第3話 思い出

周りの音は消え自分たちの世界になったかのように彼らは語り合っていた。彼らの時間はあっという間に夜が更けていた。ルイは、疲れ果て机に顔を伏せたまま寝ていた。


ルイは、目を覚ますと頭に柔らかい感覚があり、見上げると明らかな突っ張りと少々覗かせるティーニアの顔があった。ティーニアは、ルイの目覚めに気づくとルイの顔を覗き込みー《ニコ》という表情を見せた。

ルイは、彼女の笑顔に照れたのか、この状況に照れてのものか、慌てて起き上がり彼女から距離をとった。


「・・・」

互いに顔を見合わせ、少々空虚な時間が過ぎた。


「笑(はは)笑(はは)・・」

互いに笑い合い心が通じた気がした。


ティーニアはルイの元に行き、彼の正面に正座で座った。彼女の眼差しは先ほどよりもずっと濃く深くこちらを見つめていた。


「私は、ルイ君を本当に大切に思っているの。君のお母さんから毎日君のことを聞いていたし、小さい頃の君に会ったこともあるんだよ。」


「それでなんだけど、もしよかったら私と家族にならない?」


幾刻の時が刻まれていったのかはルイには分からなかった。彼は、自分の気持ちを整理して深く深く考えた。


ルイは、低くか細い声を出し切りゆっくりと頷きながら答えた。


「うん」


なんで私こんなに涙もろいんだろう。ティーニアの目から涙が溢れていた。

ルイは、その場でティーニアを抱きしめた。ルイはやっと頼れる存在ができたらか、彼女の優しさにもっと触れたくなったからか、それともその両方か・・

そのルイの気持ちに応えるように、ティーニアもそのままルイを優しく抱きしめた。そのまま二人はやさしく触れ合った。



― グー。

ルイは、お腹なってしまった。


「ルイ君朝食いる?」


「うん」


「今朝食を作るから待ってて」

そう言うとティーニアは、異空間から調理道具を一式取り出した。さらに、見たことのない食材ばかりを取り出し始めた。


ルイは、その中でも目を引くものがあった。それは、山奥の川にいる沢蟹と少し似た、大きな蟹だった。昔沢蟹を食べたときは、泥臭くて身がなくあまりおいしいと言えたものではなかった。この蟹のサイズは何十倍もあり少し試してみたいという興味が勝った。


「蟹が食べたいの?」

ルイが蟹を凝視していたところをティーニアに見られてしまった。


「準備出来たよ」

ティーニアは食事の支度を全て行ってくれた。ただ、そこには、沸騰させた鍋と蟹しかなかった。


「これで準備できたの?」


「このまま蟹を茹でて、食べるものなんだ。」


ルイはそんな料理は食べたことがなかった。蟹の身をサッと茹で上げ、つけ汁に着けて食べる。この感情はルイが初めて味わったものだった。

「美味しい」

ぷりっぷりで柔らかい。完璧に仕上がっている料理にルイは昇天してしまった。


ティーニアは、料理をほとんど食べず終始こちらを見るやニコニコした表情を浮かべていた。


食事を終えるとティーニアが一つの提案をした。

「ルイ君、お母さんのお墓を作ろうか」


考えてみれば、母の墓を作ってはいなかった。どこかで、まだ生きているという事を信じたかったのかもしれない。

ルイは、ティーニアに言われそろそろお墓を作ろうと思った。


「この地区は余り治安がよさそうではないから他の場所でいい場所ある?」


「近くの森だったらお墓を立てても大丈夫かも。」


「じゃあ森に行こうか。」


ルイとティーニアは、食事をとり終わった後歩いて森に向かった。

その森は、神秘的でどこか精神を洗われるような場所だった。

ここに、立派な墓を建てたかったが墓荒らしに会うかもしれないので、石でできた簡素なお墓を作った。

ティーニアは、母の形見である服を実家から持ってきてくれており、副葬品としてお墓に飾ることとした。


「僕、神の地へ行っても頑張るから、お母さん見ていて」


ルイは、お母さんに向け思いを述べた。

数時間が経っただろうか。ルイは、いろいろの思いを語ることが出来た。

ルイは、「また来るね。」一言残し、お墓を後にした。



再び家に戻りこの家を後にする準備を整えた。

この家のルイの荷物はそこまで多くなく、あっと言う間にいつのバッグに収納し終わった。


あっと言う間に支度は終わり、この家は実母の残りを感じられるだけになっていた。


「お母さん準備できた。」


「う、ん・・」


ティーニアは母という言葉がよほどうれしかったのか、ルイにも聞こえぬ声で返事をしてしまった。


「そしたら・・そろそろ出発しようか。」


ルイは家を出る前に母の写真を大事そうに手に取った。「今までありがとう」と写真に声をかけ、母の写真とともに家を出た。


ルイとティーニアは家に振り返り、一礼をした。ルイの頭が深々と下がっていたのは言うまでもない。一、二分を刻みルイは頭を下げたままだった。ルイの足元は少し涙でぬれていた。


《新天地》

ティーニアは、魔法陣を展開した。地面には不思議な模様(円の中に星形と文字)が現れ、周囲は膨大な魔力で時空の歪みが発生した。


「ルイ君行くよ!」


ティーニアはルイの手を取り、魔法陣の中へ誘い込んだ。ルイは最後のあいさつに一礼をした。


「転移」ティーニアが魔法を発動すると、体が徐々に消えていき、気が付くと見知らぬ地へと踏み込んだ。


転移時間は一瞬で、場所を想像する余地もなく転移完了した。新たな場所の感動すら起こせないくらい一瞬の出来事だった。ルイはあたりを見渡すと見慣れない場所にいた。全面が神々しく光り、至る所にステンドガラスがある。光の差し込み加減で、床に魔法陣を描き題していた。間違いなく神殿や貴族の屋敷など厳かな場所で、ルイは少し委縮してしまった。


ルイが呆気にとられている内に従者らしき人たちがゾロゾロと現れた。


「お待ちしておりました。ティーニア様」


「ただいま。ルイ君連れてきたよー」


「ルイ様も長旅ご苦労様でした。」


一瞬の転移でここまで来たわけだが、旅の気苦労もなく疲れることも何もなかった。

ルイは、「様」付けで呼ばれたことがなかったため、慣れない雰囲気にむず痒い気がした。


「今日から、よろしくお願いします。」


ルイは、最初の挨拶が重要と母に教えられていたため、声を大にして挨拶した。


一瞬の静寂の時が流れ、クスクスと笑い声が至る所から聞こえてきた。彼らは笑いながら「よろしく」と応えてくれたが少し悪意がこもっていた。特に、ティーニアに関しては笑いをこらえられずにいた。


ルイは、何故だか凄く馬鹿にされた感じがあった。


「ルイ君・・あのね・・ここにいる人たちは、あくまでこの国の入国を管理してる人たちだよ。」

「まだこれから移動するよ。」


「・・・」


「え?」


ルイは赤面して、他の者の顔が見れなく、俯いてしまった。

そんなルイの様子を可愛く思ったのか、ティーニアはルイの頭を優しく撫でた。


「ルイ君、今から君の神の地への入国許可書を作るから、その間に私は使用を終らせてくるよ。」


そう言うと、ティーニアは転移魔法であっという間に姿を消してしまった。



「ルイ様こちらへ」

従業員によってこの建物の他の場所とは少々雰囲気が異なる場所に案内された。どこか病室のような雰囲気を醸し出す真っ白な部屋に、巨大な装置が複数置かれていた。


「ルイ様、これから行う神の国への入国検査には、続柄の登録。魔力の検査。血統の登録。犯罪歴の確認。など複数の検査項目があります。」


「ルイ様は、ティーニア様のご子息さんということで、魔力の検査と血統の登録だけを行っていただきます。」


ルイは、 検査内容が減ってくれることは有難かったが、なぜ入国検査という大事な状況でティーニアの息子が優遇されるのかは分からなかった。それほどまでにティーニアが大物という事をこの時はまだ知らなかった。


特に、犯罪歴の検査をされなくて安堵していた。ルイは、実母を亡くし養母であるティーニアが迎えに来るまで頼れる者は居なかった。そのため、実母が亡くなってからティーニアと出会うまでの半年は、食料もなく痩せこけ毎日生きていくことが精一杯だった。

基本的には森に入り食料を得ていたのだが、中々食料が取れない日は、魔法を使い露店の商品を盗むこともあったのだ。彼は、その行為に後ろめたさは感じていたが、自分の空腹とは比べられなかった。


ルイが検査室に入る事1時間ですべての検査が終了した。結果は、その場で伝えられた。


「ルイ様、検査結果は魔力値〇、血統登録も無事終了しました。」


「特に、ルイ様の魔力値はここでは計測できないほどでした。流石ティーニア様のご子息ですね。」


魔力値の検査は、神の国は魔力が溢れているため「魔力適正がない者」「魔力の容量が少ない者」にとって魔力の飽和状態となってしまう。魔力飽和になると生活することが困難になってしまい、いつも頭痛で悩まされるような感覚に陥る。そして、最悪の場合死に至る可能性もある。


血統の登録は、魔法の登録をしておくことでデータを残すような仕組みになっている。登録してある血統の種類かどうかを判別する仕組みになっている。高位の魔法士は転移魔法を使用しこの国に侵入することが容易である。そのため、機械的に不法侵入者かどうかの判断をしている。魔法はDNA同様に独自性の性質が含まれる。そのため、魔法使用で違法入国をした場合、登録外の魔法士が魔法を使った場合に居場所を突き止めることができる仕組みだ。


魔法は、実母である美桜に教えてもらっていた。その甲斐があり、適正で良い結果が出た。これでやっと神の国へ踏み入れる資格を得られた。


「これで神の国への入国手続きが終了しました。」


そう、担当員から告げられ検査室を後にした。


ルイが検査室から出るとティーニアは検査室の前のソファーに座っていた。

彼女はうれしそうな表情を浮かべていた。


「聞いたよ。これで神の国へ入れるね」


「もう入国できるの?」


「転移魔法を使えばすぐに行けるよ。」


「でも、もしよかったらこの地を案内したいんだけど。」

養母の優しさにルイはどうするか至極悩んだ。行きたいのは山々だが、家に帰って落ち着きたいという部分が勝ってしまった。

「さすがに疲れたから・・」


「・・・」

ティーニアは浮かない顔をして、何か忘れていることがありそうな様子だった。


ルイ君連れて帰る?家には帰れない?ティーニアは何かブツクサ独り言を言っていた。


「あ、思い出した。買い物をしなきゃ。」


ルイは怪訝な面持ちでティーニアを凝視していた。


「ごめんね~。今日から山の中で暮らすことになるから、いろいろ揃えておきたくてね。」


「引っ越すの?」


「君の管理は普通の街中では出来ないから。」


ルイは、危機管理されるぐらい何か危険な存在なのかと不安に陥った。


「僕は何か危険なの?」


養母は穏やかな様子で、首を横に振りながら答えた。


「安心して・・これから鍛えれば大丈夫だから。」


ルイは少し安心した様子で、緊張していた心が落ち着いた。

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