第6話 探索開始

「アーメン、南無阿弥陀仏、レストインピース。君がどんな宗教観かは知らないが、天国なり浄土なりで幸せになることを祈る」


 魚人の死体があった・・・場所に向け加賀美さんは合掌している。

 それから少ししてこちらに向き直った。


「ふぅ……一応聞きたいのだが、生き物を殺したら祟られるとかそういうルールはないんだよな?」

「ないですね、安心してください」


 彼女はお墓代わりの砂山の前から立ち上がる。もう憂いはなさそうだ。

 事前の分析で分かっていたけど、やはり切り替えの早い性格らしいね。


「それで、そろそろ説明してくれないか? この場所……それにあの【反】は何なんだ!?」

「分かりました」


 それから僕は大まかな事情を話した。

 故あって〔アステロン〕の力を継いだことや、異世界の破片が地球に迫っていること。このままでは人類が滅びることなどを掻い摘んで。


「そういう訳で、現在の人類の中で最も高い資質値を持つ加賀美さんに協力してもらいたいんです。お願いできますか?」

「もちろんだとも! 私の力が役に立つのなら全霊を尽くそう!」

「そ、それは良かったよ」


 いやにテンション高いな……。

 あと、一応協力関係も築けたし、口調も自然体で行こうかな。


「それで、ここが異世界の破片だというのは分かったが何をすれば出られるんだ? どこかに出口があるのか?」

「あー、それがね、普通は入ってきた場所から出られるようになってるんだけど、今回は特殊なんだよね」


 神様の居た破片はちょっと特殊だけど、普通の破片の場合はあの黒い亀裂を介して出入りできる。

 但しこの破片はまだ地球に落ちてない。僕の〔司統概念アリティア〕で無理やり侵入したからね。


 従って、出口となる亀裂も生まれていないのだ。


「帰るだけなら僕がまた〔司統概念アリティア〕を使えばいいんだけど……どうせならついでにコアモンスターを倒しとこうか」

「コアモンスター?」

「うん。この空間は異世界の破片だって話したけど、本来なら中核から分離した時点で空間は崩壊するものなんだよ。それを繋ぎ止める楔の役割を果たしているのがコアモンスター。破片から生命力と【魔力】を供給されてるし、その辺を徘徊している通常モンスターより一回りは強いよ」

「そいつを倒せば破片は消える訳だな」


 なるほどなるほどと首を縦に振る加賀美さん。


「そう、コアモンスターを倒せばこの破片は自然消滅するから、地上に落ちて一般人が迷い込む心配はなくなる」

「了解した。そんな事態は絶対に防がないとな」

「そうなんだけど、その、調子とか大丈夫? 初めての戦闘で肉体的……は無いにしても、精神的な疲れがあったりは」


 意気込む彼女にお伺いを立てる。

 数値でメンタルに支障がないのは分かっているけど見落としがあるかもしれないし、それに生き物モンスターを殺すことへの抵抗はどうなのかも考えを聞いておきたかった。


「さっき手を合わせてたのを気遣ってくれているのかい? 嬉しいね。でも本当に平気なんだ。命を奪ったのは申し訳ないと思っているが、放置すれば世界が危険に晒されるんだろう。そうと分かれば倒すのにも……殺すのにも拒否感はない」


 先に襲って来たのもあっちだからなと付け加え、肩を竦めて見せる加賀美さん。

 破片の説明をした時に見せたようなテンションの高さはないけど、気負いもなさそうだ。


「分かったよ。だったらこのまま続行……ああいや、その前に【魔力】を回復しとこうか」

「【魔力】? そういえばなんだか疲れた感じはするが……」

「それが【魔力】だね。〔アルケー〕から生み出される、階梯能力とかを使うためのリソース。慣れて来れば残量がどのくらいかとかも直感的に分かるようになるよ」


 興味深そうに手をグーパーさせている。

 【魔力】の感覚を掴もうとしているみたいだったけど、途中で切り上げて訊ねて来た。


「【魔力】はどうやって回復させるんだ?」

「〔司統概念アリティア〕を使えば方法は色々あるけど、せっかく道具があるしコレ・・を使おう」


 そう言って差し出したのはビー玉のような透き通った小石。

 魚人の死体が消散した後に残っていた物だ。


「さっき拾っていたがそれは何なんだい? 砂浜に落ちているガラス玉、という訳ではないんだろう」

「この石はモンスターの〔アルケー〕の一部が結晶化した物で、名前は……なんにしようかな?」

「は? 名前ないのか?」

「そりゃあそうだよ。こんな物体、地球にはないんだから。僕らが発見者だし命名権もあるよ」


 ちなみにモンスターとかコアモンスターとかの単語も僕が即席で思い浮かべた名称を当てはめているだけだ。

 異世界で何と呼ばれていたのかは本体〔神〕が破片の解析を始めるまで分からない。先代との話し合いも大詰めなのでそれまでの辛抱だね。


「そういう訳なんで何かいい感じの名前ない?」

「急に言われても困るが……美しい石なのだからジュエルとかでいいんじゃないか?」

「あ、この石、【魔力】の塊でもあるからそういう特徴も踏まえて欲しい」

「そういうのは先に言いたまえ。ふむ、【魔力】……マジックパワー? マジックパワーストーン? ……いやそれなら普通にパワーストーンで……駄目か、紛らわしいな」


 しばし悩んでいた加賀美さんがパンと手を打った。


「いやいや、英語を使おうとするからややこしくなるんだ。ここは普通に【魔力】の石……魔石でいいんじゃないか」

「おー、分かりやすいね。それでいこう」


 透明な小石改め魔石を親指で弾く。

 放物線を描いた魔石が加賀美さんにキャッチされるのを見届け、使い方を教える。


「〔録〕プラス〔電脳〕──ノウレッジインプット」

「うおぁぁっ、なんだ!? 何か頭の中に入って来たっ!?」


 情報を直接記憶に刷り込む技を使った。

 魔石から【魔力】を取り出すには高度な【魔力】操作の技術と知識が要るけど、これなら瞬時かつ確実に【魔力】操作を習熟できる。


「どうかな、きちんと【魔力】は動かせる?」

「……まあ、やり方は理解した」


 魔石の【魔力】を解きほぐし、吸収していく加賀美さん。どうやらノウレッジインプットは問題なく機能したらしい。

 我ながらスマートなやり方だったな、と自賛するものの……彼女の反応は芳しくなかった。


「なあ、いきなり頭に情報入れるのはよしてくれないか」

「? 何か支障があったかな?」

「支障と言うか……シンプルに嫌だろう。頭の中を弄くり回されるのは。悪寒を覚える」


 言われてハッとする。言われるまでもないような当たり前の心理を、僕はすっかり忘れていた。


「すみません、配慮に欠けてたよ。〔アステロン〕になったせいかどうにも思考がズレがちで」

「ああいや、私も然程気にしている訳じゃない。悪影響はないのだろう? それに【魔力】操作ほど複雑な技術は刷り込みでないと短期習得できない、という理屈も分かる。ただ今度からは一声かけて欲しいというだけであ」

「気を付けるよ……」


 そんな一悶着を挟みつつ、加賀美さんが空気を変えるように島に広がる林を眺めて言った。


「さあ、それじゃあ行こうかッ、この島のどこかに眠るコアモンスターは探しに!」

「いえ逆です。コアモンスターが居るのは島じゃなくて海中ですよ」


 魚人のやって来た方を指さし、僕はそう返したのだった。



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