第12話「謎解き勝負? 魔女たちと黒い花の予兆」
(私……いつの間に寝てたんだろ……?)
アメリアはテーブルからゆっくり身を起こした。
部屋の中は、驚くほど静まり返っている。
テーブルでは、ヴィオレッタがうつ伏せのまま深い眠りについていた。
リリアもまた、隣で無防備に静かな寝息を立てている。
「あっ、アメリアさま。お目覚めですか……!」
フリケットの声が低く響く。その表情はどこか怯えていた。
「……どうしたの?」
まだぼんやりとした頭を働かせようと、アメリアは深く息を吸い込む。
(何の夢を見てたんだっけ……)
「あれを見てください――!」
フリケットが青ざめた顔で花瓶を指差す。
視線を誘われるまま、花瓶へと向けると、途端にざわりと空気が揺れ、冷たい悪寒が背筋を這いあがった。
フリケットの指す先――花瓶の中の花の先端が、じわじわと闇色に染まり、まるで生き物のように脈を打ちはじめていたのだ。
「そんな……さっきまでは普通の花だったのに……」
一気に眠気が吹き飛ぶ。
アメリアは椅子から跳ね起きると、杖を素早く握りしめた。
「これは、ただ事じゃないわね」
まだ気持ちよさそうに寝息を立てるリリアとヴィオレッタの体を、少し乱暴に揺さぶる。
すると彼女たちは眠たそうに目をこすりながら、身を起こした。
「あれ……アリスは? ハートの女王は? 結局どうなったんだっけ……?」
リリアが寝ぼけた声でつぶやく。
「なんですの……わたくし、せっかく”魔女会”の余韻に浸っていましたのに」
ヴィオレッタが不満そうに口をとがらせる。
「リリア、ヴィオレッタ様、あれを……!」
しかし、フリケットの切迫した声に、二人の目が驚愕に見開かれる。
元々は鮮やかな黄色だった花。その花弁は、今や全体が闇色に染まっていた。
ドクン、ドクン、と、まるで闇の血液が茎を通り、花弁を染めあげたかのように、脈を打っていた。
(何か悪いことが起きてるのかも)
アメリアはここ数日のできごとを思い返す。
先日現れたシャドウハウンド、それから、図書館で遭遇したダークインプ――
そして今、目の前には、またしても、”闇”。
(まさか……)
学院長クラリスから受けた「役目」のことが頭をよぎる。
”封印の魔法陣”と、”災厄の魔神”。
――もしかして、一連のできごとと何か関係が?
アメリアが唇を開きかけた、その瞬間――。
「夜闇を祓う光をここに――《ルミナス・ブレイザー》!」
突如、リリアが杖を振り上げ、煌めく光の帯を花瓶へと放った。
まばゆい閃光とともに、闇色の花は花瓶ごと、パリンと砕け散る。
それを見て唖然とするアメリア。
「リリア、なんてことするのよ!」
リリアはきょとんと首をかしげる。
「え? 私、何かまずいことした?」
その様子を尻目に、ヴィオレッタとフリケットがつぶやく。
「……あの花はいったい何だったんでしょう」
「さあ……調べる前にリリアが消し飛ばしてしまいましたから……」
バチン、と不満げにテーブルを叩く音が響く。
「これから調べようと思ってたのに、なんで消しちゃうのよ!」
「え? 私が悪いって言うの? 放っておいたらみんなが危ないかもって思って、消したのに」
「リリアはいつもそう。もう少し考えて行動できないの?」
アメリアの声はいつの間にか責めるようになっていた。
リリアも負けずに、鋭く睨み返す。
「本当、アメリアって理屈っぽいよね。自分だけが正しいと思ってる。私、アメリアの思い通りに動くお人形じゃないんだけど」
緊迫した空気が二人の間に走る。
アメリアも睨みを返し、声を高める。
「なによそれ! 私がおかしいって言いたいの? 異変の原因を調べなきゃ、もっと厄介なことになるかもしれないのよ?」
ふわもこが小さな前足で二人の間をそっと見上げ、耳をぴんと立てる。小さな毛玉のような体が、不安に小刻みに揺れていた。
「厄介って何? いったい何が起こるっていうのさ」
「分からないからこそ、調べる必要があったの!」
ますますヒートアップする二人。
その時、パン、パン――。
と、手のひらを叩く音がする。
「良いことを思いつきましたわ」
険悪な空気の中にあって、ヴィオレッタの口元には楽しげな微笑みが浮かんでいた。
「双方ともに譲れないのなら、勝負なさってはいかが?」
「勝負……?」
アメリアとリリアの声が重なる。
「そうですわ。花瓶の花が変化した原因を、二手に分かれて探して、先に真相にたどり着いた方の勝ちですの」
「遊びじゃないのよ、ヴィオレッタ」
アメリアが少し呆れたように横目で睨む。
「私は構わないけど。……さてはアメリア、勝つ自信がないんでしょ?」
リリアは口元にいたずらっぽい笑みを浮かべる。
「はあ? そんなわけないでしょ。もうだいたい見当はついてるんだから」
「だったら調べる必要なくない?」
「それを確かめたかったの!」
「分かった。じゃあアメリアは好きにしなよ。私たちは三人で調べるから」
「えぇぇ」と困惑を浮かべるフリケット。
リリアに向けて含みのある笑みを向けるヴィオレッタ。
「わたくしはアメリアにご一緒してもかまいませんわよ」
「あんたはこっちでしょ!」
リリアがやや強引にヴィオレッタの袖を引っ張る。
「いいわ。リリアがその気なら、私ひとりでやってやるんだから!」
アメリアは小さく鼻を鳴らし、毅然と言い切った。
「謝るなら今のうちだよ」
二人の視線に見えない火花が激しく散る。
険悪なムードの二人、その間を心配そうにうかがうフリケット。
一方、二人の喧嘩が愉快でたまらない様子のヴィオレッタが微笑む中、謎解き勝負が始まる。
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