第9話 盗賊Aチートなレベル上げをする。



 


霧が重く垂れこめていた。昼なのか夜なのか、判別もつかない。

太陽の光は届かず、森全体が青白く沈み、息をするたび肺の奥に冷たい湿気がまとわりつく。

枝が軋む音すらも遠く、まるでこの森そのものが、世界から切り離された“異界”のようだった。


 


ここは【迷いの森】。


人が足を踏み入れれば、森がその形を変える。足音を立てれば木々が道を変え、沈黙すれば風が止まる。

理をねじ曲げ、来訪者を試す“生きた迷宮”。



その場所に俺と――百体のポーンシーフがいた。



黒い群れが、音もなく後をついてくる。同じ姿に同じ大きさ。

丸い体に短い手足、瞳だけが赤く光り、まるで影を具現化したような存在だがその生きた眼は何かを期待してるかのようだ。



「いや、期待してるのは俺だな」


湿った土を踏んでも足音はなく、空気が微かに震えるだけ。

霧の中では、彼らの輪郭すら曖昧で、時に一体が十体に見え、十体がひとつに見えた。


 

俺の予想が当たるのであればこの【世界】でも異例な存在になれる。

それを確かめる為にも俺は試さなければならない。




誰も声を発さない。だが確かに“意志”があった。

俺が立ち止まれば群れも止まり、歩き出せば一斉に動く。

その動きに命令は不要。ただ心の奥にある“共鳴”が、全員を繋げていた。



これは新しく手に入れたスキルの【副次効果】なのだろう。

俺の意思や気持ちを100体のポーンシーフ達に伝わっているのが分かる。

 



 「……行くぞ、クロノ」



 肩に乗る小さな影が短く鳴いた。


 「キー」


その声が響いた瞬間、空気が震え、群れの赤い瞳が一斉に瞬く。

まるでクロノを“心臓”として、群れ全体が脈動を始めたかのようだった。


 


この森は広い。敵の出現位置も、木々の並びも、入るたびに変わる。

かつてはゲームで何度も通った場所だが、今は違う。

視界の隅にミニマップはなく、ステータス画面も開けない。

ここは現実であり、そして――俺の実験場だ。


 



 スキル【群れ共鳴】。



その効果は単純にして、致命的。


“スキル所持者とテイムしたモンスター同士で、得た経験値を共有する”。


ただし、入る経験値はたったの二割。どれほど強敵を倒そうが、報酬は本来の五分の一。

 

……だが、それでも最低値は【1】。だ。つまりどんなに弱い敵でも、確実に成長できる。

そして、俺には百体のポーンシーフがいる。


 


 「数で稼げばいい。理屈は単純だ」


 俺の呟きが霧に溶けた直後、低い唸り声が森の奥から響く。

フォレストウルフ――群れで行動する初級の比較的に弱い魔獣。牙は鋭く、脚力も高いが、単体では脅威にならない。

実験相手としてならちょうどいい実験材料だ。



この場所を選んだ理由は【今は】フォレストウルフしか出没しないダンジョンだからだ。


今後イベントが進んでいくと重要な場所になるが序盤でこの場所に来るプレイヤーはほぼいないだろう。

 




 「囲め」




その一言で、百体のポーンシーフが音もなく散った。

地を這う影のように動き、幹の裏へ、枝の影へ、霧の向こうへ。

音を殺し、気配を消す。まるで森そのものが生き物となり、獲物を飲み込もうとしているようだった。



ウルフたちが気づいたときには、すでに遅い。

影が跳ね、腕が伸び、牙を掴んで地面に叩きつける。

小さな拳が何度も打ち込まれ、悲鳴が霧に吸い込まれた。光が弾け、ウィンドウが開く。



1対1。

‥いや【群れ共鳴】のスキルがなければポーンシーフが何体かやられてもおかしくないが、俺からポーンシーフ達の意思が伝わるのと同時に【ポーンシーフ達】も意思が思考が伝わってるのだろう。



それは数の暴力が更に洗練されてることになる。あっという間にウルフ3体はポーンシーフ達の波に飲まれ絶命されていく。

 


【経験値+3】




【ポーンシーフ Lv.1 → Lv.2】

 


……そして次の瞬間。






 【ポーンシーフ Lv.1 → Lv.2】

 【ポーンシーフ Lv.1 → Lv.2】

 【ポーンシーフ Lv.1 → Lv.2】

 【ポーンシーフ Lv.1 → Lv.2】

 【ポーンシーフ Lv.1 → Lv.2】

 【ポーンシーフ Lv.1 → Lv.2】

.






…まるで鎖のように、群れ全体が一斉に輝いた。その光は霧を透かし、木々の影を白く染める。


 


「……やはり、こうなるか。そうなるとは思ってたが実際に体感すると鳥肌がたつな」



たった3体を倒しただけで俺の配下のポーンシーフ達全てに経験値が行き渡る。



スキルの文面通り――“共鳴”している。



経験が、情報が、意識が、一本の糸のように全員を繋ぐ。


 



「良し、いいぞ。このまま続けろ」


命令と同時に、群れが走り、葉を裂き、空気を揺らし、地を蹴る。

敵の影を見つければ一斉に襲いかかり、牙を捻じ折り、押し倒す。

その動きはもはや“群れ”ではなく“意志の集合体”だった。


 


「キー!」

クロノの声が響きその声に反応するように群れがさらに速く強く脈動している。地面が唸り、風が逆巻く。霧が弾け、森が震える。


 


光、そしてウルフを倒しまた経験値の光が全体に浸透し森の中が昼のように明るくなる。


【経験値+1】


【経験値+1】


【経験値+1】



1体倒すたびに、百体の体が淡く輝く。レベルが上がるたび、動きはさらに滑らかに、精密に変化していく。群れというより、ひとつの巨大な生命体が“最適化”されていくようだった。


 



「……チートだな」


思わず口元が緩むのは仕方ないだろう。これは戦闘スキルじゃない。この世界の“成長法則”そのものを盗むスキルだ。


 


「止まるな。まだ狩れる。どんどん倒せ」



俺の声に全ての黒い配下達は反応し霧が裂け、影が舞う。

フォレストウルフの鳴き声が次々と掻き消え、やがて沈黙に変わる。

レベルアップのウィンドウが幾重にも重なり、光が溢れ出す。


 



【レベルアップ】


【レベルアップ】


【レベルアップ】


森の中に流星群のような光が降り注ぎ、枝葉がその輝きを跳ね返す。静寂の中に響くのは、ただ無数の“成長音”。



この瞬間、世界の法則が――わずかに軋んだような気がした。


 


「これが……群れ共鳴の本質か」


喉の奥が震えた。それは快感ではない。もっと根源的な感覚。“世界が壊れていく音”を、目の前で聞いているような――そんな感覚だった。


 


群れは止まらない。それぞれが互いの呼吸を感じ取り、獲物を逃さず、連鎖していく。理を共有し、成長を共有し、経験を共有する。同じ進化を、同じ速度で。それは生物としての“分業”ではなく、“同化”だった。


 


「アルタイル……」


脳裏にはあの帝王の顔が浮かんだ。


支配と統治で力を得た男。


そして帝王には様々な【コンテンツ】も開放される。


普通に考えればただのモブキャラの盗賊の俺には敵わない相手だろう。






だが、このスキルかあれば話は違う。



誰かを従える力ではない。



この世界のシステムさえも




“世界の構造さえも喰らう”力だ。


 



「お前が王なら……俺は世界の底にある“理”を喰う」



その言葉に反応するかのようにクロノが鋭く鳴いた。

 

「キー!!」




その瞬間、群れが爆ぜた。地が裂け、霧が吹き飛ぶ。百体の影が同時に動き、森の中を黒い津波のように駆け抜ける。フォレストウルフたちが逃げ惑うが、逃げ場はどこにもない。


拳が、爪が、牙が、地面を叩きつける。倒れるたびに光。


光。光。光。



 【経験値+1】

 【経験値+1】

 【経験値+1】


 


森が光に呑まれる。昼と夜の境が消え、風も音も止まる。ただ無数の“成長”が連鎖していく。止まらないし止める必要もない。


 


「これが、俺のやり方だ」



盗賊本来としての感情なのか笑った俺の顔は誰かが見てたら邪悪に映ってしまうだろう。



帝国を築くでも、城を持つでもない。


――俺はこの世界の“法則”そのものを盗む。


 


光の奔流が森を覆い、枝葉の上にまで群れの影が広がる。ポーンシーフたちは息を合わせ、駆け抜けた。その動きはもはや生物のものではない。数百の影が重なり、一つの巨大な存在となる。



 

 ――理を喰らう、世界の群生。その始まりを、俺は確かに見た。




【ポーンシーフのレベルがMAXになりました。進化先を選んでください。】



暫くするとポーンシーフ達はレベル10になり上限になった。





「そうだ。最低ランクのモンスターでも、弱かったとしても【進化】させれば良いだけだ」





俺の最強への次のステージだ。

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