「ありゃ、歪んでるね」

 電子音が加熱終了を告げると、只野がオーブンを覗き込む。並べられた型の幾つかが均等に膨らまずに片側だけが膨らみ型からはみ出していた。

「恥ずかしいから、これは私たちで食べましょうか」

 鶫が鍋つかみを使って角皿を取り出す。ご皿を食器棚から取り出してきた樹莱も、

「そうね、多分味は一緒だよね。多めに作ったし、頂いちゃいましょう」

 と同意した。ただ一人みむろだけは、自分の失敗でこうなったのでは、と気が気でなかった。明らかに他の二人より家事スキルが低い。それでも気を取り直し歪な形のフォンダンショコラをナイフで切るとフォークで口に運ぶ。

「!」

 三人とも美味しさに声が出ない。流石、橋部家で購入した高級チョコレートの味だ。もちろん只野の指導のもと丁寧に生地を混ぜた結果でもある。

「まあまあだね。それじゃあお茶を入れて持っていこうかね」

 只野はカートに急須と湯呑み、そして人数分のフォンダンショコラをのせると応接室に向かう。腰の悪い只野はカートを押したほうが楽なようだ、鶫がカートを押そうか、と言ったが断られた。せめて配膳は、と鶫は只野に同行する。

「鶫さん。ここ片付けてから合流するね、こびりついたら後が大変だし」

 樹莱が腕まくりをしてボウルをシンクに運ぶと、

「私も……」

 みむろも溶けたチョコレートのついた角皿をシンクに運ぶ。

「シートの切り方が、悪かったのかな?」

 角皿にポツポツと等間隔についたチョコレートをみむろがシリコンのスクレーパーでこそぐ。樹莱の機転が良かったのか簡単にペリペリとチョコレートは剥がれ落ちた。

「ありがと。館林さんは良い人そうだ。一成は女運が悪くて、まあ女ぐ……」

 樹莱は女癖もと言いかけて留まった。何とか、

「みむろ、名前で良い。昔の一成さんの事は聞いてる……から、大丈夫」

 いつまで続けたらいいのだろうか、一成の恋人役を、しかし乗りかかった船だ、ここで嘘です帰ります。では後々後悔しそうだ。

「じゃあ、みむろちゃん」

 樹莱が言い換えるとみむろはうんうんと頷く。

「後はオーブンの中を掃除しとくからみむろちゃんは先に行って、すぐ終わるから。みむろちゃんは事件が無かったら主役でしょ、いつまでも席を開けていたら一成が振られたのかと思って周りが気を使って変な空気になるし……」

 そう言うと樹莱はオーブンレンジで水を温める。中の汚れをふやかすためだ。

「それじゃ、先行くね」

 みむろは身につけていたエプロンをたたむと応接室に向かったのだった。

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