「考えておきます……ただ」

 即座に拒否出来ない。一成からしても魅力的な提案だった。

「そう……この殺人事件が解決してからだ……クソッ」

 啄巳が癖なのかポケットから煙草を取り出し周りを見て止めた。温和そうな啄巳でもニコチン切れは苛立つのだろう。

「姉さんや一成が殺したとまでは思わないが、何らかの関与があればそんな橋部の未来像は崩れる。父さんなら自殺に偽装してでも事件を隠蔽いんぺいしようとしただろうが、凶器が無かったのだろう、現場に……となれば自殺の線は無理筋だからな」

 啄巳はお手上げだ、とてのひらを上に向けた。

「犯人の件なのですが……」

 一成は今朝方、沈下橋ちんかきょうが通行出来なかった事、かずら橋付近に足跡が無かった事、凶器の拳銃が橋の向こう側で発見された事、この三点を皆に伝える。続けて、

「里の住人でかつ、今、里にいない人物が犯人です……」

 と断言した。

「それは確認させよう。南部!!」

 啄巳は秘書らしき人物を呼びつけ指示を出す。この暑さなのにタイドアップしているが汗一つかいていない。呼ばれた男、南部正一郎なんぶしょういちろうは里をエリアで分割して、部下をエリアごとに派遣し住人の調査を指示した。

「一成、こんなふうに上に立てば今まで出来なかった事が簡単に出来るようになる。俺も一成の会長就任には賛成なんだ。出来の悪い俺でも社長が出来るんだから心配はいらん」

 これは啄巳の言葉だ。 

「しかし……そうなると爺さんを殺す動機を持つ人がいないな……」

 一成が漏らすと、一同がうなずくなかで、

「あら、いるじゃないのそこに」 

 茅夜がみむろを指差す。指差されたみむろは自分を指差し怪訝な表情をした。

「父に呼び出されたんでしょう、それで一成との交際を反対されて……父は家柄とかに煩いから……それで」

 茅夜の言葉に一成が反論しようとしたが、それを遮りみむろが口を開いた。

「私が御屋敷に入ってから、誰も拳銃の音を誰も聞いていない、はず。それに……」

「それに、なに?」

「私じゃ拳銃を里の外に持ち出せないし、彼の親族に会うために事前に拳銃を用意しておくのはおかしい」

「そうだぞ、茅夜さん。それに彼女を連れてこいと言ったのは爺さんなんだ。彼女、館林さんは実は高名な学者の一人娘で、それを聞いた爺さんが面白いから連れて来いって言うから無理言ってスケジュール合わせたんだぞ」

 一成が事情を説明すると、聡い茅夜はみむろの身の上を察した。

「館林ってあの館林博士の?へぇそれなら納得。父は学歴コンプな所があったからね、それで私達も学校に行かせて貰っているのだから感謝してるのだけど……」

「姉さん、館林博士ってそんなに凄い人なのかい?」

 啄巳が話に入っていけずに思わず質問する。

「館林博士は物理学、応用分野の第一人者で特に新素材の開発に成果を出されているのよ。つまり私からすれば是非ともお近づきになりたい人物なわけ」

 茅夜の熱弁に皆の視線がみむろに集まった。

 

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