シーナ・エドラー③

 観客が固唾を呑んで決闘の行末を見守る中、二人の剣は激しくぶつかり合う。

 ただの一瞬でも隙が生まれれば勝負が決まる。だからこそ一心不乱に剣を振るう。

 何度も鍔迫り合いの状態になり、一進一退の攻防が続く。二人の体力と魔力の限界も近づいていた。

「はぁっ、はっ。これで、終わりだっ!」

「ぅぐ……っ。悪いけど、勝つのは……っ、ぼくだ!」

 再び剣が交わる。

 シーナはダイヤの一撃を受け止めることに精一杯で反撃にまで至らない。

「ぐぅぅ……っ。ぬぅうぁぁああああああ!!!————————————あっ」

 シーナは最後の力を振り絞り、押し返そうと踏ん張った。

 ところが、突如シーナの剣身が消えて体勢が崩れ前方へ倒れていく。

 眼前に迫るダイヤの剣身。わかっていても体がもう動かなかった。

 そのまま肩が剣に凭れかかるように触れ、ゲームセット。

「おぉぉぉぉぉぉぉおおおおお—————————————————————‼」

 全方位からの大歓声が、闘技場内を埋め尽くし、あまりの大きさにダイヤはぎょっとする。噂が広まっているとは聞いていたが、こんなにも集まっていたことに今気づいた。

「はぁぁ……。もう、動けないや。…………ははっ、こんなになるのは初めてだ」

「…………私の、負けだ」

「うん、でも惜しかったよ。ぼくも限界だったから。魔力切れでしょ、大丈夫?」

 剣身が消えた理由、それは魔力切れを起こしたことで剣への供給が途絶えたからだ。

 魔力も一つの体内エネルギーだ。体力も魔力を使い果たしたシーナの身体は鉛のように重く感じられる。

「……全く動けない」

「ふっ、そうだよね、その格好のまんまだもんね」

 試合終了と同時に二人はその場へ倒れ込み、うつ伏せの状態で話していた。ダイヤもまた、仰向けに寝転がった状態である。

 文字通り全力を尽くした。尽くした結果、魔力が尽きるならそれが今の自分の実力だ。

 もちろん悔しさはあるが、それよりも身体中を駆け巡る熱が気持ちよく、胸の高鳴りがしばらく収まりそうになかった。そして、負けたにもかかわらず不思議と苛立たしさがなかった。

「もっと強くなりたい……」

「なれる。いやなるよ、君は。そうしたら、また手合わせ願いたいな。……うかうかしていると追い越されそうだ」

 ダイヤはそう言いつつも笑みを浮かべていた。

「必ず追い越す。…………まだ力が足りないな」

 最後、独りごちた言葉は喧噪に掻き消されて誰の耳にも届かない。そして、シーナが笑う顔もうつ伏せていて誰も気づかない。



 シーナが二年生に上がってからも問題児ぶりは相変わらずではあったが、戦闘においては群を抜いて強く、上級生でも敵う者はいなかった。

 そして変わったことと言えば、新入生が入ってきたことだが、その中には変わり者もいた。

「シーナせんぱ~い!」

「ん、ランか。そんなに大声でなくとも聞こえる」

 にこにことご機嫌な様子でシーナに話しかける後輩のラン。黒髪のポニーテールを揺らしながら近づいてくる。

 彼女も例の元団長との決闘を観戦した一人で、それ以来シーナに憧れを抱いており、入団してからはこうして懐かれていた。

「聞いてください! 私、ついに任務に行かせてもらえるんです!」

「そうか」

「はいっ! で、しかも、しかもですよ? シーナ先輩と同じ隊なんです~! えへへ」

 ランに対するシーナの対応は素っ気ないが、それでも慕い続けてくれる物好きな後輩だった。当のシーナ本人は無関心で、決して向けられる好意を無碍にはしないが、深く関わるつもりもなく、適当にあしらっている様子だった。

 またダイヤとの決闘以来、力試しに挑んできたり不用意に絡まれることもぱったりとなくなっていた。

「ランー! やっと見つけた。またシーナ先輩にべったり……。すみません、お邪魔して。ほーら行くよ」

「えぇ~~。…………またね、シーナ先輩!」

 ランと同級生で友人のムイナが腕を引っ張っていくのを見送る。いても別に迷惑とも思わないが、もう少し二人とも静かにしてほしいとは思う。

 これが今の日常だ。



 シーナと別れた後、ムイナはランにある疑問を尋ねる。

「てか、シーナ先輩のどこがいいわけ?」

「えぇ~、それ聞いちゃう? そうだな~、どこから話そうかなあ」

「いや、結論だけ言ってよ」

「ゴホン。えー、シーナ先輩の魅力! それは、カッコ良くて超強くて、多くは語らなくて、…………ほっとけないところ」

 ムイナが足を止めたランに振り返ると、悲しそうで苦しそうな表情を浮かべるランに呆気にとられる。ただ憧れているだけだと思って聞いたのに、予想だにしない答えと意外な表情を見せられ戸惑う。

 しかし、もっと気になって更に問う。

「ほっとけない、ってどういうこと……?」

「最初はね、あの決闘を見てカッコいい、ってそれだけだった。でも実際に隣で見てるとさ、先輩は人と距離を置いて深く関わらないようにしてるみたいで。それなのに、私が一方的に話しかけても突き放さずに聞いてくれるんだ。……でも、私がそうしなかったらシーナ先輩いっつも一人で……。時々寂しそうっていうか、ちょっと辛そうにも見えて、……ほっとけないの」

「……そう。でも人の心配してる暇ないでしょ。…………あたしも人のこと言えないけどさ」

 ムイナは内心、ランがシーナをよく見ていたことに驚いた。彼女から見れば単に話し下手で不愛想な先輩で、一人でいることを好んでいるものだとばかり思っていた。

 でも、なぜそこまでしてシーナのことを気に掛けるのか、あんな何考えてるか分からないような、周りに迷惑ばかりかけている一匹狼の先輩がそんなに——。

 そこまで考えて首を振った。ランの想いを否定するような真似はしたくない。本当は関わりたくないし、関わってほしくないけど、……あんな風に笑うんだから。

「でもやっぱり、あの人は怖いわ……」

 戦う姿は何度か見たけれどなんというか、何かに憑りつかれたようなあるいは、執着しているかのような狂気。およそ人の業とは思えない。

 ムイナ以外にもシーナを恐れている人は少なくない。

「ねぇ、ラン。……あなたは、ああはならないでね」

「…………? 分かんないけど、そんな顔しないで」

 ムイナの言葉に首を傾げるランだったが、不安そうな表情を浮かべるムイナを見てそっと抱き締めた。

 しかし、ムイナの顔の曇りは晴れなかった。



 王都の西隣の地域には平野が広がっており、農業が盛んに行われている。一面が青々とした葉に埋め尽くされ、人気もないその一帯は、王都のすぐそばであるとは思えないほどのどかだ。

 本来なら心安らぐであろう風景の中、武装し警戒の糸を張り巡らせている集団がいた。

「これより任務を開始する。依頼の内容は農作物を荒らすフォレストラビットの討伐だ。奴らは普段、森の中にいる魔物だが、ここ最近は人里までやって来て農作物を荒らされる被害が複数件報告されている。各隊は事前に通達した配置につき討伐に当たれ。以上、解散!」

 ダイヤの後任となったドレウスが号令をかけると、各人は動き出しその場から散っていく。シーナも担当する場所へと向かう。

 そこは収穫を控えた野菜が育てられる畑で、周囲の視界は開けている。

 フォレストラビットは、背の高い草花に身を隠しながら行動する。一目見ただけではその姿を確認することはできない。

 シーナは茂みを見下ろせそうな木を探し近づくと、軽々と上へ登った。

 すると、白く丸い背中がいくつも露わになる。

 シーナはそれらに悟られるよりも早く斬りかかり、瞬く間に一掃してしまった。他の者たちは、すばしっこいフォレストラビットに苦戦し、複数人でやっと仕留められた。

 シーナのいる隊は、予定よりも早く任務が終わると、討伐したフォレストラビットを運んでいく。それらは後で地元の人たちの手で調理され魔剣士団の面々に振る舞われるのだ。

「シーナ先輩、お疲れ様です。……す、すごい!」

 シーナの下に後輩のランが駆け寄ってくる。

 ランはシーナの腕に抱えられた大量のフォレストラビットを見て、目を丸くしていた。

「お前は、……それだけか?」

「もう! 先輩が異常なだけで、二匹取れたら十分ですよ」

 さも当然のように言ったシーナに対して、ランが苦笑しながらツッコミを入れた。

 ランの言う通り、普通は一人当たり二、三匹程度である。それを一人で何匹も狩ってくるシーナは、周囲から見れば異端なのだ。

 しかし、シーナの戦闘の才は周知のことであり、狩ったウサギの数が一桁違っても、今更誰も驚きはしない。ただし、その町の者は非常に驚き、調理するのに苦労していた。

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