第19話 レッツ雇用
ブランナシージュ伯爵邸にレギン・アギレロが呼び出されたのは、その翌日のことだった。
ひょろりと頼りなさそうなのは相変わらずだが、前回とは違ってオドオドとはしなくなっている。
レギンは胸に手を当てると深く頭を下げた。
「聖女様におかれましてはご機嫌麗しく……」
「いえいえ、そんな。レギンさんもお元気そうで何よりです」
「お言葉ありがたく……。しかしながら私めはまだ経営知識も満足に得ておらず……新たな職を得たわけでもなく……。や、やはり切腹して果てましょうか?!」
「なんで貴方はそう切腹したがるんです!」
洒落になってないからやめてくれ!
イリスも黙ってないでとめてくれ!
……と流される前に、私は話を進めることにする。
「……こほんっ。実は私、人を雇いたくて」
「はい」
「条件は魔力を持っていることと、少しお裁縫ができることです」
「はい」
「業務内容は魔力を用いながら、刺繍をすることです」
「はい」
「エギンさん、私に雇われてみませんか?」
真面目くさった顔で話を聞いていたレギンが、一拍遅れて「へぇぇ?!」と素っ頓狂な声をあげる。
「取り乱さない!新人は腕立て三十回だ!」
「はっ、はいッ!!」
イリスをチラリと見遣ると、いかにも「しまった」という顔で「腕立て、やめ!」と号令をかけた。
レギンはというと、再号令がかかるとすぐに立ち上がり、気をつけの姿勢に戻る。
きっと二人にとって癖になってんだな、これ。
「……ええと、レギンさんに他に目標があるならこの話は忘れてください。どうしても経営や営業をしたいというなら、わたしも無理強いはしません。でもまだ就職先を探しているんなら、ちょっと考えてみてください。質問とかはありますか?」
「は、はい。お仕事を紹介していただけるだなんて、ありがたいお話ではあります。しかし、刺繍のお仕事でしたら服飾ギルドにお声をかけられたほうが……。私など、シャツのほつれを直せる程度ですし」
「刺繍とはいっても難しいものではないんです。まぁ、座って楽にしてくださいよ」
私はローテーブルにヒイラギのリボンを置く。
「このリボンの縁に施しているステッチは上級者向けです。かなりややこしい。でも、ヒイラギの葉っぱだけを見てください。どんな針運びだと思いますか?」
「……ええと、ステッチの一本一本が平行になっていますね。ステッチに隙間はなく、ただ塗りつぶしているような感じです」
「そうです。慣れれば簡単だと思いませんか?」
「それは……はい」
「そう、ステッチ自体は簡単なんです。しかしこれは誰でもできる作業ではないんです。一針一針、魔力を込めて刺さないといけないので」
「……魔力を?」
「ええ。……これは何のためのリボンか分かりますか?」
「……装飾品ではないのですか?」
分からないというレギンのために、刻印魔術について簡単に説明する。
そして私が刻印魔術を発展させて魔法の刺繍をしていることも話した。
「ヒイラギの紋様の効果は防護です。私は第三騎士団全員にこれを行き渡らせたくて」
「……!」
「騎士団員の皆さんが、少しでも安全に任務につけるようにしたいんです」
「……全員となりますと数が必要になります。そこで魔力が扱える人間を雇いたい……ということですね」
「はい」
しばしの間、沈黙が降りた。
もしかして、やったこともない刺繍を仕事にしてくれなんて無茶だったかな。
それとも失礼な提案だったかな。
不安になったとき、レギンが震える声で尋ねた。
「どうして聖女様は私にお声がけを……?」
「それは……レギンさんが騎士になるために鍛錬してきたと聞いたので」
「……」
「誰かを守りたいって思っても、戦い方は人それぞれだと思うんです。騎士の皆さんは魔法や剣。聖女の私は祈りと刺繍でした。……レギンさんは戦場に立つのは苦手かもしれない。でも、刺繍を通してなら、あなたも戦場に立つことができます」
「……」
「守ってくれませんか、第三騎士団の皆さんを」
レギンは背筋をすっと伸ばすと、真っ直ぐに私の瞳を見つめた。
「……聖女様は、私が騎士として国を守りたいという気持ちを汲んで……お話をくださったんですね」
彼は柔らかく微笑んでいた。
「は、はい。レギンさんは騎士団のためにどんな雑用も頑張っていたと聞きました。刺繍という形になりますけど、貴方の能力で騎士団に貢献してほしいんです」
「……わ、私も、この国を守る力になれるどいうごどでじょうが……ッ」
「そうです!貴方の力を貸してください!」
「もッ……、もぢろんでずゥ〜!!」
レギンはびゃっと泣き出した。
またイリスの号令が飛ぶかと思われたが、彼女はやれやれといった表情で彼のことを見守っている。
泣き止むのを待ち、私たちはさっそくレギンに刺繍をしてもらうことになった。
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