第十一章:奏でるな
金貨の壺も、黄金のガチョウも消えてしまった今、
ジャックがすがれるのは、たったひとつ
――ハープだけでした。
「……そうだ! ハープは?
ハープは……消えてないよな……?」
自分に言い聞かせるように、ジャックは立ち上がり、再び納屋へと向かいました。
納屋には、小窓から差し込む月明かりに照らされた、
変わらぬ姿のハープがありました。
ハープは、まるでその姿を祝福されているかのように、
神秘的な光を纏っていました。
「良かった。これだけは消えてない。きっと、また富を得られる…」
ハープに、そっと手を伸ばそうとしたそのとき――
「……ハープを……奏でるな……」
アルディンの声が、ふいに脳裏によみがえりました。
その声は、怒りではなく
――哀しみを帯びた、忠告のようにも聞こえました。
「……なぜ、奏でてはいけない?
願いが叶うんじゃないのか?」
ハープに触れようとするたび、
ジャックの心には、あの言葉が繰り返し響きました。
「奏でるな……」
ジャックの額には、じんわりと汗が滲んできました。
「このハープを奏でたら、どうなると言うんだ?」
ハープはただ、静かに、静かに…ジャックを見つめていました。
すでに金貨の壺も、黄金のガチョウも消えてしまった今、
ジャックにはこのハープしか残されていませんでした。
「……これを弾けば、何かが起こる。そうだろ?
空にあった宝の一つなんだから……」
ジャックは、意を決して、弦に触れました。
ポロン――
一音。
それは美しく澄んだ音色で、静かな夜の空気を震わせました。
さらにもう一音、そしてもう一音。
しかし――何も起きませんでした。
金貨が降ってくることも、
ガチョウのように金の卵が転がり出る事もなく、
ただ美しい旋律が納屋に響くだけでした。
「なんだよ……このハープは……っ!!」
ジャックは立ち上がり、
怒りのあまりハープを蹴り飛ばしそうになりましたが、なんとか足を止め
「……ちくしょう……」
と、力なく呟き、ハープを見つめたまま、立ち尽くしていました。
しばらくして、納屋を出ると、家の外で母が空を眺めていました。
ジャックに気付いた母は
「……なんだか……心がざわざわして、眠れないの……」
と小さな声で、呟きました。
母の目に宿った違和感――
それは、静かに、何かが始まっていることを告げていたのでした。
続く~第十二章へ~
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