第3話:うさぎ柄と生徒会長、急な残業
「データ分析、開始。山田凛子様、
本日の『なりたい自分』への欲望値は、
『ストレス解放』に伴う『自己受容』を強く示唆。
過去データによると、彼女の『完璧主義』傾向は
高負荷時に特定の商品カテゴリへの
アクセスを増加させる傾向があります。
今日の『ランジェリー』選択は、その現れと判断。
この変異値、注視すべきです。」
私は山田凛子。高校三年生。
生徒会長。
「完璧」が、私の代名詞だ。
朝は一番早く登校し、夜は最後の施錠まで見届ける。
校則は隅々まで把握し、違反者には容赦なく指導する。
「鉄の女」なんて、陰で呼ばれていることも知っている。
べつに、気にしてない。
生徒会長として、それが私の務めだから。
でも。
最近、ちょっと、疲れてる。
文化祭の準備。進路指導。部活の大会。
山積みの書類。鳴りやまない内線。
私のキャパシティも、無限じゃない。
深夜まで資料と格闘して、
気づけば朝の4時。
そんな日が、もう一週間も続いている。
心臓のあたりが、ギューッと締め付けられる。
息が、詰まる。
こんな時に、誰かに弱音を吐くなんて、絶対に無理だ。
私は、生徒会長だから。
完璧で、なければ。
そんな、ある日の深夜。
思考停止した頭で、ネットサーフィンをしていた。
生徒会の予算案の資料を、見つめているフリをしながら。
すると、ふと、あるオンラインショップの広告が目に入った。
『頑張るあなたに、最高の癒やしを。』
そこに写っていたのは、
パステルカラーの、ふわふわとしたパジャマ。
そして、その下。
うさぎの耳がついた、とびきり可愛いランジェリー。
え……?
うさぎ?
私、こんなの、絶対に買わない。
絶対だ。
普段、私が選ぶのは、無駄のないシンプルなデザイン。
黒か、白か、紺。
実用性と、機能性。それが、私の基準。
なのに。
なぜか、そのうさぎの耳が、
ピコピコと、私を誘ってるみたいに見えた。
これだ。
理性が警告を鳴らす。
でも、指が勝手に動いた。
「ポチッ……」
震える指先で、購入ボタンを押した。
画面が切り替わる。
注文完了。
心臓が、ドクン、って大きく跳ねる。
顔が、耳まで熱い。
こんな可愛い下着。
いつ以来だろう。
いや、もしかしたら。
生まれて初めてかもしれない。
罪悪感と、ほんの少しの解放感。
変な気分だ。
数日後。
ピンポーン。
インターホンが鳴る。
私が受け取る。
「あ、すみません。山田です」
冷静を装って。
小さな箱を、受け取る。
中身を知られないように。
急いで、自分の部屋に駆け込んだ。
小さな段ボール箱。
丁寧に、セロハンテープを剥がす。
蓋を開ける。
ふわり、と。
甘い、ベリーのような香りがした。
それは、柔軟剤の匂いだろうか。
それとも、うさぎの、匂い?
私だけの、秘密の香り。
中から取り出したのは、
淡い水色のパジャマと、お揃いのランジェリー。
うさぎの耳。
まさか、本当に、耳がついてるなんて。
指でそっと触れる。
ふわふわ、としたパイル生地。
こんなに、柔らかいものが。
私の中に溜まった、重いストレスを。
本当に、溶かしてくれるんだろうか。
胸の奥が、じんわりと、温かくなる。
期待と、ほんの少しの戸惑い。
混ざり合った、不思議な感情。
部屋の鍵をカチリ。
ガチャリ。
二重にロックする。
ゆっくりと、制服を脱ぐ。
いつもの、グレーのインナーを外し、
うさぎ柄のランジェリーを手に取る。
ふわふわとした生地が、肌に触れる。
ゆっくりと。
腕を通す。
身につけていく。
ああ。
なんてことだ。
鏡に映ったのは、いつもの私じゃない。
うさぎの耳が、パジャマのフードからピョコッと出てる。
その下には、お揃いのランジェリー。
普段の、ピシッとした制服姿とは、
全く違う。
なんて、間抜けな姿だろう。
「私…これ、似合ってない…」
思わず、ため息が漏れた。
でも、なぜか。
口元は、ふ、と緩んでしまう。
普段、絶対にしない表情。
誰にも見られない部屋の中なのに。
こんな、だらしない顔。
猫背気味の背筋が、なぜか、
ほんの少しだけ緩む気がする。
心臓が、トクン、と。
穏やかに、脈打っている。
まるで、私の中に。
ずっと、ずっと張り詰めていた何かが。
ゆっくりと。
ゆっくりと、溶けていくみたいだ。
「……ま、いっか」
小さな声。
でも、確かに、気分転換になった。
このランジェリーが。
私を、少しだけ。
リラックスさせてくれる。
今日は、友人とのお茶会。
久しぶりに、生徒会長じゃない私になれる。
そのために、この「特別な私」になるんだ。
私服に着替える。
ランジェリーは、服の下に隠れる。
誰にも見えない。
私だけの、秘密。
でも。
その秘密が、私に。
確かな安らぎをくれた。
メイクは、いつものきちんと感はそのままに。
今日は、少しだけ、口角を上げた。
うん。
大丈夫。
私、やれる。
玄関に向かう。
カバンを手に取る。
いつもより、軽やかに感じる。
靴を履く。
よし。
完璧。
深呼吸を一つ。
大きく、息を吸い込む。
胸が、フリルの上で、少しだけ膨らむ。
そして、ゆっくりと。
ドアノブに、手をかけた――その瞬間。
ブルルルルルルッ!
スマホが、けたたましく鳴り響いた。
「っ!?」
慌てて、画面を見る。
生徒会からの、緊急の電話だ。
「山田会長! 大変です!
先日の文化祭予算案に、重大なミスが発覚しました!」
え、今?
なんで?
よりによって、このタイミング!?
友人とのお茶会まで、あと10分しかないのに!
顔がカッと熱くなる。
心臓が、バクバクだ。
「ええ、分かりました。すぐ向かいます。」
冷静を装って、電話を切る。
あぁ、お茶会が……。
うさぎ柄のランジェリーを着ているのに。
こんな、緊急事態。
結局、友人に連絡して、お茶会は中止。
そのまま、生徒会室に駆け込んだ。
深夜まで、資料と格闘した。
ミスを修正し、関係各所に連絡を入れる。
でも、なぜだろう。
いつもなら、こんな時、イライラして。
もっと、疲弊していたはずなのに。
今日は、意外と、気分が軽い。
うさぎ柄のランジェリーのせい?
まさか。
そんなこと、あるはずない。
ふと、机の上の時計を見た。
午前3時。
窓の外は、もうすぐ夜が明ける。
窓を開けると、ひんやりとした朝の空気が頬を撫でた。
その時。
私の口元が、わずかに緩んだ。
誰にも見えない、小さな笑み。
「……たまには、こういうのも悪くないわね」
密かに、そう呟いた。
うさぎ柄のランジェリーは、
私だけの、秘密の癒やし。
このランジェリーがくれた、
今日の、ささやかな安らぎ。
明日は。
このランジェリーで。
もうちょっとだけ。
違う私になれるかな。
---
【次回の記録:メイド服と異文化、雨の日の探求】
「データ分析、完了。山田凛子様の今日の『挑戦』は、
予測外の外部要因により中止されましたが、
内的な『リフレッシュ効果』は安定傾向を示しました。
これは、彼女の持つ『自己肯定感』維持に
新たなアプローチが効果的であることを示唆しています。
次回の『今日の私と、秘密のランジェリー(出発編)』は――
『リーナ・シュナイダー』。彼女は今、『異文化への適応』を
決意し、行動を起こすでしょう。
果たして、彼女が『ポチる』下着が、その決意をどう後押しするのか。
そして、試着室で、あるいはその先で、
どんな『オチ』が待っているのか――。
データは、『日本文化への深い好奇心と、
わずかな『寂しさ』の数値、そして予期せぬ『天候』の変動』を
予測しています。ご期待ください。」
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