青宮学園裏生徒会

三浦ケーキ

青宮学園編

プロローグ

「見て、すっごい綺麗!」


そう振り返って笑う撫子の顔は、背後の花火よりも眩しく綺麗だった。大和は楽しくてうれしくて、浴衣の歩きなれない鼻緒に足の指が少し痛むけれど、まったく気にならなかった。階段を上りきった時、長いトンネルから出てきたような開放感があった。

小学校の屋上なんて初めてきたし、何より夜の学校に侵入するなんて不良のする事だ。休みの日、お祭りの日、そして彼女と二人きり。太鼓のように激しく打つ心臓の音に、誰かに見つかってしまわないかと不安になる。


「ほら、大和ちゃんもこっちきて!」


頬を紅潮させ大和の手を握りしめ、フェンスの傍まで導いた。

ドキドキして手のひらを握り返せず開いたまま引っ張られた。撫子は何も気にするそぶりもなく大和の顔を見た。


「下から誰か見えない?」

「いないいない! 見ない見ない! だって花火見るでしょ!」

「そうだね!」


もし自分が学校で働いている大人で、毎日いる学校の屋上よりも、遠くの綺麗な花火を見たいと思う。

大和は夜空を見上げながら感動していた。巨大な花火の輝きよりも、撫子の言葉で不安が一切消えた事に。


――誰にも見つかりたくない……


怒られたくない。怖がられたくない。何一つ不幸な事なんて起きてほしくない。自分が弱いせいもあるけれど、隣にいる黄色の浴衣を着ている撫子といる時間に、嫌な事なんて一つとしてあってほしくない。

八歳の子供が小学校に侵入し、屋上の鍵をかけ忘れている警備のザルさに気づくこともない。あの時、大和は子供だった。撫子も無邪気に笑いあって、屋台で買ったりんご飴を食べながら空をただ見ていた。大和は、花火と同じくらい撫子の横顔も見ていた。


「ここいいね。また来年もここにしよう?」


撫子がフェンスに背を預け、キラキラした瞳で大和に言う。キシッ、とフェンスの鳴る音が花火の音にかき消される。

花火の光が撫子を照らし、りんご飴が宝石のようにキラキラと輝きを放つ。

当たり前のように来年もまたここに来るという約束に、大和は胸がいっぱいになった。思わず泣きそうになりながらも頷いた。八歳の遠い来年の約束は想像もできないほど強く輝いて見えない。

いつも一つに結んでいる髪の毛を、編み込んで頭の上でお団子にしている。


「ここ、私好きなんだ。人いないし、それに高いし……あそこでみんな遊んでるところ見えるし、最高でしょ?」


グラウンドを指差しながら撫子が言う。

暗闇に濡れた土は子供たちが踏みならし、先生が時々ライン引きで白く線を描いている。明日にはまたこの静かな場所も騒がしい喧騒に包まれる。月曜日は憂鬱だけれど、撫子がいるおかげで大和は明日を楽しみに眠ることができる。

その前に、家に戻るときが憂鬱だろう。こんなにもワクワクして楽しい時間が終わりをつげ、撫子と別れなければならないなんて。


「な、なでしこちゃん」

「ん?」

「あの、あのね」


感情が巨大すぎて、大和の小さな声で表現することは難しかった。言葉も知らず、声も小さく、自分の手を自分で握りしめ、力を抑える。


「これ……あげる」


浴衣の裾に入れていた小さなビニール袋は、かわいいものを厳選して選んだ。精一杯の勇気と、地球サイズの愛情を凝縮したものだ。

撫子は何度か瞬きをした後、それが何か理解したようで、ぱっと花火のように破顔した。


「いいの? 嬉しい! もしかしていやだったのかなって思ってて」

「うんっ! あの、一番大きくて、綺麗なもの選んでて……」

「ありがとう! 大事にするね!」


袋の中身を丁寧に取り出した。手のひらに乗ったそれは、大和にとってどうでもいいものであり、あまり好きではない物だった。必要ならばなくてもこまらないし、何より、自分にだけしかない物だった。

唯一大和だけが持っているものだった。それは大和にとって価値はなかった。みんなと同じでなければいけないと強く思っていたからだ。


「すっごいきれい……」

「そんな……」


花火の輝きを吸収し跳ね返す手のひらに乗せた石を褒められて頬を染める。

撫子の小さな両手に収まったソレは大和そのものだった。心も体も、撫子に救われた。

その後、大和は転校し、撫子とはそれきりだった。だが、大和は撫子の事を忘れたことはなかった。どこかの屋上に登るたび、暗い心に花火が割れる。夏の匂いは彼女と共に訪れる。

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