第14話「闇の中にうごめくもの」

 魔法石がほのかに回廊を照らしている。


 その淡い光は、石に流れる微弱な魔力から発せられたものだった。

 もし魔力に乱れが生じれば、その灯りが揺れて知らせてくれる――ヴィオレッタによれば、そういう仕組みになっているらしい。


 リリアたちが薄暗い道をしばらく進むと、ふいに灯りが途絶えた。


「これって……」


 前方は暗がりになっていて様子が見えない。


 リリアは杖を握りしめる。


 すると、ヴィオレッタが一歩前に進みでた。


「ここはわたくしの出番ですわ」

 手にしたランタンを、こつ、こつ、と杖で叩き、魔力を吹きこむ。

 すると、ランタンはふわりと宙に浮かび、自らの意思を持つかのように前方を照らし始める。


 前方の暗がり――。

 灯りに照らされると、そこに映しだされたのは、無数の光る目だった。


「うわっ……なに、あれ……」

 リリアが息をのむ。


「ネズミ、ですわね……」

 ヴィオレッタが顔をしかめる。


 一見するとただのネズミ。けれどその体毛は深い漆黒に覆われていた。


「あれは……普通のネズミじゃなさそうです!」


 フリケットが慌ててヴィオレッタの前へ進みでる。


 三人に緊張が走る。


 リリアが素早く閃光魔法を放つ。しかし――


「数が多すぎるよ!」


 闇のネズミたちが、一斉に牙を剥き襲いかかってくる。


 フリケットは急いで光の防壁呪文を唱えた。

「長くは持ちませんよ!」


 透明な防壁の膜に向けて、おびただしいほどのネズミの群れが覆いかぶさる。


 そこへ向けてリリアの放つ閃光が弾ける。


 しかし多勢に無勢。


 閃光によって空いた隙間を、すぐに他のネズミが埋めていく。


 そんな中、三人の足元を、とことこと進行するものがあった。

 鋭く削られた鉛筆の兵士。

 その後ろにコンパス、ペンナイフが続く。


 その姿はまるで文房具の兵隊のようだった。


 彼らは果敢にネズミの群れへと飛びこんだ。

 

 しかし――

 

 あっという間にネズミの群れの中へと姿を消した。


「まずいですわね。わたくし、荒事は得意じゃありませんのよ。ここは一時撤退といたしましょう」


 ヴィオレッタの言葉に、三人でうなづき合う。


 その時――。


 回廊の後ろの方から、とん、とん、と足音が響く。

 その足音はゆっくりと、けれど確かな足取りで、リリアたちの方へと近寄って来る。

 回廊の灯りに照らされて、鮮烈な赤色のマントが姿を現す。


「古き契約の大地よ、彼方より訪れし精霊たちよ。我が信念に応え、真なる力をここに顕現せよ」


 その口からは、揺るぎない自信のこもった声が響く。

 手にした杖の先に眩い光が灯る。


「いざ集え、〈天光の護紋てんこうのごもん〉――ここに組み合わせし唯一の紋章の元に」


 彼女は手にした巻物の紐をほどく。

 すると、そこに描かれた魔方陣が蒼白に光り輝いた。


 やがて彼女はリリアたちの前へと歩みでる。


 アメリアは手にした巻物を宙に放り、闇のネズミに向けて杖を振るった。


 足下に寄り添うふわもこの体毛が、詠唱に呼応するように光りを放つ。

 詠唱と共に光が杖の先へと収束していく。


穿うがて、眩耀の閃槍スパークランス!」


 その瞬間、薄暗かった回廊は光で満たされた。


 リリアは目をつむる。


 眩しさに思わず目がくらんで。

 アメリアに助けられた事実から目を逸らしたくなって。


 今この瞬間、ほっと安堵の息が漏れそうになるのを、ぐっと我慢する。


 眩しさがやわらいだ頃、リリアがそっと目を開けると、先程までネズミが群れていた闇は、完全に払われていた。


 壁も床も、ただ静寂だけが残っている。


「……すごい」

 フリケットがひそやかに息をもらす。


「ふん。あれくらい私たちだけでもなんとかなったし」

 リリアが消え入りそうな声でつぶやく。


「可愛くないわね。素直にありがとうって言えないの?」

 アメリアは澄ました顔で回廊の先へと進んでいく。

 光の途絶えた魔法石の様子をひとつひとつ点検しながら、手にしたノートにメモを走らせる。


「手伝います」


「わたくしも手伝いますわ」


 フリケット、ヴィオレッタが、アメリアの横に並ぶ。


 三人が手分けして魔法石を点検する傍らで、リリアは立ち尽くした。

 三人が先へ進んでいく後ろ姿を、少し離れて見守った。


 そうしていると、ヴィオレッタがこちらを振り返る。


「リリア、行きますわよ。それとも、こんな所に一人で居たいのなら、止めはしませんけど」


「わ、ちょっと、置いてかないでよ! 私、こういう暗いところは苦手なの!」


 リリアは慌てて三人の後を追った。

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