第二十五話 熱人の実力!

 それから二日が経過したが、あつはオフィスにこもりっぱなしだった。ずっとノーパソの前で格闘している。


 いっぽうのわたしはというと熱人が仕事をしやすいように熱人と一緒にオフィスに寝泊まりしていた。たまにこっそりソシャゲをしたり、PCゲームをしたりしている。


 今日は月曜日。なにも知らない一般社員たちが出社してくる。


「熱人? 一度休んだら? 頑張りすぎて熱でも出たら大変だよ?」

「うるさいっ! 次オレに指図してみろ、お前を銀河の果てまで飛ばしてやる‼」

「……熱人?」

「あっ……。ごめん。莉緒りお……」


 熱人は、まだこうしてパワハラが出てしまう時がある。


 でも、今の熱人は本気で変わろうとしているんだ。今までの自分の行動をあらためて更生こうせいしようとするショタ。それが熱人なんだ。応援しない理由がないよね‼

 そこへ一般社員たちが、がやがやと世間話をしながらオフィスに出社してきた。


「……⁉ しゃ、社長⁉ 今日はお早いですね? 小学校は?」

「そんなもんびょうで休んだよ!」

「け……仮病……?」


 熱人の目の前に書類のビルぐんができては消え、できては消えしていた。

 子々音ここね先輩や岩倉いわくらさん、灰谷はいたにのデブも出社してきた。


じまさん、おはよう! 社長もおはようございます。今日は小学校じゃないんですね」

「あー、灰谷、おはよう。ちょっと仕事が立て込んでて……ね!」


 熱人がノーパソの画面を見ながらエンタキーを押す。今はまばたきをする間も惜しいんだ。軽々しく話しかけるなよな。


 子々音先輩がホットココアを持ってきてくれた。……怪しい。

 わたしが子々音先輩を半眼で見ていると、子々音先輩はカチンときたらしい。

 わたしの手からマグカップを奪って、


「あのねえ! いくらあたしでも空気くらい読むって! 毒味してやればいいんでしょ⁉」


 そう言って子々音先輩はホットココアを一気にあおった。


「どわっちゃああああああああああああああああああああああぁぁぁぁあああああああっっっ⁉」


 この先輩は、なにをしたかったのだろうか。

 けっこう天然なのかも知れない。


「社長。どうだ? 有翼人ゆうよくじんのコード書けたか?」


 岩倉さんが青い髪をげながら熱人のしんちょくを確認する。


「もう少し。なんかエラーが出るんだよね」


 熱人は社長椅子の上で頭を抱えて固まってしまった。彼は限界までねこになる。どれどれ。わたしも見てみよう。


 熱人の書いたコードにはなんら問題がないように見えた。

 うーん、どこが間違ってるんだ……?


 わたしは珍しく真剣に頭を働かせ、目の前の英数字と記号のれつを眺めやる。

 いつも熱人には軽口ばかり叩いているけど、わたしだって力になりたいんだ!

 ——しばらく羅列を見つめて、「それ」はあった。


「あの……熱人。……ここの関数かんすう違くない?」

「ええっ⁉」


 熱人はわたしが指差した一点を食い入るように見つめ、がばっとノーパソの画面のはしを両手でつかんだ。


「……これだっ‼ これこれ‼ サンキュ‼ 莉緒!」


 熱人が関数を直す。すると。

 エラーが、消えた。


「これで動くはずだぞっ!」


 熱人は弾むような声音でさっそく有翼人を動かした。滑らかな飛行動作。攻撃動作も問題ない。その他にも色々試したが、すべて正常に作動した。


「莉緒! ありがとうっ!」

「いえいえー。こう見えてわたしもプログラマですからー」

「莉緒はすっごく頼りになるよ! 本当にありがとう!」


 多くの社員の前で熱人にべた褒めされて、なんだかむずがゆい気持ちになった。


「さすが高校時代から社長が目をつけていた女の子ですね!」

「そーそー!」


 灰谷さんと熱人の会話に理解が追いつかない。高校時代から? 目をつけていた? それってどういう……? そういえば入社した当日、熱人がそれらしいことを言っていた気がする。


 熱人はわたしの顔を申し訳なさそうに見上げた。


「えへへ……莉緒、あのね? 実は莉緒のこと、莉緒が高校生の頃から好きだったんだ……!」

「はへ?」

「ある日オレがリムジンで登校してると、スマホを見ながらダッシュで登校してる女の子に一目惚れしちゃって……。それが莉緒だった」


 それってつまりこの恋愛は……! 熱人がほとんど仕組んだ恋愛だったってこと⁉


「指の動きから見て、あれはソシャゲをしてたんだろうなあ。オレ、目がいいから分かった。大変だったんだぞ? お前の高校とコネ作ってお前に近づくのは」

「熱人……あんたねえ……‼」


 わたしは熱人を張り倒したい衝動を必死に我慢する。


「ゲームクリエイタの新卒の求人出したら、まんまと引っかかったからな。狙ってた好みの女が釣れてよかった」


 張り倒した。



 ★ ★ ★



 お昼休みを迎えたソーマスのオフィスに勇者・岩倉さんの声が響き渡る。


「社長も覚醒したし、これでもう怖いものなしだ! 引き続き社長には現場の切り札的存在として残ってもらう!」


 勇者・岩倉さんが現場の指揮をっていた。熱人に負けず劣らず力強いリーダシップだな。

 熱人は働きづめでふらふらしているようだが、悪く思わないでくれ。


「ああ~、世界が回ってるぅ~……」


 熱人がすっかり鳥足どりあしになっている。わたしが張り倒したせいもあるかも知れない。今夜あたりゆっくり休ませないと相当きつそうだ。


 結局、今日も熱人はお昼休みになるまでにして働いた。

 目の下にくまができている熱人がデスクにしている。貴重な貴重な、おねむの時間だ。


「……熱人。お疲れ様……」


 その辺に脱ぎ捨ててあった熱人の上着を、わたしは小さな背中に優しくかけてやる。

 こうしているともうホントに夫婦になったようで照れてしまうなあ。


「小嶋さーん!」


 灰谷さんがデリカシのない大声を出して寄って来た。こいつは気を遣うということを知らんのか。


「(なんですか?)」

「SNSやってるんだけどさ……」


 SNSぅ? まぁたヒマなことやってるなあ。そんなものしている時間があれば会社の周りでも走ってこいや。それに声がでかいままだっつーの!


「さっきソーマスのエゴサをしてたらこんな書き込みがあったんだ」


 言って灰谷さんはわたしにスマホの画面をぐいっと見せてきた。……見ていいの? 自分のアカウントとかバレますけど……。

 この人の辞書にプライバシの文字はないようだ。


 わたしは灰谷さんのスマホを受け取り、画面を見た。


『ソーサリーマスターって本当にゴミ。

今日は社長の川原かわはら熱人の息の根を止めにうかがおうっと♪』


 わたしの背筋を冷たいものが走り抜けた。


 そう毛立けだちながらスマホの画面をぎょうする。

 確かに『○○はゴミ』はネットでよく目にする物言いだ。よく目にする物言いなんだけど……!


 それに続く言葉が。

『息の根を止めに~』ってなに⁉ しかも……熱人の息の根を……⁉


「悪質な殺人予告だよ……。警察に通報しようかどうか迷ってるんだけどさぁ……」


 灰谷さんが恐怖に震えていた。……れするほど突き出たお腹の脂肪もぶるぶるとリズミカルに震えていたように見えたけど。

 わたしは体の内からせり上がってくるような戦慄せんりつを覚えながら、


「……とりあえずこの投稿はスクショを撮った上でSNSの運営に報告しましょう。わたしは岩倉さんに相談してみます。熱人には……」

「うん……ん……。聞こえてるよー……」


 ふわぁ、とあくびをしながら熱人が顔を上げた。いつの間にか起きてたの⁉

 熱人は続けて大きな伸びをしてから目をごしごしとこすった。


「そんなの……今までだって散々書かれてたって……」

「で、でも……!」

「『ガソリンぶちまける』なんて書いた奴もいたけど結局なにも起きなかったよ? 構うだけ時間の無駄だってば」


 そうだけど……。そうだけど……!


「わたしは……! 熱人を守りたいの……!」

「やだなー。自分の体くらい自分で守れるよー!」


 熱人は左手を否定の形に振ってにこやかに断った。

 熱人の対応は、とことん軽い。


「オレも時間をくそほどSNSに使いたいなー。いいなー灰谷たち……」

「あはは。多くのSNSは十三歳になってからですからねえ」


 熱人は指をくわえて物欲しそうに灰谷さんを見つめる。


「これはきっと法律がおかしいんだよ! SNSで危険な目にったり遭わせたりしないようにってことなんだろうけど、そんなの人間としてすでに成熟しているオレには無関係さ」

「おお⁉ 出た出たしゃちょうぶし!」


 灰谷さんが、おだて始めた。


「ふふん。SNSで真っ先に問われるのは人間としての成熟度。だからぼう中傷ちゅうしょうとかするポンコツ人間はどれだけ年食ってもSNSやったらダメ」

「すごい! 大人! カッコいい‼」


 灰谷さんが更におだてる。対熱たいあつの定型文をよくここまで並べられるものだ。こいつは雑魚ざこだな、うん。


「な? 莉緒もそう思うだろ?」


 そこでわたしに同意を求めるのか。答えづら……。まあいい。このガキに大人の世界の厳しさを教えてやろう。わたしは笑みを浮かべて、


「ん~、そんなのクソガキの戯言ざれごとだよ! ほら、とっととこのきょうはくろうの対処を考えよう!」

「誰がクソガキだと⁉ この最低最悪の大馬鹿野郎‼ 殺されてえか‼」

「……それ誹謗中傷だよ? 熱人?」

「……ごめんなさい」


 熱人のたんにか、わたしの度胸にか。灰谷さんが一人、うすを開けて気まずそうに愛想あいそわらいしていた。



 ★ ★ ★



 結局、熱人の仕事は夕方にまで及んだ。

 今日は労困憊ろうこんぱいの熱人を灰谷さんが車で家まで送ってくれることになった。


 さっそく、わたしと熱人、それから子々音先輩の三人で近くの空き地にあるソーマスの従業員駐車場まで向かう。ソーマスの従業員駐車場は白いフェンスで囲まれ、一部で「都会の白き箱庭」と称されるほどの景観を誇る。


 ソーマスが入っているビルからちょっと遠いのが玉にきずなんだけどね。


「俺っちが送っていくのは社長だけのつもりだったんだけどなぁ……」


 これが灰谷さんの軽自動車か。谷さんの名前通り見事にグレーだ。しかしこの車、百均で売ってそうなほど安っぽい車だなあ。ちゃんと走るの?


「まあまあ灰谷さん! そんな世知せちがらいこと言わずに送ってってくださいよ! あたしたちも社長と同じくクタクタなんだから!」


 子々音先輩が灰谷さんのグレーの軽自動車に乗り込みながら笑顔で言う。子々音先輩は運転席の後ろの後部座席だ。


「悪い意味で、すごい車ですね灰谷さん。なんか一雨ひとあめきそうなんで、とっととわたしたちを送ってってくださいなっ!」


 わたしも灰谷さんの車の助手席に乗り込んだ。熱人はわたしの後ろでうつらうつらとふねいでいる。


「悪い意味でって……! はあ……小嶋さん、入社当初は可愛かったのに……」

「まだ五月ですから、今も入社当初です! 十八歳の乙女を勝手にベテランにしないでください!」


 言葉のハリセンで灰谷さんをしばいてから、わたしはドアを閉める。

 そして、わたしは誰にも聞こえないような小声で、


「(お疲れ様。熱人)」


 後ろの熱人に向けて、そうねぎらう。

 熱人はそれに気づいたのか、気づいていないのか。一言「ふえ?」と寝言のような声を発し、再びすうすうと寝息をたて始めた。


「もう! なんでみんな俺っちを使いっ走りにするかなぁ……」

「灰谷さんがそれだけ優しい男性ってことですよっ!」


 子々音先輩が調子のいいことを言った。


「そういえばさ、子々音ちゃん! けっこう前に子々音ちゃんが紹介してくれたラーメン屋! どこだったっけ?」

「えー? ちょっと待ってくださいねー……。あれは確か……」


 子々音先輩がスマホを取り出し、画面をスワイプし始める。

 暗い車内でほのかに光るスマホの画面に、下から照らされた子々音先輩の顔。……幽霊みたいでホラーに耐性のあるわたしでも怖いな。


「お店のサイト、LINEの共有で送りましょうか?」

「……うーん、まどろっこしいなあ。俺っちは一刻も早く社長を自宅に送らないといけないのに……!」


 灰谷さんは後部座席に体をねじり、子々音先輩の手からスマホを奪った。勝手に子々音先輩のスマホを操作し始める。


「ちょっと灰谷さん! それあたしのスマホ‼」

「いいじゃない。こっちのほうが速いんだし。……ふむふむ、なんだ、こっから近いじゃん。帰りに寄ろうっと!」

「ゲーム業界ってIT業界でもあるはずなのに……だいぶアナログですねえ」


 わたしの鋭い突っ込みで、狭い車内に笑みの花が咲く。


 ——ギャリギャリギャリギャリギャリギャリッ‼


 一瞬。

 なんの音か分からなかった。

 これは……タイヤとアスファルトの擦音さつおんだな。誰の車だろ。


 わたしは変わらず口に手を当てて笑っている。さあ、車が発進する前に今日の熱人のパワハラを記録しとかないと。ひとまずスマホにでも入力しとくか——


 めりめりめりめりっ‼


 なにかを突き破ってくるような轟音ごうおん

 さすがに前をちらと見た。


 車の白いヘッドライトが加速してわたしたちの車の目前に迫っていた。

 驚愕に目を見開いた時には——手遅れだった。


 フロントガラスに無数の蜘蛛くもじょうのヒビが入り、シートベルトを締めようとしていた灰谷さんの体がつぶされた。

 わたしは潰れた灰谷さんの飛沫しぶきをまともに浴びる。


 この衝撃は……竜巻にでもまれたのか……⁉


 なにが——なにが起きたんだ。

 聞こえるのは子々音先輩と——熱人の悲鳴。


2025年 5月26日(月)

【Today’s power harassment】:書き込み不可

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