第25話 魔法への渇望
宛がわれた部屋でフィルは朝を迎え、そして夕方まで放っておかれた。身体から流れ出てしまった魔力が回復するまでは、動かない方がいいと騎士に寝台へと無理矢理入れられて。
なぜか虚脱感と比例するかのように魔法への渇望が湧きあがってくる。今まで押し殺していた感情の箍が外れてしまったかのようで恐ろしいほどに。
紅蓮とノアールはどうしただろうか。
そしてあの少年達は。
「あの」
身体を横向きにして半身を起き上がらせると、部屋のテーブルで書き物をしていた騎士が顔を上げた。視線だけで「なんだ?」と問いながら、男の手は紙の上をするすると動き文字を書き記す。
「いつまでこうしていればいいんですか?」
正直精神は昂ぶっていて眠気など一向に訪れない。眠くないのに寝台に縛りつけられれば、誰でも文句のひとつでもいいたくなるだろう。
騎士がしげしげとフィルの様子を眺めて漸く手を止めると筆を置く。そして立ち上がり扉に近づき、細く開けた向こうにいる別の騎士になにごとか告げ戻ってくる。
「若いから回復も早いんだな」
「早い、これで?」
騎士の詰所へと移動したのは深夜を少し過ぎた頃。そしてすぐに部屋へと連れて行かれ、じっとしていろと強要され今に至る。睡眠をとってはいないが、ただ横たわること半日以上。とても早いとは言い難い気がする。
かなりの苦痛を強いられたが、お陰で回復はしたらしい。
寝台から足を下して腕を曲げたり伸ばしたりして確かめた後、肩と首を回してから力を入れて立ち上がってみる。
「うわっ」
膝に力が入りきれてなかったのかよろめいて、またしても寝台に逆戻りしてしまう。首を捻って指を握り込んでから緩める、を繰り返すと見逃してしまいそうな違和感に眉を寄せた。
今まで普通に感じていた感覚と微妙に違う気がする。
自分の身体の範囲が思っていた物とずれていて、その修正ができないような――。
「髭の切れた猫だな」
「え?」
顔を上げると騎士が苦笑する。
「髭を切られた猫は自分の幅を認識できずに、通れない隙間でも通ろうとする。今のお前の状態もそれと似ている」
「うわ!なにをっ」
突然頭部を両手でぎゅうっと握られ、その痛みで目の奥がチカチカと明滅する。その手が肩を掴み、次いで胸を拳で叩かれた。
「暴走して精神と肉体の境界を超えたんだ。戻ったとはいえ、肉体と精神のズレはそう簡単に元通りにはならない」
特にお前の魔力は多いので、それを身体の中に留めておくには細心の注意を払わなければ容易にまた境界を超えるだろうという言葉をぼんやりと受け止める。
あの心地良さを知ってしまったら、それもいいかもしれないと思ってしまう。目の前の騎士は黒いマントを纏っているので、魔法を扱う騎士だと解る。
彼もあの世界を知っているのだろうか。
「しっかりしろ。自分の力だ。上手く制御できなければ、公爵様にその力封じられることになるぞ」
「え?封じられるんですか」
「その可能性は高い」
危険だと見做されればフィルの魔力は封じられ、永遠に魔法と縁を切ることになる。それを望んでいたはずなのに、今はその事を惜しむ自分がいる。
ようやく学びたいと思えるようになったのに。
「言葉の通じない方ではない。お前が制御できると示し、仇なす者ではないと証を立てられればあるいは」
制御。
「どうやって」
普通の量の制御ならばできる。だが今やフィルの魔力は自分の手に余る物で、それを制御できると公言できる自信など微塵も無い。
「お前の力だ。できると信じれば可能なはず」
「でき」
「言葉には力がある。その言葉の後に否定の意思を続けるつもりならば止せ」
遮られた言葉を予測されフィルはぐっと飲み込んだ。真摯な瞳に見下ろされて、叩かれた胸の痛みが蘇ってくる。
そっとそこに触れ、確かに感じる鼓動の力強さに励まされた。
ぼくは生きている――。
学園長が処分すると断じた時、ようやく解放されるのだと歓喜した。己の罪を認められ、そして処断されることを望んでいたのだ。
ずっと。
それなのに紅蓮とノアールが戻ってこいと伸ばしてくれた手を、フィルはまた別の喜びに心を震わせて掴んだ。
お前らしく足掻いて生きればいい。
価値を他者に決められる人生などくだらないと、あの熱く青い瞳が叱咤してくれたからこそここでこうして息をしている。
「ぼくは……まだ魔法を捨てたくはありません」
「それが望みか?」
声に弾かれたように扉を見る。そこには壮絶な美しい笑みを浮かべた赤髪の女が立っていた。悠然と足を歩ませてフィルの前にやって来る。
騎士がさっと横に移動し頭を垂れた。
「学園長」
「なんだ」
なにかいいたくて呼びかけたわけじゃないのに、コーネリアはエメラルドグリーンの瞳に優しい色を湛えて見つめて発言を促してくる。
「魔法を。ぼくはもっと、魔法を学びたいです。それは許されることでしょうか?」
「惜しくなったか?」
学園長の言葉は簡潔で解りやすい。そしてそれだけにフィルの中の狡く、汚い部分を際立たせる。
「そうです。ベングル1の使い手であると言われている少年を凌ぐ力が、ぼくの中にあるのだと解ったら勿体無いなと思いました」
それが素直な気持ちだ。
彼らを羨ましいと妬み、負けたくないと思った。
「魔法はいつもぼくを魅了して、そして絶望へと突き落してきた。だから嫌悪し拒絶して捨てようとするのに、それができないんです。可能性に惹きつけられ、どんなに失望が襲ってもぼくは魔法を諦められない」
悔しいけれど。
「今回の件は国王陛下も頭を悩まされておられる。沢山の被害報告が騎士団に挙げられていて私達も多忙だ。よって不問に処することはできん」
「はい」
神妙に頷いたフィルにコーネリアがにやりと笑いかけた。その笑顔に真意を測ることは難しい。なにか無理難題を押し付けられそうな雰囲気に身構えると「安心しろ」と優しく宥められる。
それが逆に不安を煽るが学園長は気にもしていない。
「ほとぼりが冷めるまで国外追放を言い渡す」
「国外追放?」
「ホイスラーから話がいっているはずだ」
交換留学生の話か。
フィルは頷いて「元々受けるつもりだったので、それは別に問題は無いです。でも」それが処罰だとは都合がよすぎるだろう。
あまりにも甘い。
「これは国家の存亡を左右するといっても過言ではない指令だ。上手く乗り越えられれば国を護ったと見做され恩赦を受けられる。悪くない話だろう?」
「恩赦?」
「陛下にも話は通っているから安心して、お前はキトラスへと向かえばいい」
これ以上の抵抗はできない。
だから黙ってフィルは了承する。
「戻って来た暁には学院で特別授業を受ける権利を与えよう」
「ぼくは戻ってこられるんですか?」
「当たり前だろう。私が可愛い学生を死地へと送り出すと思うのか?」
「てっきり人身御供かと」
「安心して行ってこい。後顧の憂いなく」
今はこの道しかない。
でも道が標されているだけ幸せなのだ。
「はい。謹んでお受けいたします」
寝台から滑り降り、床に跪いてそう答えた。
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