3. 中佐は小さな狼を振り返る



 あの三日月の夜に見た、返り血を纏った小さな狼。 私たちは、そんな狂った美しさに魅せられてしまった。

  世にも美しい殺戮者は、私の『道具』になった。





     ✡      ✡      ✡




  大戦の始まる5年前。陸軍駐屯基地付近の街に、奴隷商人が来ていた。 まだ10ほどの子供たちを、下僕として売る、鬼畜極まりない商人。 そんな奴隷の一人に、彼女がいた。

  少年のようななりをしているが、華奢な体は小さな少女だ。 薄汚れてはいたが、白銀の髪は滅多に見ない、美しい色だ。 光は灯っていないが、蒼色の瞳は空のようでも海のようでもあった。


「さあさあ、この白銀の髪の少女、実はとんでもない特技があるんです!それを、今からお見せ致しましょう!」


  奴隷商人は声高にそう言うと、彼女の前に、今にも死んでしまいそうな子供を5人立たせた。 きっと売れ残ってしまった奴隷だろう。

  そして彼女に短剣を持たせると、奴隷商人は「殺せ!」と命じた。 こんな細い子に、人など殺せるわけないだろう。胸糞悪い。馬鹿馬鹿しい。


 そう思ったのは私だけではないようで、他の上層部の上官たちも不快だという表情をしていた。


  だが、少女は殺した。5人を、一分もかからずに。 返り血を纏い、倒れた死体の真ん中に立つ少女は、狼のようだった。 彼女は、何も感じていないかのように、無表情で居た。

 上層部の目が変わった。こいつは使えるかもしれない、と。


 でも、私は気づいた。


  もう、うんざりだと言う、声なき声が。


  なぜ、意味もなく人を殺して自分は生きているのだという、諦念の心に。


「―――その子を買おう。10万ロルトでどうだ。」 気づけば、そう口にしていた。




      ✡      ✡      ✡




  少女は、名の登録のない、少年兵として陸軍の兵士になった。配属は私の率いる特攻隊。 彼女を買った夜。私は彼女に言った。


「·······今から、私は君の主人だ。私はルシアン・レスナー。ルシアン中佐、だ。君は、話せるかな?········君の名は、なんと言うんだい?」


 少女の反応はない。言葉を話せないのだろうか――と思ったが、少女は微かに声を発した。


「·············り、あん。」


自分を指差し、そう言った。


「······!君は、リアンと言うのか?私のことも、言ってみてくれ。中佐、と。ルシアン、中佐、だ。」 「······ちゅぅ、さ。るしあ、ちゅぅ、さ」


 拙いながらも、必死に言葉を紡ぐリアン。 その姿がいじらしくて、私はなぜだか嬉しくなった。そして安心した。


  私は、彼女を少し恐れながらも、抱き締めてやった。リアンはまだ小さな手で、私の軍服の裾をぎゅっと握った。 あんな鬼神のような殺しをしても、ただの子供なのだ、と。




      ✡      ✡      ✡




  それから四年。リアンは14歳になり、さらに美しく格好良くなった。 大戦が始まった今、リアンは『殺戮人狼』と呼ばれていたが、私は道具などと思ったことはない。


「中佐。どうなさいましたか。」


 じっと見つめる私に気づき、訝しげにこちらを振り返る。 言葉も上手く話せなかった彼女は、今や影も形もない。 みるみるうちに成長していく彼女を、私はいつしか妹のように思っていた。

 本当に、家族になれたら。そう願っていた。

  新しい発見をしたときに、蒼い瞳をほんの少し輝かせるのも。 風に吹かれて靡く、白銀の短髪も。好きだ。


 愛しい、リアン。






【あとがき(説明)】

10万ロルト·····世界共通の通貨。1ロルトは日本円で言うと10円。つまり100万円ということになる。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る