを掴みながら、必死にカレンへと手を伸ばすも、その手は届かずカレンの身体は地面へと強く叩きつけられた。


 高速で移動するメトロリニアと、同速のアトラナート。そこから振り下ろされた時の衝撃は車に跳ね飛ばされた時の比ではない。

 ボールのように跳ねたカレンの身体が宙を舞い、そして再び地面へと激突する。その姿さえ瞬く間に後方へと流れていく。


 完全に仲間の姿を見失った須衣は奥歯を噛み締めながら、ジャッジメント・モノクロームを持つ手に再び力を込める。

 今度はより深く、より奥へと刃を突き刺そうとするものの、装甲の二層目と衝突した刃はそこから先へと進まない。


 その間にも邪魔者を一人排除したH.N.Cワイヤーブレードが、次は須衣目掛けて放たれる。


 突き刺さったジャッジメント・モノクロームを引き抜くには時間が掛かる。

 仮に手を離せば四方から迫り来る刃を避けることが出来るだろうが、その場合は支えを失った須衣の身体がアトラナートから離れ、カレンと同じように地面へと叩きつけられてしまうことだろう。


 悩む猶予さえ与えられず、須衣は自らの身体を餌にしてでもこの巨体の装甲を貫くつもりでジャッジメント・モノクロームの柄を両手で握りしめた。

 そして飛来する刃が須衣の身体を貫く――そのはずだった。


 しかしH.N.Cワイヤーブレードは何処からともなく放たれた銃弾によって撃ち落とされ、須衣のすぐ近くを通り過ぎる。

 突然の事態に振り返った須衣が見たのは、メトロリニアの車両から二挺の銃剣を構えるウィーラの姿だった。


『須衣、そこから離れろ!』


 同時に魔導通信によって聞こえてきたのはナイトの声。ウィーラの後ろから現れた彼女はイオタ・ブレイドを眼前に構えたまま、再び須衣へと通信を行う。


『イオタ・ブレイドでその表面を斬り裂く……!』


 その言葉が意味するものを即座に理解した須衣は、ジャッジメント・モノクロームを持つ手に力を込め、一気に引き抜いた。

 そして車両側へと推進装置を吹かせて最速で飛び移る。ウィーラの隣に着地した須衣は肩で呼吸をしながら、ナイトとウィーラの様子を見守る。


 ナイトが眼前に構えたイオタ・ブレイドがその姿を変え、巨大な棺から柄が露出する。ナイトはその柄を両手で掴むと、頭上に待機しているルーシアへと叫んだ。


「ルーシア、使用許可は出ているな!」

『もちろん! 制限解除、いつでもいけるよ!』


 魔導通信越しに返ってきた答えに満足したナイトが力強く頷くと同時に、イオタ・ブレイドに亀裂が走り、八本の振動刀が内包されたまま棺のような形態から変形を始める。

 鈍い光沢を放ちながら瞬く間に姿を変えたそれは、ジャッジメント・モノクロームさえも超える程の大きな刀身を持つ大型剣へ。


 A級L.Iは単騎が保有し得る最大級の脅威度故に、その使用には制限が設けられる。

 それはナイトの持つイオタ・ブレイドもまた例外ではない。

 しかしその詳細な使用制限はL.Iによって異なり、イオタ・ブレイドの場合は通常運用に関して一切の制限を設けられていない。

 その代わりに、使用許可が降りた際にのみ行使出来る九本目の刀イオタ・ブレイドこそ、ナイトが構えるこの大型剣である。


「ウィーラ、頼む……!」


 ナイトの言葉に隣りにいたウィーラが歩み寄りながら応える。


「はいはぁい、お任せあれ」


 そして両手に持つ二挺の銃剣、リヴァイヴァーを大型剣形態のイオタ・ブレイドへとマガジンのように装填する。

 リヴァイヴァーを内部へ取り込んだイオタ・ブレイドは白い光を放ちながら、その刀身に輝きを灯す。


 制限解除するための最後のキーであるリヴァイヴァーを内包し、完全な姿を取り戻したイオタ・ブレイドを頭上へと掲げたナイトは、眼前でメトロリニアへと乗り移ろうとしているアトラナートを見据える。


 既にメトロリニアとアトラナートの距離はもう無いに等しい。

 アトラナートが跳躍すればその巨体がメトロリニアに飛び乗ることも出来るだろう。だが、アトラナートの上部ハッチが開いて姿を現したのは二門の大口径の銃身、スマートリニアレールガンだった。


『急いで、もう一度被弾したらメトロリニアが脱線して大事故になっちゃう……!』


 ルーシアの切羽詰まった通信に対して、ナイトは目を細めて言葉を返す。


「その前に斬り裂く」


 そして掲げられた光り輝くイオタ・ブレイドが、アトラナートへと振り下ろされた。


裏剣りけん――玖刀きゅうとう……ッ!」


 直後、日が昇っているにも関わらず、その眩しさに視界は消え失せ、世界は静寂に包まれる。


 イオタ・ブレイドの光り輝く刃がアトラナートに触れた瞬間、まるで液体が蒸発するかのように二層式の複合金属装甲が溶ける。

 射出されたH.N.Cワイヤーブレードをすべて一瞬で焼き切ったその一閃は、まるで世界の終わりを示す炎のようだった。


 その光景を須衣が見ていたのは一体どれほどの時間だっただろうか。

 やがて収束された光が刀身の中へと消え去り、世界は本来の明るさを取り戻す。


 聞こえてきたのは金属が軋む耳障りな轟音。メトロリニアに追いつくほどの勢いで追いかけ続けてきたアトラナートはその表面をすべて焼き切られ、内部の骨格が露わとなっていた。

 構えられていたスマートリニアレールガンはその銃身が溶けており、使い物にはならないだろう。


 しかし何よりも驚きなのは、そのような姿になってもなお、アトラナートは動きを止めていないということ。

 足先が溶けてバランスを崩しながらもメトロリニアへと食らいつこうと藻掻くその巨体は、まるで死に際に尋常ならざる生命力を見せつける獣のようであった。


「まだ動くというのか……!」


 棺の形へと戻ったイオタ・ブレイドを手に驚きの声を上げるナイトの前に、須衣が立つ。

 強固であった装甲がナイトによって取り除かれた今ならば、確実にトドメを刺せるチャンスだと踏んだからだ。


 須衣はその場から一気に駆け出すとジャッジメント・モノクロームの推進装置を吹かせて、一気にアトラナートへと詰め寄る。


「これで……ッ!」


 逆さに構えた刃に体重を乗せて、アトラナートの頭部へと勢いよく突き刺した。


 その感触は確かにアトラナートの自律A.Iが格納されている中枢部を貫いており、徐々にその足が動きを鈍らせていく。

 やがてアトラナートは動きを止めると、遂にレールの上に崩れ落ちた。


 動かなくなった鉄塊の上に乗ったまま須衣はジャッジメント・モノクロームを引き抜いてから、思い出したように離れつつあるメトロリニアを視線で追う。


「あっ……やば」


 この距離では残念ながらジャッジメント・モノクロームの推進装置を噴射させて跳んだところで、メトロリニアの速度に追いつくことは出来ない。

 取り残された須衣はため息をつきながらその場にへたり込もうとした――その瞬間だった。


『掴まって』


 突然入った魔導通信の声に須衣は驚きながらも、慌てて振り返る。そこにはレールの上を高速で駆け抜ける漆黒の大型バイクの姿があり、それに搭乗している黒い鎧を着た人物が須衣へと片手を伸ばしていた。


 その手を掴んだ瞬間、須衣の身体がふわりと浮き上がり、その勢いでタンデムシートへと着地する。

 須衣は目の前でバイクを運転する人物、カレンへと安堵の表情を向けて今度こそ盛大なため息をついた。


「まったく……無事で良かったよ」

「……別に、これくらい」

『戦闘装束の良い耐久実験になりました』


 素っ気ない返事をするカレンは無言でサフィニアンサーの腹を足で蹴ってから、更に速度を上げてメトロリニアを追い掛ける。


 戦闘によってボロボロになってしまった最後尾の貨物車両では、首都管轄第九班の三人が須衣とカレンの無事を喜んでくれているようだった。

 ルーシアとウィーラがこちらへと向かって手を振っている姿を見て、須衣もまた手を振り返そうとしてバランスを崩す。


 危うくサフィニアンサーから転げ落ちそうになりながら、須衣はそれでも笑みを浮かべてみせた。




 後にアトラナート襲撃未遂事件と呼ばれることになる今回の一件。


 須衣たちドーラーの潜入捜査によって発生した車両被害は、アームド・フレーム及びアトラナートという凶悪な違法兵器の存在を暴き、トーキョウ及び人類をそれらの脅威から未然に犯罪を防いだという功績によって闇に葬られることとなる。


 しかし残念ながらこの事件の話を終えるのは、些か早計というものだろう。




 何故ならば、まだ事件は終わってなどいないのだから。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る