第22話 忍び寄る
「山村、ちょっといいか」
「はい?なんでしょうか?」
生徒会の仕事を終え、途中から部活に参加しようと急いで向かった部室で、監督に声をかけられた。うちの剣道部は、男女の監督をこの方が兼任している。指導力もあり、人格者でもある、信頼できる監督だ。
「たしか、今日の買い出しは黒木に頼んだはずだったな?」
「はい。朝のうちにお金も渡しています」
「その黒木だが、今日部活に来ていない」
「…はい?」
すでに部活が始まる時間から一時間は経過している。買い出しといっても、学校近くのドラッグストアでそろう程度のものだ。どんなに時間がかかったとしても30分かかるかどうかぐらいで戻ってこれるはずだ。
「すぐに探してきます…!」
黒木を代役に頼んだのは私だ。彼に何かあったのであれば、それは私の責任だ。
私は急いで彼を探しに走りだそうとしたのだが、それは監督に止められた。
「待て待て。別に山村に責任があるとは思っていない。黒木に関しても、口調はあれだが、この2か月練習もさぼらずまじめにやっていたからな」
「…申し訳ありません」
「だから、この件に関して山村に問題があるとは思っていないから謝るんじゃない。ただ、もしこのまま部費を持ったまま部活に来なくなるようであれば、こちらもしかるべき対応をしなければならなくなるからな。そのために事前に伝えておこうと思っただけだ。まぁ、明日黒木がなんてことないような顔で出てきてくれれば一番いいんだがなぁ」
そういうと、監督は「練習は切り替えてしっかりやれよ~怪我するぞ~」と言い残して去っていった。
ふと、西野の言っていた言葉が脳裏をよぎる。
『あの男は卑劣なやつなんです』
…いや、アイツは人間性は置いておいても、監督の言う通り練習態度はとてもまじめだった。だからこそ私も彼に買い出しをお願いしたのだ。
何事もなければいいのだが…
「よぉ龍。おはよう」
「おはよう、真也」
いつも通りの朝、一足先に教室に到着していた真也に挨拶してから席に着く。
「…なぁ、お前、西野となんかあった?」
「あったといえばあったが…」
真也の言葉を受けて、西野のほうをみるが、なにやらとんでもない形相で俺をにらんでいる。気まずすぎて思わず目をそらしてしまった。
「西野のやつ、最初は爽やかイケメンくんだと思ったんだけどなぁ…人は見かけによらないってやつか」
「まぁそうかも…?」
流石の真也もあの顔を見たらドン引きらしい。
あれで周りの女の子たちにはまだ本性に気づかれていないらしいのは流石というべきか。
話題も西野のことから離れて、他愛のない雑談を続けていたところ、突然スマホが振動した。
この時間にメッセージ送ってくるなんて誰だ?真琴も奏も教室にいるし、咲夜は朝練だろうし…考えながらスマホを開くと、メッセージを送ってきていたのは何と由奈であった。
山村 由奈:龍、今いいか?
ryu:どうした?
山村 由奈:黒木は教室にいるか?
黒木君?俺は教室を見渡すが、彼の姿は見当たらない。
ryu:まだ来てないみたいだけど…
山村 由奈:そうか。ありがとう。
ryu:来たら連絡しようか?
山村 由奈:あぁ助かる。頼む
…なんだ?たしか黒木君って、昨日由奈から買い出しを頼まれてたんだっけか?
それに関係した連絡かなんかだったのだろうか。
…まただ。
言いようのない不快感。
あの時と同じ感覚が俺を襲う。
いったん、昼休みに由奈にいろいろ聞いてみようか。
と、思っていたのだが。
「水瀬君、ちょうどよかった」
「黒岩先輩?どうされました?」
休み時間、お手洗いの帰り道に、野球部マネージャーの黒岩先輩に呼び止められた。
「急で申し訳ないんだけど、昼休みに部室まで来てもらってもいい?緊急ミーティングがあるって」
「緊急って、何かトラブルですか?」
「みたい。私もまだ詳しく聞いてないんだけど、外野やってる2年生の子が怪我しちゃったらしくて…」
「あらら、それは…」
うちの野球部は、野手の控えメンバーは割と層が厚いのだが、外野は唯一の例外であり、野手陣では2年生の先輩がスタメンを務めている。
2年生の先輩が怪我をしてミーティングってことは、その外野の穴をどうやって埋めるか、って話だろうな。
タイミングが悪いな…
しかたない、由奈にはあとでメッセージを送っておくか…
放課後にでもタイミング合わせて話をすることにしよう。
黒岩先輩と別れて、教室に戻ると、奏と真琴が俺の席で談笑をしていた。
「あ、龍くん遅かったね」
「マネージャーの先輩と話しててな?」
「…第3夫人候補?」
「なぬっ!?そんなもの私の目が黒いうちは許さないんだからね!」
「いやその先輩彼氏いるから」
「な~んだ」
「『うちの彼氏は嫁にはやらん!』ムーブできると思ったのに。残念」
「いや嫁じゃなくて婿だろ。あぁそうだ。今日の昼、ミーティング入っちゃったから、昼は由奈と三人でいってきてくれ」
「わかった!なんかあったの?」
「一人ケガ人が出たらしくて、そこどうするかの話じゃないかって先輩が」
「大会近いんだったよね?」
「あぁ、結構まずいかもしれないな」
「最悪私が代わりにでる。今から練習する」
「気持ちはありがたいけど遠慮させてもらうよ奏」
ふむ。どうせ奏と真琴がいっしょにいくんなら、由奈のことも聞いてもらうか。
昨日のことといい、二人も無関係ってわけでもないし。
「それと、今朝由奈が黒木君のこと気にしてたみたいでさ。それとなく探り入れておいてもらえると助かる」
「黒木君?なにかあったのかな?」
「何もなければそれに越したことはないし、昨日の西野のこともあるしな。あぁ、別に俺が気にしてたことは隠さなくていいから。どうせ夜には俺から改めて聞くつもりだし」
「わかった。任せて」
これでいったん由奈のことは問題ないだろう。
「由奈~!こっちこっち!」
「すまない、待たせたな」
「大丈夫、時間通り」
今日は龍が野球部のミーティングでいないので、何日かぶりの三人での御飯。
「あれ、今日は由奈弁当じゃないんだね」
「あぁ…ちょっとバタバタしててな。作る暇がなかったんだ」
「バタバタ…黒木君のことで?」
「…龍から聞いたか」
「ん、龍も気にしてた」
「そうか…心配をかけてしまったな」
「何があったか、聞いてもいい?」
「そうだな…、他言はしないようにしてくれよ?」
そういって由奈の話した内容はなかなか衝撃的なものだった。
まさか黒木君が部費を持ったまた行方不明なんて。
…と思ったけど私、そんな驚くほど黒木君の人柄知らなかった。
でも、これって結構な大問題なのではないだろうか。
由奈になにか不都合が起きなければいいけど。
「私たちにできること、ある?」
真琴が心配そうに由奈に声をかける。
こういうの、私は苦手だから、真琴にはいつも助けられてる。
「今のところは大丈夫だ。いっても、私もなにかできているわけではないし…すべては黒木が学校に来ないことにはな…」
「じゃあ、黒木君が学校に来たらすぐ由奈に知らせる」
「奏…ありがとう。助かるよ」
友人が困っていたら助けるのは当たり前。それに、由奈は私たちの同志だから。
「夜、龍から連絡が来るかも。自分でも直接聞くっていってたから」
「そうか、龍も大事な時期なのに…」
「それは由奈もでしょ」
「大会、近いって聞いた」
「このぐらいで調子を崩すような鍛え方はしていないよ。それに、監督たちも気を使ってくれているしな」
「そのあたりは、由奈の普段の行いのおかげでしょ!」
「ん、由奈だからちゃんと信頼してもらえた」
「…ふたりともありがとうな」
そういって薄く笑ってくれた由奈だけど、やっぱり気にしてるのか、お昼は最後まで少し元気がなさそうだった。
龍じゃないけど、私もなんか胸騒ぎがする気がする。
私たちも由奈のこと気にかけていた方が良いかも。
奏のほうを見ると、彼女も同じ考えらしく小さくうなずいてくれた。
翌日、龍と奏と一緒に教室に向かうと、なにやら中が騒がしい。
扉を開けて中をうかがうと、なにやら教室の前のほうにみんなが注目している。
その視線の先を追うと、
「黒木君、学校来たんだ」
「でもあれ…ケガ…してない?」
「ほんとだ」
彼は、頬に大きなばんそうこうを貼っているみたい。
あの風貌であのケガだから、みんなあることないこと噂してこの騒ぎになったってこと?
昨日のことと何か関連があるのかもしれないけど、だからって不用意に効くのは良くないかもしれない。
「龍…?」
と、おもったけど、隣に立っていた龍が黒木君のところにいくと声をかけた。
ちょっと遠いから詳しくは聞き取れなかったけど、「少し話そう」みたいなことを言ってたと思う。
龍って、自分の大切なものを守るためだったら、結構積極的になるところがある。
私たちもそういうところに守られたし、龍のそういうところを好きになった。
少しでも彼の支えになれるように、そして大切な友人を守るために、私たちも何かできることをしよう。
黒木君を呼び出した俺は、ほかの人に話を聞かれないよう、教室から少し離れたところで立ち止まった。
「んだよ、話って」
「由奈のことで、少しね」
「由奈…お前姉御の知り合いなのかよ」
「姉御…ま、まぁそうだな。黒木君は由奈の弟弟子なんだって?」
え、由奈って弟子たちから姉御って呼ばれてるのか。
ひとついじりネタができたが、今はそれどころじゃないな。
「…そんなたいそうなもんじゃねぇよ。道場にいた時期もほとんどかぶってねぇし」
「のわりに、姉御って呼んでるんだ」
「道場のやつらはだいたいそうだ。姉御には大なり小なり世話になってるからな」
「…そのケガ、どうしたんだ?」
「…帰ってる途中にこけたんだよ。文句あっか?」
「いやそういうわけじゃない。ちょっと気になってな」
「だいたいなんで俺がテメェとわざわざ話さなきゃなんねぇ。何が聞きてぇかはっきりしろや」
「なら本題に入らせてもらうけど…部費はちゃんと由奈に返したのか?」
「何でテメェがそれを…」
「別にほかに他言したりはしてないし、それで君を脅すつもりもない。ただ、由奈に迷惑が掛かってないか確認したいだけだ」
「…今朝あって返してきたよ」
「ちゃんと謝罪したか?」
「…あぁしたよ!これで満足か!?」
「謝ったってことは、今回の件では姉御に迷惑をかけたって自覚はあるんだ?」
「あ”?何がいいてぇんだ」
「言葉の通りだ。自分のけじめは自分でつけろって話だよ」
「…そんなことあたりめぇだろうが」
「わかってるなら、いいんだ。…もし困ったことがあれば協力できることはする。声をかけてくれ」
「んだよ、そんなことテメェにメリットないだろうが」
「幼馴染の弟弟子なら無関係じゃないし、お前に何かあれば、由奈も悲しむ」
「…チッ。うるせぇやつらだ」
そういうと、彼は教室に戻っていった。
あのケガ、たぶんこけたぐらいじゃつく傷の大きさじゃない。
部費は無事に由奈のもとに返ってきたわけだし、本来ならこれで一件落着なはず。
なのに、この妙な不快感が消えないのはなんでだ…?
話してみて分かったが、やはりこの男は、根っからの悪者って感じじゃない。
むしろ、そういうラインを大事にするタイプだ。
そもそも、仮に黒木君がワルな人間だったとしても、あの道場に入って生活すれば、必ず矯正されるからな。耐えられない奴は自然といなくなっていく。あそこはそういう場所だ。
なのにだ。
そんな黒木君を目の前にして、不快感が増しているのはなぜだ…?
俺は困惑しながらも、教室に戻るのであった。
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