第三話 エロガキ社長の恋心

「(すごい、大人、カッコいい)」


 入社して数日経ったある日のお昼休み、わたしは灰谷はいたにさんからそうささやかれた。


「? なんですか?」

「(しっ! 声が大きいって! 今のは社長が喜ぶ三大ワードだよ。怒られそうになったらこれらを社長に向かって唱えるんだ。いいね?)」

「(はぁ……。そんなのホントに効くんですかぁ?)」


 わたしは社長机のほうに眼をすがめる。トラブルメーカのクソガキはお昼休みでどこかにいっていた。……トイレかな?

 勇者の岩倉いわくらさんもいないけど……。


 わたしは自分のデスクに力なくひたいを打ちつけた。それを見た灰谷さんが「わ!」と驚く。


「はぁ~~~~……! 憧れて入ったものの……この会社最悪ですね」

じまさん⁉」


 顔をデスクに伏せたまま続けた。


「あのガキが頭いいのは普段のテキパキとした仕事ぶりで分かります。でも振る舞いが保育園児レベルにひどいです!」


 わたしのはんだましいに火が付いた。

 こうなったら、奴がいない合間を見計らって徹底的にきゅうだんしてやる!


「そもそもなんですか? 社長ともあろうお人が社員のショーツ見ますか? 砂浜ではカンチョするし? ガキが会社の経営ごっこしてんじゃねえよこちとら『ゲーム業界で活躍したい』って夢がかかってんだよ夢が! 分かってんのかガキが! はなれのおチビちゃんは保育園に帰れってのっ‼」


 額をガンガンと繰り返しデスクに打ちつけながらわめらす。

 額でモールス信号を打っているのかと思われてもしょうがないが、こちとら、すでにそう喚きたくなるくらいには病んでいるのだ。


 そんな重症患者のわたしの肩が叩かれた。


「へえ~。そんなこと言っちゃっていいの? もし社長が聞いたら本当にクビだろうけど」


 聞こえてきたのは子々音ここね先輩の優しい声だった。

 ゆっくりと顔を上げる。


 右を向けば子々音先輩が苦笑いを浮かべてたたずんでいた。辺りを見回してもクソガキの姿は見えない。


「これ、漫画だったら莉緒りおちゃんの肩を叩いたの社長だよ? 社会人として言っておくけど、人の悪口は劇的に運気を下げます。……覚えておきなさい?」

「……ふぁい……」


 にっこりと笑う子々音先輩に、ぐうのも出ない。

 まあ少し軽率だったかな。


 ——どすっ‼ び————ん…………。


 わたしがさっきまで額を打ちつけていた場所に、ボウガンの矢らしきものが突き立った。


「……子々音先輩? ボウガンとか発射されましたか?」


 灰谷さんは白目をき泡を吹いている。


「ん? あたしそんな趣味ないよ?」


 わたしたち……というか社員一同、天井を見上げた。

 そこには。

 社長がボウガンをわたしに向けて、ワイヤでぶら下がっていた。


「ぎゃあああああああああああああああああああああああぁぁあああああああああああ‼」


 こう見えてもわたし、人からボウガンを向けられるのは人生で初めての体験だ。

 わたしの悲鳴を合図にしたように、オフィス全体がパニックにおちいった。


「社長ッ‼ なにやってんですか‼」


 子々音先輩が天井の子蜘蛛クソガキに向かって青い顔で叫ぶ。

 この人も叫ぶことあるんだ。


「ん? なにって……監視だよ監視。社内でなにか不法行為が行われていないか……ね!」


 そう言って社長は矢を発射した。

 矢がわたしのデスクトップパソコンを火花とともに貫く。


「社長‼ ごめんなさいごめんなさい‼ わたし社長の悪口言いました‼」


 わたしは体投たいとうして自らの不法行為を謝罪する。

 ホントだ‼ 子々音先輩の言う通り、わたしの運気は劇的に下がってる‼ このままじゃ会社クビどころか人生クビ(=死)だ‼


「小嶋ーっ! お前を殺してオレも死ぬことにするよーっ‼」


 社長はワイヤでゆらゆらと揺れながらヤンデレみたいなことを口走る。


「社長‼ 社長——っ‼」


 子々音先輩が声をらして叫んだ。

 何人かの社員はもうオフィスから退避している。


「ど、ど、どうすれば許してくれるんですかあっ⁉」


 わたしも必死でいた。


「オレはお前が好きなんだ‼ オレと結婚してくれればお前の命は助ける‼」


 なんだその卑劣な求婚は。


「その件でしたらもうわたしが砂浜でフッて終わりましたよねえ⁉」


 社長はなおも揺れ動きながらボウガンをわたしに向ける。その眼に確かな復讐の火を宿して。


「恋愛はフラれて終わりではない! フラれてからが始まりなんだ! 父上がそう言っていた‼」


 うーん、いちあるような、ないような……。

 ——その時、思い出した。


「……社長! ボウガンを使えるなんてカッコいいん・・・・・・ですねえ・・・・!」


 社長の口が明らかに半開きになった。

 社長はワイヤを緩めてフロアに降りてきた。


「……そ、そう?」


 社長は左手を後頭部に当て、頰を赤らめる。


「そうです。カッコいいですよ! さすがわたしの尊敬する社長です!」

「すごい! 大人だってこんなの使える人少ないよねえ! 大人を超えた大人~!」


 子々音先輩も思い出したように社長をおだて始めた。


「い、いや~、照れるな~……尊敬する、だなんて……」

「ホントに尊敬してますよ⁉(なにこいつ単純すぎんだけどプギャーww‼)」


 ひとまず退避する社員の群れはフリーズしてまった。


「おいおいちょっと待て‼ なんの騒ぎだ‼」


 青い髪を持つ勇者・岩倉さんがオフィスに飛び込んできた。

 スパゲッティのミートソースとおぼしきソースが口の周りに付いている。

 食事中に知らせを受けたかなんかで、よっぽど焦ってきたんだろう。


 子々音先輩が勇者に駆け寄る。


「岩倉さん……社長が……!」

「ガキがどうした⁉」

「岩倉! 大変なんだよー‼ 遊びのつもりで持ってきたボウガンが本物だったんだ‼」


 わたしは社長の発言に耳を疑った。

 いやいや、お前さっき本気でわたしの命狙ってたよなあ?

 社長はすっかり反省している、と言わんばかりにしゅんとしている。


 勇者は荒れ果てたオフィスを眺め見てしばし黙考もっこう


「そうだな、あなたはまだ子供とはいえ、ゲーム会社の社長が社内でボウガンを発射したとなれば大問題だな」


 当たり前だろ。


「まあ今回は」


 社長の蓮色れんいろの頭に勇者のげんこつという名の落雷が発生した。


「ぎゃあんっ⁉」

「これで勘弁してやる! てめえら! このことは他言するなよ! SNSにも書くな‼」

「……はあ。これでどこまで封じ込められることやら」


 そんなことを溜息ためいきじりにつぶやきながら、子々音先輩がわたしの手の指に自身の指を絡めてきた。

 あの……なんだか体の距離が近いんですけど……。


2025年 4月3日(木)

【Today’s power harassment】:ボウガンで殺人未遂

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