第7話「一級魔女、試練は突然に」

 学院長室には分厚い絨毯が敷かれ、壁際には古びた本棚や、魔法で動いているとしか思えない奇妙な球体がずらりと並んでいる。

 部屋の中央、古めかしい、けれどどこか品のある木の机の向こうに、学院長クラリスが座っている。


「アメリア、リリア。よく来てくれましたね」


 クラリスの柔らかい声色が、今しがた部屋を訪れたばかりの二人を迎える。


「実は、あなたたちに頼みたい任務があります。学院の名誉に関わる、重要な任務です」


 クラリスは一枚の古めかしい紙片を取り出す。

 それは、縁に金の文字が躍る、魔法の契約書だった。


「あなたたちに、学院に伝わる“封印の魔法陣”の定期点検を任せます」


「え、それって……」

 アメリアは思わず手の指を握る。

 封印の魔方陣――それは学院最深部に位置する、幾重もの結界で覆われた封印。


 言い伝えでは、「災厄の魔神」がそこに封じられているという。


 しかし、アメリアが気になるのは、「災厄の魔神」ではなく、定期点検の「役目」の方だった。

 何故ならそれは――。


「私たちを一級の魔女と認めてくれるってこと?」

 リリアが息をのむ。


 クラリスは我が意を得たりと、微笑を浮かべる。

「そうです。ただし、その役目を全うできたら、の話ですよ」


 ――学院長室を出ると、二人は少しだけ肩の力を抜いた。


 

 学院長室を出てしばらく、アメリアとリリアは互いに言葉少なに廊下を歩いた。


「……点検の方法、私たち、本当に分かるのかな」

「大丈夫よ、リリア。とりあえず図書館で調べてみましょ。先輩の記録があるかもしれないし」


 二人は再び図書館へと足を向けた。


 図書館の重厚な扉を開くと、そこには、昨日とはまるで違う景色が広がっていた。

 

 魔法生物のように自ら浮遊する書物、時折つぶやくような声が響く呪文の書、棚の間を小さな魔法球が照らしていた。


「これはいったいなんの騒ぎ?」


 きっと魔女の誰かが悪戯でやったに違いない――

 アメリアは犯人を見つけようと、図書館の中に目を光らせる。

 その視線の先に居た魔女を見て、眉をひそめる。


「あなたは、確か、昨日の……」

 そばかす混じりの魔女。

 ヴィオレッタの子分。

 けれど、どうしても名前が出てこない。

「誰だったかしら……?」


「フリケットですよ! ……って、うわ、また来た」

 フリケットを目がけて、ハードカバーの魔導書が飛来した。

 彼女は咄嗟に机の横で身をかがめる。


 リリアとアメリアの二人も、その隣に身を隠す。

「いったい何があったの?」


「それが、分からないんです。さっきまで静かだったのに、気がついたらこんなことになってて」

 言いながら、フリケットは何かを思い出したように、ハッとした顔つきになった。

「大変な事を思いだしました。私、つい先ほど、ヴィオレッタ様と螺旋階段のところで別れたんです」


 アメリアはリリアの様子をうかがう。

 その表情は、普段の”リリア”だった。

 ほっと息をつくと、先をうながす。

「それで?」


「分かるでしょう……? 螺旋階段で別れた私が一階に居るんです。つまりヴィオレッタ様は……」


「上階で立ち往生してるのね?」


「はい……。恐らく」


 フリケットは言い終えると、リリアに目を向ける。


「ヴィオレッタを助けに行こう」

 リリアが言う。


「良いの? リリア、彼女と……昔、何かあったんじゃないの?」

 アメリアが言うと、リリアはギクリとした表情を浮かべた。

「ウ、ウウン。何もないよ」

 その様子に、アメリアの頭に疑問が浮かぶ。


(てっきり、リリアが昔ひどい目に遭わされたのかと思ってたけど……)


「ここで話しててもしょうがない。今はヴィオレッタを助けに行こう」

 リリアが立ち上がる。

 その頭を目がけて飛来した魔導書を、得意の即興魔法で撃ち落とす。


 アメリアはどこか釈然としないまま、つられて立ち上がった。

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