第2話 カイダン

いま、僕の目の前にはちゃぶ台を挟んで青シャツの男が座っている。



見た目の年齢と身長はぼくと同じか、少し下ぐらい。やせ型で、青白い顔をしている。

そして赤く腫れたアゴのあたりをしきりにさすっている。


「・・・アゴだいじょぶ?」


「あ、はい。大丈夫・・・いや、ちょっと痛むかも」


「悪かったよ。でもアナタも悪いからね?」


「わかってます。スンマセンした」


じつは、外階段10段目のステップには僕があらかじめローションを塗っておいたのだ。

怪奇現象に対してどれだけ効果があるのかわからなかったけど、結果からいえば効果てきめんだったようだ。


怪異の主・・・目の前のこの男の話によれば、10段目に足を乗せて体重をかけた瞬間その足が後方に滑り前のめりに転倒、階段のステップの端にアゴを強打したのだそうだ。

そこで一瞬意識が飛んだところに、目の前のドアが開いて逃げる間もなく僕に捕獲されたのだという。


「名前は?」


「あ、ボクですか?」


「他に誰がいるの」


「そうですよね、スンマセン。でも初対面の人に名前を教えるのはちょっと・・・」


「はあ!?」


「スンマセン、スンマセン。そんなら『カイダン』と呼んでください」


「カイダン・・・ね。まあ、とりあえずそれでいいよ。で、カイダンのジャンルは何なの?」


「ジャンルってどういうことです?」


「ほら、色々あるじゃない? 幽霊とか妖怪とかお化けとか」


「お化け、て」


カイダンが噴き出す。


「なに笑ってんの」


「いや、いきなり真顔で『お化け』とか言うからちょっとビックリして」


「もういいや、通報する」


僕はスマホで110と入力する。


「待って待って。スンマセン、幽霊です幽霊」


「・・・だろうね。見た目がそんな感じだもん」


「ホンマですか?あんまり言われたことないですけど」


「でも幽霊ってローションで足滑らせたりするの?」


「え・・・? ああ、なるほどそういうこと」


またカイダンが笑い出す。


「兄さん、もしかして幽霊には足がないとか思てます? マジか~。まだそんな人おったんや」


「・・・通報する」


「待って待って。スンマセン、調子に乗りました。もう笑わないです」


たしかにカイダンには足がある。

幽霊には足がないって言いだしたのは、一体誰なのだろうか。


・・・むしろ、目の前の自称幽霊と普通の人間との違いってなんだろう?


「カイダンって壁を通り抜けたりできるの?」


「マジか。そこからっすか。普通の幽霊はできないっすよ、それ」


「え、そうなの?」


「そらそうですよ。兄さんは100メートル10秒で走れます? そら世界中探したら走れる人もいるでしょうけど、普通の人にはムリですよね? それと同じです。幽霊がみんな人魂だしたり空中浮遊できると思ったら大間違いっすよ」


「そうか。なんかガッカリだわ」


「ガッカリさせてスンマセン。あ、でも透明にはなれますよ。ホラ」


そう言うとカイダンの姿が見えなくなり、しばらくするとまた現れた。


「うお、マジか。・・・もしかして、昨日とか僕が扉開けても誰もいなかったのはそれのせい?」


「そうですね。ただ、見えなくなるだけで消えるわけじゃないんで、あそこで鉄パイプ振り回されてたら正直ヤバかったです」


「そうか・・・。あ、それで肝心なこと聞くの忘れてた。結局のところ、毎晩毎晩なにがしたかったわけ? 一歩ずつ近づいてくる演出までして」


「・・・話したら長なりますけど良いですか?」


カイダンが少し神妙な表情を浮かべる。


「あ、それならもう夜遅いからいいわ。だけど次やったら殴るからね? あと通報もするし」


「ホンマそれだけは勘弁してください。この通り謝りますんで」


「まあ反省してるならいいよ。こっちは明日も仕事だし、それ飲んだら帰ってくれる?」


そう促されると、カイダンは僕が出した麦茶を飲み干した。


「遅くまでスンマセンした。ほんならボクそろそろ帰りますけど、今度他の幽霊連れてきてもいいですか?」


「やだよ」


「えっ」


「『えっ』じゃないよ。何だよ他の幽霊って。やだよ、怖いじゃん」


「困ったな・・・でもこの部屋、思っきり霊道になってますから勝手に幽霊集まってきますよ?」


「霊道?」


「えっと・・・幽霊の環七みたいなもんです」


「マジか。それすごいたくさん幽霊通るやつじゃん」


「そうですね。さっき言った通り、みんながみんな壁抜けできるわけやないんで、大抵は迂回してくと思いますけど」


「・・・まあ、勝手に来られるより先に紹介してもらった方がいいのか」


「ほんなら、今度紹介しますわ。楽しみにしとってください!・・・あ痛たた」


そう言ってカイダンはまたアゴをさすった。


「ぶつけたトコ、明日になっても腫れてるようなら病院行きなよ」


「そうします。ほんなら、今日はこれで・・・」


「あ、玄関出たとこまだローション残ってるから気を付けて」


「あっぶな」


カイダンは玄関から出て行った。

そういえば普通に帰ったけど、どこへ帰るのか聞くの忘れた。


時計は深夜1時を回っている。

寝るか・・・。



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