第35話 奏とお泊りする話

「ん~、帰ってきたって感じがする」


「そういうセリフは自分の家に帰ってからいいなさい…」


なんやかんやあり、なぜか奏が俺の家に泊まることになった。なぜだ。

いやつい昨日も同じ件をやったはずだ。どうしてこんなハプニングが立て続けに起こるのか…それが分からない…。


「でも本当にいいのか?俺、明日も練習だから朝早いぞ?」


「私は普段から朝型だから、早起きは全く問題ない。なんなら朝ごはん作ってあげる」


「…いや、しかし」


「今、朝ごはん作ってくれるのかやったー!って思ったでしょ」


「…まぁ」


「ふふ、素直でよろしい。今から買い物行くには時間が遅すぎるし、冷蔵庫の中身確認させてもらうね」


「あぁ、今日はそこそこ材料になりそうなもの入ってると思うぞ」


奏は、おもむろに冷蔵庫のなかをのぞき始める。以前彼女たちが初めてうちに来たときは、たまたま冷蔵庫の中身がすっからかんだったからな。たまたま。

今回はどうやらお眼鏡にかなったらしい。


「龍は何時に起きる?」


「八時から練習だから、6時には起きて準備すると思う」


「わかった。じゃあそのぐらいにご飯できるようにする」


「本当にいいのか?すごい負担だと思うんだが…」


「だいじょーぶ。もし眠かったら、龍が練習言った後にちょっと寝る」


「ならいいが…そうだ。ならこれ渡しておくか」


「…これは?」


「カギだけど」


「どこの?」


「うちの」


「…なんで?」


「俺が練習から何時に帰ってくるかわかんないからさ。もし俺がいない間に帰るときはカギ閉めて行ってくれたらいいから。使ったカギはポストの中に入れておいてくれたら…」


「大丈夫、ちゃんと龍が帰ってくるまで待っておく。ただカギは借りておく。夕飯の買い出しとか行くかもだから」


「まさか夕飯まで作ってくれようとしてる?」


「当たり前。良き妻というのはそういうもの」


「まだ妻は少し早いんじゃないかな…ご両親は心配しないか?」


「明日の夜までに帰れば大丈夫」


「…そっか。じゃあお言葉に甘えようかな」


「任せて。おいしいご飯たくさん作っておくから」


そういって彼女は胸を張る。

その姿があまりにかわいくて、つい頭をなでてしまった。


「それ、最高。もっとやって」


「はいはい。撫で終わったら先にシャワー浴びておいで」


「ん…。わかった。体きれいにしてくるね…」


「言い方考えて」


この子は本当に言葉をオブラートに包むということを覚えてほしい。






真琴の時とは異なり、お風呂場でのエッチなハプニングなどは特になく、俺たちはしっかりシャワーで体を休めることができた。


さすがにここ数日の強行軍の疲れがきたのか、さすがの俺も結構な眠気に襲われている。明日も早いことだし、今日は早めに寝ることにするか。


「奏はどこで寝る?俺のベッドを使ってもいいが…」


「そうさせてもらう。龍のベッド…でへへ…」


「わかった。じゃあ俺はソファーで…」


「どうして?」


「どうしてって…なにが?」


「龍は明日練習。ということはしっかり休養を取っておく必要がある」


「それはそうだ」


「なのに、そんな状況でソファーで寝たりなんかしたら疲れが取れない。疲れが取れないまま練習なんてしたら怪我の元」


「まぁ、おっしゃる通りではあるが…」


「だから龍もベッドで寝る」


「いや、そうすると奏が寝る場所が…」


「…?私がベッドで寝る」


「…?うちはベッド一つしかないぞ?」


「わかってる」


「…まさか」


「私と龍、一緒に同じベッドで寝る。これで何の問題もない」


「問題しかないが?」


真琴の時だってぎりぎりだったのに、またあんな苦行を強いられるなんて勘弁願いたい…!


「…龍は、私と寝るのは…いや…?」


「いやじゃないです」


かわいい彼女からそんな顔でおねだりされて断れる彼氏がいるだろうか。いやいない。






「ん、ちょっと狭い」


「そりゃあシングルベッドだからな…」


そうして、俺たちはなぜか同じベッドで就寝することになった。

互いに背中合わせでベッドに横に泣ているわけだが、背後にはぴったりとくっついた奏の背中のぬくもりが感じられる。

もはや俺たち二人の間にはほとんどの距離はない。

まずい、緊張で心臓が張り裂けそうだ。


「ね、私龍の顔見ながら寝たい」


「それはお前…」


「…だめ?」


「…だめじゃ…ないぞ…」


そうだ。結局俺が我慢できれば全然オッケーな話なわけだ。

今夜一晩耐えたら俺の勝ちだ。


…俺はいったい何と戦っているんだ…?


「じゃあ、こっち向いて?」


俺は息をのみながらも、ゆっくり奏のほうを向く。

そこには絶世の美女が横たわっていた。

真琴のかわいらしさや、由奈の凛々しさとはまた違ったベクトルの容姿の暴力。


くっ…!なんで俺の彼女はみんなそろいもそろって超絶美人ばかりなんだ…!本当にありがとう…!


「…龍のあったかさ、すごい安心する」


「…俺もだよ」


確かに落ち着くというか、波長は合うと思っている。

今は別の意味で動悸が止まらないがな!


すると、奏がおもむろに俺の胸元に擦りついてくる。

そのうえでさらに両腕を俺の背中まで回してきた。


「…きもち…」


「ぐぅっ…」


なんでこの子はこんなにも俺の琴線を刺激するようなことを自然とやるのだろうか…


「…龍」


「な、なんだ?」


「龍が、わたしたちのためにしっかり考えてくれてるの、とてもうれしい」


「それは…当たり前だろ?大事な彼女のことなんだし」


「ん。真琴からも話は聞いてる。だから私も今日のところは我慢して


「…っ!」


その瞬間の奏の表情は、これまでに見たことがないほど妖艶であった。

それこそ、俺の心臓の奥のほうまでわしづかみにされるような。


「でも、キスぐらいは、いいよね?」


「…あぁ、こっちからお願いしたいぐらいだよ」


「じゃあ、龍からして?」


そんな彼女のうるおいあふれる唇めがけて、俺はゆっくり自分の唇を触れ合わせる。

柔らかい感覚が、俺の脳内を支配する。


「んっ…んっ…」


彼女の唇をついばむたびに小さく声を上げる奏。

可愛すぎる…俺は自分の欲望のままに、彼女の口内に舌を滑り込ませた。


「んんっ…!レロ…っ」


彼女は、間髪入れずに俺の舌をとらえると、まるで巻き込むように包み込んできた。

時々息が苦しくなってきて、お互いの口が離れるたびに、二人の唾液で橋ができている。


そんな唾液がベッドの上に落ちないように、奏は舌をうまく使ってそれを吸い上げる。そんな彼女のしぐさがまた俺の情欲をかきたてるわけだが、ここで欲望に負けてしまっては男が廃るというものだ。


なにより、真琴や由奈にも申し訳が立たないからな。俺は自身の衝動を押さえつけるように、奏のことを強く抱きしめる。彼女は、そんな俺の思いを理解してくれたのか、彼女も優しく俺のことを抱き締めてくれた。


俺たちは、二人して睡魔が限界を迎えて寝落ちするまで、お互いのぬくもりに包まれながら、口づけを繰り返し続けた。

とても幸せな夜だったと、追記しておこう。






「…ん、朝か…」


翌朝、しっかりかけていた目覚ましのおかげで寝坊することなく起床することができた。隣にいたはずの奏はすでに部屋にいなかったが、おそらく朝ごはんを作ってくれているのだろう。リビングからおいしそうな匂いが立ち込めている。


…ふとベッドを眺めると、昨日の情事のことを思い出してしまい赤面してしまう。


切り替えろ俺。いつも通りだ。平常心平常心…


俺はしっかり深呼吸して息を整えてから、リビングへと向かう。


「奏、おはよう」


「おはよう龍。ごはんちょうどできたよ」


そこには、エプロンを付けた奏がちょうど料理を終えたところであったようだ。


「並べるの手伝うよ」


「ありがとう。じゃあこれお願いしていい?」


そう言って彼女が差し出したのは、鮭の塩焼きだ。これだけでめっちゃおいしそうだが、さらに


「お味噌汁もあるから。おかわりも自由」


「至れり尽くせりだ…」


THE日本の朝食といった様子の料理たちが食卓に並んでいく。


「じゃあ、いただきます」


「いただきます」


俺たちは二人で朝食をとる。

やはり奏の料理はとてもおいしいな。

鮭も塩気がいい感じに効いていてごはんが進むし、

味噌汁も具材になっている野菜の味が、味噌ととても良い加減に合わさっていてとても味に深みが出ている。


「こんな料理を毎日食べられたら最高だなぁ…」


「じゃあ、卒業したら最高な毎日がやってくるね」


「…そうだな」


だからさ、急にそういう話するのやめな?心臓に悪いって。


「めっちゃおいしかった…ごちそうさま」


「お粗末様でした」


食事を終えて、時間は7時過ぎ、そろそろ家を出なければならない時間だ。


「真琴と由奈は今日帰ってくるんだっけ」


「ん。昼過ぎには戻るらしい」


「もし退屈ならふたり呼んでもいいからな?まぁ、二人も疲れてるだろうし無理にとは言わないが…」


「いや、ナイスアイデアかも。ふたりとも絶対喜んでくるし」


「あんまり遅くならないようにしなきゃだけど、簡単に祝勝会でもやるか。しっかりした奴は俺が県大会で勝ったタイミングでやるとしてさ」


「…!それいい。やっぱり龍は天才。時間見て二人に連絡してみる」


「二人が無理そうならまた日を改めてやったっていいからな」


「それはわかってる。無理は言わない」


まぁ、奏はそのあたりのバランス感覚はしっかりしているからな。問題ないだろう。


「じゃあ、そろそろ練習いってくるな」


「わかった。気を付けてね」


「あぁ…。なんかこれ、新婚さんみたい…だ…な…?」


「…龍って、そういう不意打ち好きだよね。ほんと」


今のは我ながらよくなかったとは思うが、昨日の君ほどじゃないと思うぞ?

だからそんなふうに顔を真っ赤にしてうつむかないでくれ。


…まぁ、ここまでいったらどこまでやっても一緒か。


俺は彼女を自分のもとへ引き寄せると、触れるだけの優しいキスをした。


「…行ってきますのチューってやつだ。もっと新婚っぽくなっただろ?」


「…バカ」


奏も満足げな表情を浮かべているので、やってよかったかな。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る