橋部屋敷の鸞蔵の部屋は、本来は茶室として設計された部屋だ。四畳半の茶室と三畳の水屋これに床の間と収納が加わる。これを鸞蔵が寝室と応接室として利用していた。

 鸞蔵は茶室側の畳に仰向けで倒れている。右のこめかみには銃創があり額には血液が付着していた。

 直前まで食べていたのだろうか、脚のついたお膳が倒れ香の物が畳の上にぶち撒けられていた。

「嘘だろ、爺さん」

 慌てて駆け寄ろうとする一成。だがみむろに腕を引かれ思い留まる。

「どうした、怖いのか」

「違う、違わないけど、まだ犯人がいるかも」

 みむろを気遣う一成に、奥の茶道口を指さすみむろ。中に犯人がいる場合、狭い茶室に入れば銃の的になる。

「そうか!!あの奥は爺さんが寝室として使っている部屋だ。でも……」

 顔色はそれほど悪く感じない、撃たれてからそれ程時間は経っていないはず。助かる可能性が僅かにもあるのなら……。

「即死だから……先に……ゴメン」

 みむろは助からないから先に110番をするように言おうとして止めた。遺族の一成に言うべき言葉ではない。それはみむろにも分かっていた。でも思わず口に出してしまった……最悪だ。

 一成は何も言わずうなずく。明らかに銃創は脳を貫通していた。悲壮感のある表情だが、状況は理解出来た。

「110番、するから、瀬尾さんを」

 みむろは電話を取り出しディスプレイをタッチする。その間、一成は室内の扉と水屋から廊下に繋がる木戸を警戒しながら、瀬尾に連絡する。

 山間の里だ。警察の到着までは時間がかかる様だ。しかも沈下橋ちんかきょうは水の中、車両で里へは入れない。みむろはため息をついた。

 反対に瀬尾はすぐに到着した。驚く瀬尾に一成は水屋内の捜索を命じる。急に襲いかかられては敵わない。一成が全体を見渡し、廊下側から木戸を開く。瀬尾が特殊警棒を取り出すと押入れと死角になっている床の間を捜索する。みむろが遅れて茶道口から水屋に入った。

「危険ですよ、館林様」

 茶道口の木戸を開けたところで瀬尾に睨まれた。

「あ、すいません。犯人と思ってこれを振り下ろしそうになったもので……」

 瀬尾が伸ばされた特殊警棒を見せる。

「ごめんなさい。犯人がいたら足手まといになのに……」

 みむろば体を小さくして謝る。瀬尾は謝罪までは、と首を振る。

「誰もいませんね。直ちに沈下橋ちんかきょうとかずら橋を封鎖させます」

 瀬尾は慣れた様子で部下に指示を出す。会長の死などに慣れているはずも無いが、今の暫定ざんていの後継者は一成だ。動揺している暇は無い。

「追加で、かずら橋に警察が来るはずだ。搬送用のヴァンを一台用意しろ」

 日々の教育なのか、一成もすぐに後継者としての 役目を果たす、これが帝王学と言うものなのか。

 しかし、かずら橋へ派遣した警備員から一成の心を打ち砕く一報が届いた。

『かずら橋のメインケーブルが切られ、さな木多数が落下。通行不可です』

 瀬尾を通じて伝えられた一報に橋部屋敷の皆は頭を抱えたのだった。

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