深淵の覇者
Reisz歴史考察!
序章〈泡柱〉
1937年5月 北大西洋・アゾレス沖/国際海底通信観測ステーション "ICNet-03"
沈黙の海底に、それは忍び寄った。
アゾレス諸島の沖合800km、水深6,000メートルの海底に敷設された国際海底通信網「ICNet」の第3監視局“ステーション03”は、地球規模の情報通信を司る神経の一部として、日夜その任を全うしていた。
局長のフランツ・ホルストは、その夜も機械のざらついた通信音と、振動センサーの細かな数値を確認しながら、終業間際の報告書に目を通していた。
「セクターD-29、圧力変化あり。1.8メガパスカル、持続中……?」
部下のリサーチ員がつぶやいた。
「潮流だろう、どうせまた誤差の類いだ。あの区域は最近、海底熱水噴出口の活動も――」
フランツがそう言いかけた瞬間、監視室の照明がふっと暗転し、赤い警告灯が点滅を始めた。
『接続異常:主幹光ファイバ断絶』
「……なに?」
「ICNet中枢ケーブル、断線しました!セクターD-29、伝送ロスト!」
警報はさらに加速し、端末に連動していた水圧センサーが次々に飽和警告を出す。
水中音波センサーが捉えたデータには、不可解な「低周波脈動」が混ざっていた。機械が自動記録する波形には、まるで**“心音”のような律動**が刻まれている。
「潜水艦か?だが、こんな深度に……そんなはずが……」
唖然とする職員たちをよそに、モニターの一つが突然ブラックアウトし、次に現れたのはカメラD-29の最後の映像だった。
映像は不鮮明だった。青緑の沈黙の海底。遠くに、巨大な“なにか”が横たわっているように見える。機械的だが、有機的な湾曲を持つシルエット――それは海底から立ち上るようにわずかに動いた。
その瞬間、泡柱が吹き上がった。
映像が揺れ、視界がホワイトアウトする直前、画面の隅にフレームを突き破るような“細長い影”が映った。水中にあってはあり得ない速度で、一直線にカメラへと向かってきた。
――ブツン。
「映像ロスト!同時に、南西セクターの2番ケーブルも……!」
その時点で、すでにD-29から200kmに及ぶ光ファイバケーブルが切断されていた。フランツは全体地図を確認し、異変がまるで“追いかけるように”移動していると気付いた。
「これは……何かが、移動している。追跡しろ、全センサーで!」
「追えません!ソナーにも反応が――あれ?」
ソナーチームのひとりが目を見開いた。
「……何か、音を……鳴らしている……!」
その瞬間、監視室に設置された予備スピーカーから、低く、だが異様に**明瞭な“音”**が響きはじめた。連続した、極端に規則的なノイズ――いや、違う。
それは数列だった。
「……モールスだ。いや、もっと単純化されてる……信号列?」
若い通信士が叫ぶ。
「繰り返してる!“I AM…” “...YAMATO”――?」
監視室が静まり返る。
そして、30秒後――ICNet-03ステーションは、海底地震にも似た振動と共に、沈黙した。
国際報道抜粋(1937年5月22日)
「大西洋深海に“海底地震”――通信網喪失、国際的影響広がる」
ロンドン(ロイター)― 5月20日未明、アゾレス沖にて国際海底通信網の一部が断絶。地震計に記録のない高圧衝撃と低周波が観測され、現地は調査中。地元漁船の漁師は「海から心臓の鼓動のような音が聞こえた」と証言。
一週間後・英国軍事参謀本部
「我々は“それ”を認識していない。正体は不明、潜水艦であるという証拠もない。あえて名を与えるとすれば、ただ一つ――」
老人将校が重々しく言った。
「未確認深海兵器:YAMATO(ヤマト)」
室内に、静かに緊張が走った。
机上の作戦マップに、小さく赤い×印がつけられた。
それはやがて、全世界の軍事戦略を変える印となるのだった
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます