目が覚めたらオークになってました。~ゴブリンの親玉になった俺は、人類との共存を試みる~

らむ

第01話 目覚めたらオークでした

 目覚めて最初に感じたのは、強烈な臭気だった。

 鼻腔を容赦なく破壊するその臭いは、体臭なのか腐敗臭なのかもよく分からない。ただただ辟易しつつ、身を起こす。

 見慣れない風景だった。それはそうである。現代社会でサラリーマンとしてつつがなく暮らしていた俺にとって、洞窟など見慣れるはずもない。

 だが、洞窟だった。岩肌の壁と天井、そして床。先ほどまで寝ていた所にはシカか何かの革が引かれているが、気休めにしかならなさそうだ。


「……んん?」


 疑問符を頭に浮かべつつ、ようやく脳が覚醒してきたので、状況を整理しようと試みる。

 確か、そう、俺は外回りに出ていたはずだ。飛び込み営業で上手いこと契約に漕ぎつけ、上司にメッセージアプリで報告しようとした。

 思い出した。その瞬間、俺は誰かの「危ない!」という声に立ち止まり、空から飛来した鉢植えか何かに頭部を強打されたのだった。最期の記憶は、めまいと、頭から飛び出す血の感覚。

 死んだのだ。そう結論付けた俺は、急に背筋が凍る思いになった。

 そうであれば、今の俺はなんだろうか。時折話に聞く「死んだら異世界に転移したり生まれ変わったりする」という荒唐無稽な話が、頭を過ぎる。

 まさかと思う。しかし、触れれば感触はあるし、呼吸もしている。死んだ体ではない気がする。


「一体……」


 なんなのだ、と言おうとして、俺は自分の掌を見た。

 そして、大変な悲鳴を上げた。


「えええええ!? でっか!? 緑ッ!?」


 そのまま言葉に出てしまうほどに、俺の手は巨大で緑色だった。爪は鋭く伸びていて、おおよそ人間のものではない。

 よく見てみれば、上半身裸の胴体も緑、足も緑だ。ここまで来たなら、おそらく顔も緑だろう。そうでなければ逆に困る。

 そんなことを言っている場合ではない。俺は魑魅魍魎に身を落としてしまった可能性に戦慄した。善人とまではいかないけれど、そこそこいい人として暮らしてきたはずなのに。地獄へ落される謂れは、たぶんない。


「と、とにかく外へ出よう」


 自分に言い聞かせるように呟いて、立ち上がる。視界が非常に高く、天井が近くに感じる。電球を変えるために脚立に上った時の視点だ。この体、二メートル以上あるのではないだろうか。

 高身長が手に入った感慨もなく、俺は当てずっぽうに歩き出した。しかし、道が分からない。困ってうろうろしていると、何やらキャイキャイと甲高い声が聞こえた。

 人かしらと思い、そちらに向かう。角を曲がると、ゴブリンがいた。なぜゴブリンだと分かったのかと言えば、その見た目がゴブリン以外の何物でもないからである。


「ア! 親分!」

「親分?」

「親分デショ!?」


 首を傾げる俺以上に首を傾げ、ゴブリンは眉間にしわを寄せた。

 どうやら俺は、彼あるいは彼らの親玉であるらしい。まぁ肌も緑だし、シンパシーを感じるのは分からなくもない。

 そういえば、この体の元の精神はどこにいったのだろうか。憑依もののアニメを見た時に感じていた疑問が湧くが、いったん保留にする。


「えっと、子分さんでいらっしゃいますか?」

「子分サン!?」

「あ、えっと、どうしたらいいんだこれ。とりあえず外に出たいんですけど」

「親分、出口ワカラナイ!? バカニナッタカ! オモロイ!!」


 ゴブリンがゲラゲラと笑う。元の魂だったらぶん殴られていたのではないかと思ったが、俺は咳払いでこれを我慢した。


「それで、出口は?」

「コノ道マッスグ!」


 ゴブリンが小さな手で指し示す方向を見ると、確かに薄っすらと光が見える。俺は安堵の息をついて、ひとまずそちらに急いだ。

 途中で通過した大きな広場はゴブリンたちがたむろする場所のようで、十匹以上のゴブリンが俺を見ては、ペコペコ頭を下げてくる。反射的に礼を返すと、酷く気色悪いものを見たという顔をされてしまった。

 よほど、この体の持ち主は威張り散らかしていたと見える。ならば俺もそうできそうなものだが、どうにも、人に強く当たるのは好きではない。


 ともかく外へ出た。そこは森の中で、さんさんと降り注ぐ太陽が木の葉の隙間から光を下ろして、とても美しい。

 洞窟の中に漂っていた臭気はなく、非常に爽やかな気持ちだ。ピクニックに来た時と同じ高揚感を覚えて、大きく伸びをした。


「んん……、空気うまぁ」


 目を細めて、森林浴を満喫する。ふと洞窟を振り返ると、番人をしていたらしいゴブリンが怪訝な顔でこちらを見上げていた。

 会釈をすると、その怪訝さは深刻度を増した。しかし敵意はないようで、真似てペコリと頭を下げる。


「すみません、少し散歩に出てきていいですか?」

「サンポ!?」

「えぇまぁ、ちょっと周りの様子も見てきたくて」

「!?」


 オークが散歩をするのがよほど意外なのか、ゴブリンは折れるのではないかしらというほど首を傾げている。

 そんな顔をされても困るし、伝えるべきは伝えたので、俺はもう一度見張りゴブリンに会釈をして森の奥に分け入った。

 非常に背が高いせいか、木々の太い枝がゴツゴツと頭に当たるのには辟易した。しかし痛みはあまりなく、草木の中を突っ切ってもなんともないので、体は相当に頑丈らしい。


 目印に木の枝を折りつつ進むと、水の流れる音が聞こえた。そちらに行くと、美しい小川があった。かなり下流のようで、穏やかな流れだ。

 掬って一口、飲んでみる。冷たくて甘く、喉から胃袋まで水が落ちていく感覚を堪能した。

 そして、俺はついに覚悟を決める。


「……さて」


 意を決して、川を覗き込む。そこに映った顔を見て、俺は崩れそうになった。

 やはり緑の肌に巨大な口と上を向いた牙、濁った黄色い目は巨大で目つきが悪く、耳は尖っており、角が二本あるが、頭髪はない。

 あぁ、うん。そうか、これオークだ。こんなに清々しいほどオークな顔面があるんだ。むしろこれがオークじゃなかったらどうしようというレベルだ。


 俺はその場にしりもちをついて、小川の流れと風に揺れる森を呆然と見つめた。

 現実逃避は得意分野だったが、これはもう逃れられない。俺は今、人間を辞めてオークになっている。なぜかは知らないが、それが事実だ。

 弱った。元の人間に戻れるのだろうか。いや、死んでいるのだとしたら無理か。このまま一生オークとして暮らすのか。あ、やばい、泣きそう。


 川辺でしばらくめそめそしてから、俺は立ち上がった。

 考えを変えるのだ。今までの社畜生活――いや、ホワイトな企業ではあったけれど、上司の小言を聞いたり先輩に気を使ったり取引先にペコペコしたりとか、そういうことはもうしなくて済むと考えよう。

 それに、これまでいい人として大人しく生きてきたが、これからは悪逆非道の限りを尽くしてもいい。何せ俺はオークなのだから。そうだ、近くの村を襲撃して、女の人をさらって、くんずほぐれつしてしまおう。

 自棄になっていることは自覚しながら、その理性はなるたけ無視して、俺はずんずんとゴブリンの巣穴へ戻った。とりあえずは、子分たちに威張り散らかそう。ふんぞり返る練習をするのだ。そうすれば気も紛れる。

 洞窟が見えて、俺は大きく息を吸い込んだ。


「おい、帰ったぞ野郎ども……!?」


 精一杯のがなり声を上げた俺に、ゴブリンたちが振り向く。見張りの一人だけだと思っていたが、洞窟の外には五匹ほどの子分がいた。

 その彼らが、何かを囲んでいる。いや、何者かをだ。

 引っかかれて血がにじむ細い腕。乱暴に引っ張られている金色の髪、恐怖に怯える青い瞳。

 それは、少女だった。


「ばッ――」


 気づけば俺は、駆け出していた。


「ばかーッ! やめなさーいッ!!」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る