第二十二話 熱人とご両親

 わたしは耳を疑った。

 ウソ……⁉ ソーマスがなくなる……⁉


 わたしと子々音ここね先輩はあつの学習机の陰で戦慄せんりつし、顔を見合わせた。子々音先輩は目の瞳孔どうこうが極限まで小さくなっている。


 自分の職場がなくなりそうなんだから無理もないけど、わたしの頭のなかは熱人のことでいっぱいだった。この愚かなご両親はこれまでの熱人の頑張りをホントに知って言っているのだろうか。


 わたし自身、会社設立当初の話はネット記事とか週刊誌でしか知らない。

 ……けど!


 熱人はネットで散々叩かれたり、資金の調達に失敗したりしてテキトーな週刊誌に批判的に書かれても頑張ってきたじゃないか‼ ひろとなつみさんにはわたしが一番ブチギレてる自信がある‼ わたしの頭は噴火寸前だ‼


「熱人。これまでよく頑張った。珍しくこの俺がめてやろう。熱人が会社を経営することができるかという実験は上手くいった。これからは、しばらく学業に専念しなさい」


 熱人の全身が、力なく、わなないていた。


「本当。あなたは、まだ子供なんだから。会社の経営ごっこはおしまい。きっとこの経験はあなたの心のなかで永遠にあなたを励まし続けてくれ——」「うわあああああああああぁぁああああああああああぁああぁああああんっっっ‼」


 まくをつんざかんばかりの熱人の泣き声に、わたしと子々音先輩は耳を塞いだ。耳を塞ぎながらも、わたしは懸命に熱人の立っている方向を向く。


「オレっ……! これまで命がけで頑張ってきたんだよっ⁉ 学校でも髪の色とかいじめられて……っ‼ でも……っ……でもっ! みんな実験・・だったの⁉ ごっこ遊び・・・・・だったの⁉ そんなの……そんなのあんまりだよっっ‼」


 熱人はつんいになり、畳を拳でダンダンと殴りつけた。


「あなた。……熱人への攻撃を許可する」


 熱人に広気がせまった。


「親に向かってなんだその態度はッ⁉」


 熱人の髪の毛を広気の片手がつかみ上げた。熱人は宙ぶらりんになって悲鳴を上げながらも、


「いやだ‼ ソーマスの経営は続けるんだ‼ オレが社員のみんなの暮らしを守るんだあッ‼ それが社長のオレの責任なんだあッ‼」

「別に『ソーサリーマスター』がなくなったところでくその社員どもは他所よそで働くだろうが‼ ガキが使命感じみたものを勝手に感じてるんじゃないッ‼」


 熱人の体が宙に揺られている。畳の上には抜け落ちた熱人の蓮色れんいろの髪の毛があちらこちらに浮いていた。


「ああああああああっ‼ いやだいやだいやだっ‼ パパっ‼ ママっ‼ なんでだよおっ‼ そんなことならもうオレこの家を出るッ‼ 家出してやるッ‼」

「なんだと……⁉ ガキの分際で‼」

「——やめなさいッ‼」


 広気が熱人に拳を振り上げたところで、わたしは学習机の陰から飛び出した。熱人から「(なにがあっても出て来ないでよ⁉)」と言われていたけど、もう我慢ならない。


 広気となつみさんの燃えるような鋭い視線がわたしに突き刺さる。子々音先輩も遅れておずおずと出て来た。


「眼鏡ちゃん⁉ それから偽の愛人も‼」

「に、偽の愛人ってどういう意味ですか⁉」


 子々音先輩が反駁はんばくするが、なつみさんはまったく動じていない。

 熱人を片手に持った広気が改めて視線でわたしたちをえぐる。


「どこから入ったかは知らんが貴様たち……! 熱人との接触は禁止していたはずだぞ……! よもや顔を砕かれて済むなどと思ってはおらんだろうな……⁉」


 わたしは鼻を鳴らした。


「あんたこそ。わたしの可愛い熱人にこんなことしてタダで済むとでも……? しかも日常的にしてたんでしょ? 畳のあちこちに熱人の髪の毛が浮いてるよ⁉」

「これはしつけだ! 親子のじゃれ合いとも言うな……! 俺もこうして育てられてきたんだ!」


 わたしは怒りとともに広気をめつけた。おびえた広気がびくりと体を揺らす。


「そんなのがじゃれ合いであってたまるもんですか‼ あなたたちのしていることはただの虐待です‼ その結果——熱人が会社でどんなことをしてきたか‼」


 わたしは一冊のメモ帳をふところから取り出した。こんな時のために、今日までの熱人の蛮行ばんこうをこれに書き記してきたんだ!


「パワハラ小学生社長・川原かわはら熱人とでも言いましょうか? この子は……立派なパワハラ加害者です‼」

莉緒りお……⁉」


 広気の巨大な手に髪の毛でぶら下がったまま、熱人が苦しそうにわたしの名前をつぶやく。


「この子がパワハラ加害者ですって⁉ 熱人は私たち夫婦の自慢の息子‼ パワハラなんてれつ蛮行ばんこうは断じてしない‼ 眼鏡ちゃん、私は自分の朋友ほうゆう発言はつげんを撤回する‼ そんな妄言もうげんは休みやすみ言いなさい‼」


 なつみさんがわたしの胸ぐらを摑んだ。わたしはなつみさんの手首を摑み返して振り払う。


「妄言なもんですか‼ 社員を毎日のように大勢の前ではずかしめて‼ わたしの入社当日は、わたしのショーツ姿を全社員の前でさらしたんですよ⁉」

「えぇ……そ、そんなことを熱人が……⁉」

「他にも! わたしの初任給はマイナス千円‼ 爆営ばくえいぎょうでこうなったんです‼」

「えええええぇぇぇ……⁉」


 なつみさんの顔がけっしょくを失っていくのがありありと分かった。わたしはメモ帳のその部分を読み上げる。


「このガキはねえ——————‼


2025年 4月1日(火)

カンチョー、スラックスずらされて水玉おぱんつ丸見え


2025年 4月3日(木)

ボウガンで殺人未遂


2025年 4月4日(金)

手足縛られて猛獣二匹に犯されかける


2025年 4月8日(火)

電気椅子で感電死しかける



 〈中略〉



2025年 5月23日(金)

にゃんにゃん言わされる、自爆営業


——————————————みたいなことをわたしにやってきやがったんだぶるぅぅあああああああああっ‼ 証人もたくさんいるんだぶるぅぅぅああああああああああああっ‼」


 声を荒げて動かぬ証拠を三人に提示する。メモ帳が広気に渡ると破りかねないので見せるだけだ。


 わたしは瞳に炎を宿して、


「熱人は……会社を経営できません。これを実験というのならば、実験は大失敗です‼」


 三人は個性的な色の眉をそれぞれ垂れ下げた。わたしのパワハラ被害列伝には一部、子々音先輩も混じっていたので子々音先輩も眉を垂れ下げていた。


「熱人がこれらのようなことをする理由は……恐らく」


 広気が熱人の髪の毛から手を離し、熱人は「あうっ!」と声を上げてお尻から畳の上に落下した。


「熱人……。お前……」

「パパ……。ママ……。ごめんなさい……っ!」

「それ以上……俺を……パパと呼ぶな……。父上と呼べ……」


 広気が熱人を叱りつけ——たつもりなのだろうか。もう覇気はきがない。

 熱人は頭を押さえながらも、はなすすって泣き始める。わたしはそんな熱人をけんしわを寄せてにらみつけた。


「あんたが泣くな! 一番泣きたいのはわたしなんだからっ!」

「ううっ……莉緒……ごめんなさい……っ‼」


 隅で小さくなっていた子々音先輩が歩み出る。


「えっと……社長のパワハラは今に始まったことではありません。莉緒が——じまが入社する前から頻発ひんぱつしていました。まるで……『本当の自分は強いんだ』と力を誇示するかのように」

「そんな……熱人……」


 なつみさんが力なくうなだれた。


「あんたたちが熱人をしいたげるから。多分、熱人はその反動と誤学習で……!」


 熱人は天を仰いで泣きじゃくり出した。少なからず図星だったのだろう。


「ごめんなさいっ‼ ごめんなさいっ‼ ごめっ……っなっ……ゲホッ……ゲェッ……‼」

「熱人。あなたは泣きすぎるとすぐに戻すんだから。大丈夫?」


 なつみさんが熱人を抱き寄せ、両腕で優しく包み込んだ。広気はそんななつみさんと熱人を更に外から二人まとめて抱きしめる。


「自慢の息子だったのにな……」

「ごめんなさい……オレ……っ……ふんぞり返ってる間は……強いんだって……本当のオレは強いんだって思えてっ……! 本当にっ……ごめんなさい……っ! 本当に……っ!」


 子々音先輩が腰に手を当て、ふうっと息を吐いた。


「莉緒。ひとまず解決かなあ……?」

「これくらいで解決しますかねえ……? ってか、子々音先輩も反省してくださいよ」


 わたしは後ろの子々音先輩に眼をすがめるようにして肩をすくめた。

 泣きやまない熱人を中心に、川原家の親子三人はかたまりになっている。ホンットに、はた迷惑な親子‼


「……もういいですか? これからは親子仲良くしてくださいね? 熱人もパワハラは、やめること!」

「わかった……」「あ……ああ……」「……ええ……」


 たましいが抜けたような三人の返事が返って来た。

 なつみさんはどこかおびえたような顔をしていた。懸命に広気の体の陰に隠れようとしている。


 でも。わたしは、この親子ならやり直せるような気がした。もちろんすぐにではないけど。

 ……正直うらやましい。

 わたしには——もう帰りを待っている家族はいないから。


2025年 5月23日(金)

【Today’s power harassment】:胸ぐらを摑まれる

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